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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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50話「逆転」

 まとめて始末しようと光の剣から斬撃が飛ぶ。

 覚悟を決めた二人が目を見開き、己の最期を貫き通そうとして────斬撃は消滅する。二人の前に立った少女の黒髪が衝撃の波に大きく揺れた。


「やっぱ駄目だよ。じっと見届けるなんて出来やしない」


 伸ばした片手から放たれた黒い魔力が光の斬撃を相殺した。誰もが目の当たりにした光景に思わず言葉を失ってしまう。


「小娘、いったいそれほどの魔力をどこに……!」


 状況をいち早く理解したハインリヒがぎりっと歯を軋ませる。


 カラスは未熟だ。同年代と比べれば抜きんでた才能を持ってはいるが、決して大魔導師の地位に就く──それも階位を与えられた──熟練の人間に及ぶはずもない。身に宿す魔力も限度がある。まだ成長段階の子供が持つ魔力ではない、とハインリヒが苛立つのも無理はなかった。


 彼女から感じた黒い魔力は、質も量も常軌を逸している。一時的な増幅反応がまったくないわけではない。人間が命の危機に瀕したり、何か強い感情に左右されると突発的な増幅を起こして魔力爆発と呼ばれる短期間における超越した力を得る事もあり、カラスはそれに類する反応を起こしたのだと彼は推測する。


 しかし、今はそれほど大きな問題ではない。彼女がそれを〝いとも容易く御しきれている〟という状態があまりに不自然すぎた。


「……ち、あまり時間を掛けたくはないのだがね」


 もたもたしているとリゼットたちがやってきてしまう。少しでも時間を稼ごうと学院全体に掛けた大結界も、人の目に付かないよう慎重に設置したものだが、リゼット・ヒルデブラントどころか、複数の階位を持った大魔導師たちが一緒になってやって来れば、強引な突破も簡単な事だ。


 メテオの大義名分を作るために大勢の人間と魔物を始末し、あまつさえ魔導書を手に入れるための情報源、あるいは人質としてカラスをなんとしても捕えたい状況で、彼女が一時的とはいえ強くなったのは想定外だった。


「仕方あるまい。あまり本気でやると壊してしまいかねないと思っていたが、今やそうも言っていられないようだ。手足の二、三本は覚悟してもらおう!」


 剣を構えた瞬間、彼の背後に白い魔力の渦がいくつも現れる。


「────《裁きの審判は下されたジャッジメント・ソードレイ》!」


 渦から射出された無数の剣。彼女が躱せば背後にいるアレスたちにも届く。正面以外で受けきる手段などない。だが────。


「さっきのオレとは違う」


 差し出した手をぎゅっと握って拳を作る。


「今なら断片的でも感覚で分かる。────《悪鬼の風ヴィエント・ディアブロ》」


 立ちはだかるように生成された黒い竜巻が光の剣を呑み込んでいく。光輝が圧し潰され、黒に染まって消えていった。部分的で完成していない黒魔法でも、彼女は本能的に、極めて一部の分かりやすい魔法だけが使える状態に至った。


「おのれ、そうまで力を付けたというのか。だが、それほどの強大な魔法を使えば肉体への反動は大きいだろう。次の一手を見せてもらおうか!」


 遠距離では掻き消される。ならば接近戦だと距離を詰める。光となって彼女の背後に回り込み、片腕をねらって剣を振り下ろす。


 振り返らないカラスに勝機を見た。だが、それは誘いだった。


「────《水面の映し身》」


 剣が彼女の体に触れた瞬間、水の塊になってばしゃりと弾ける。魔導武神であるアレスの使う、変わり身の一手。アルメルの死後、アレスは彼女が自分で身を守れるように教えられる限りの技を伝授した。使いこなせるとは思っていなかったし、教えていた段階では未熟な動きだった。


 それを、土壇場で完成させた。瞬時の判断でハインリヒの不意討ちを躱したうえで、気配さえ完全に殺して彼の頭上に跳び、強く拳を握った。


「このクソジジイ、やっとあんたを一発殴れる!」


「お前、いつの間に────ィッ!?」


 落下しながら全力で体を回転させて振り抜いた拳が、ハインリヒの頭を叩きつける。爆発のような音と共に、周囲の地面を豪快に砕けさせた。まとな人間であれば形さえ残っていない一撃だった。


 さしものハインリヒ・シモンでも、全霊を込めた拳をまともに喰らっては強化していようが老体には堪えられない重みがあった。


「が……あっ……! こ、この私が……地を這うだと……!?」


 ありえん、と手に砂を握り締めて地面を叩く。侮ってはいなかった。だが、油断はした。トドメを刺す瞬間まで全力であるべきだったと自分を厳しく責め、腹を立てた。口の中に広がる血の味が彼の怒りを一層強める。


「痛いだろ。アレスさん直伝の《翡翠(かわせみ)落とし》っつう技だ。相手の虚を突いて拳に纏った魔力を叩きつけるときに一気に放出するから威力もでかい。そのうえ黒の属性とは相性が抜群なんだよ。あんたでも効いたんじゃない?」


 カラスの言う通り、ハインリヒは視界がまだぐらついている。足は震え、腕には力が入らない。ありえない、と言葉にできなかった。


「おお……おおぉぉおおぉぉぉ……!!」


 鬱陶しい、鬱陶しい、鬱陶しい。年老いてさえいなければ、こんな若造に殴られたくらいで! そう叫びたくてたまらない。たった一度の反撃をもらっただけで、こうまで弱々しくなる肉体が恨めしい。霊薬さえあれば、霊薬さえあれば。そればかりが彼の頭の中を占めていく。


「老いとは……恐ろしいものだ……。どれほどの傑物であろうとも必ず殺す毒だ……。それを克服し、私は魔導師のための世界を創る……。魔力も持たない愚かな連中のために費やした時間を取り戻さねばならない……。お前こそ理解できそうなものだがな。ただのうのうと生きてきた連中に虐げられてきたのだろう? 貧民街での暮らしぶりは既に調べたが、随分と苦しんできたようではないか」


 ぴくっ、と反応する。確かに苦しかった。虐げられてきた。それでもいまさらだ。カラスはぎゅっと握った拳を見つめる。


「んなもん、とっくの昔に捨ててきた。今、ここにいるオレが全てだ。過去がどうであれ腹は立つけど、助けてくれたヤツもいた。だから復讐はしないし、あんたの願いとやらに共感もしない」


 ぎらりとした紅い瞳がハインリヒを睨む。


「大人しく負けを認めろ。あんたの願いなんて叶わない」


「いや、それはどうかね……? 年寄りは話すのが好きでね」


 朦朧とした意識を立て直し、空を見上げながら彼は笑った。


「礼を言う、カラス・ウォリック。お前が話し相手になってくれたおかげだよ。────ようやく再びメテオが降り注ぐ時間だ」


 ハッとして空を見上げる。巨大な魔法陣は既に制御を離れ、時間経過と共に二度目の災厄を降らせた。誰もが失念した。ハインリヒ・シモンという強敵を前に、メテオへの意識を完全に削がれていたのだ。


「ハハハハ! どうするね、カラス・ウォリック! もはや使い物にならんアレスやアンゼルムではメテオは防げまい。そしてお前でさえも、一人では魔導学院全体の命など到底守り切れないだろう!」


 勝ち誇った高笑いが響く。カラスもどうすればいいか分からない。いくら彼女が類稀な才能を持っていたとしても、未だ究極へと辿り着く事のない道半ば。対策を講じている間にメテオは学院全体へ落ちてくる。


 アレスたちも動こうとするが、全身を襲う痛みと魔力不足では到底、他人の命を気にするなど不可能だ。


「おい、アンゼルムの旦那! 俺ちゃんは駄目だ、なんとかしてくれ!」


「無理を言うなよ。私だって出来ない事はあるさ、悔しいが」


 絶望的な状況の中、遠くからひと筋の閃光が奔った。魔法陣の中心部を突き抜けた瞬間、視界を数秒遮るほどの強烈な光輝に満ちる。


 何が起きたのか、魔法陣は罅割れて砕けて消滅していき、降り注いでいたはずのメテオも、その魔力の残滓さえない。


「────な、なんだ……? なぜメテオが消えたのだ!?」


 動揺するハインリヒのもとへ全身が圧し潰されるような魔力の気配が近付く。ゆっくり、一歩ずつ。怒りに満ちた靴音を鳴らしながら。


「随分と私の学院で暴れてくれたな、ハインリヒ・シモン」


 眼鏡の向こうで鋭い目つきが敵愾心を滾らせる。学院全体を覆っていた結界も砕け散り、咥えた煙草を足下に捨てて踏み潰しながら煙を吐き出す。


「話はあとでゆっくり聞こう。私の機嫌が良いうちにな」

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