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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第48話「いつか辿り着く場所」

 ハインリヒは名だたる大魔導師たちの中でも別格と言っていい実力者だ。メテオを撃ち放ち、それでもなお汗ひとつ流さず、涼しい表情で立っている。ナタリアでさえ彼のたった一度の不意討ちで再起不能にまで陥った。


 オーレリアが急いで治療に向かうのを彼は見送り、自身に挑もうとする恐怖のひとつも持たない少女を愚かで哀れだと内心で(なじ)った。なぜこんな汚れた石くれ如きをアルメルは気に入ってしまったのか、と。


「小娘風情が……。誰を前にして時間を稼ぐと語る?」


 体から光を放ち、瞬時にナタリアたちの前に剣を振り上げて立つ。光属性の魔法はハインリヒが最も得意とするものであり、予備動作はあるものの移動が始まれば目で動きを捉える事は難しい。


(愚かな小娘め。あんな塵がいなければアルメルの気が狂う事もなかった。シモン家随一の才能を潰す羽目になった代償は必ず払ってもらわねばならん)


 まずは厄介なナタリアとオーレリアから殺そうとする。彼女たちが生き残っていれば、後から駆け付けて来るであろう剣聖と魔導武神の二人を同時に突き崩すのが遥かに難しくなってしまう。


 カラスなどに取り合っている時間はない、とナタリアにトドメを刺そうとして、一瞬の隙を突かれて脇腹に強烈な蹴りをもらって飛ばされた。老体を機敏に動かすために常に全身を強化していたのもあって大した痛みではなかったが、それでも彼は想定外の出来事に目を見開いて驚かされた。


────カラスが彼の動きを完璧に捉えていたのだ。


「馬鹿な。未熟な魔導師がなぜ私の動きに……」


「んじゃあんたもまだ未熟だな。オレに追いつかれてるんだから」


 彼女の体に纏わりつく黒い霧、あるいは煙のような何か。僅かばかりの強い魔力にハインリヒはそれが黒の属性を持つ特殊な魔力であると理解する。


「……なるほど。道端の石ころと侮っていたか」


 剣を握り締めて立ちあがり、恨めしさを込めて睨む。


「黒の魔力は選ばれた人間のみが持つものだ。お前を未熟な存在と見ていた私が間違っていたと認めよう。────そして、もう油断しないと誓おう」


 またしても光の速さで動き、今度はカラスに狙いを定める。彼女の背後に立って即座に剣を振ったが、振り返りざまに放たれた拳に光の剣が砕かれた。


 彼女の拳に高密度の黒い魔力が宿っている。異常なまでの反応の速さに加え、ハインリヒはそこに魔導武神がいるかのような雰囲気を感じ取る。


「なるほどな、黒の属性を邪魔しない純粋な魔力での武力行使には確かに向いている。だがやはり、お前は子供だ。経験の差で私には勝てない」


 手を軽く広げ、下から掬い上げるような動きをすると、カラスの足下から無数の光の槍が飛び出す。


「うおおっ!? ちっ、なんだこりゃ!? 逃げても逃げても足下に……!」


 強制的に距離を取らされる。だが、彼女が地に足を付ける度に光の魔法陣が形成されて槍が襲った。


「そこで遊んでいろ、小娘。お前に付き合う義理はない」


 ようやくナタリアにトドメをさせる。オーレリアが必死の形相で神秘魔法での治療に当たっていて、瀕死の状態から安定させるほどの回復を見せたが、失った意識はまだ戻らない。今のうちに、とハインリヒが一歩近寄ろうとして────。


「ふざけんな、行かせるわけないだろうが!」


 どうせ足下に槍が出て来るのなら、と黒魔法で自らの肉体を霧状に変え、追撃を躱しながら迫ったカラスが揃えた指に魔力を込めて突きだした。たとえ一生、その感触を忘れないとしても、ここで殺しても構わない、と。


「しつこい小娘だ。カラス・ウォリック、何度と挑んでも同じ事」


 彼の傍に現れた四つの光の渦から伸びた鎖が彼女の体を捕える。突きだした手は、僅かにハインリヒの背中へ届かなかった。


「幾度もの死線を超えてきた。伊達に年老いてはいないのだよ」


 フッ、と勝利に微笑む。先にカラスへトドメを刺すのも良かったが、彼女が黒魔法を使いこなしているのを見て、彼女から本の在処を聞きだせばいいと背を向けて剣を握る。彼が近寄っても、オーレリアは治療をやめない。死ぬ覚悟は出来ている。カラスが稼いでくれた時間でナタリアも既に回復させた。


 せめて目覚めてくれれば、そう祈った。


「うむ、潔い。順に首を刎ねてやろう、せめて苦しまないよう────」


「それは許せねえなあ。俺ちゃんの弟子を泣かせるつもりか?」


 頑強な拳がハインリヒの剣を阻む。だが、血がどろっと垂れた。光属性の魔法は他の属性を凌駕する。その分魔力の消耗も大きいが、規格外とも言える彼には使いこなすことができる。いくらアレスが魔力で身を鋼にしても光の剣に切り落とされないまでも食い込ませてしまうほどの切れ味だった。


「魔導武神アレス……。どうやら先程のメテオで随分と本気を出したらしいな? 想定していたよりも学院の被害が小さい理由がよく分かる」


「てめえの腐った性根には負けちまったけどな。おかげでこの有様だ」


 全快であったなら傷も浅く済んだだろうに、と自分に呆れる。


「だが間に合った。こっからはハインリヒ、あんた一人で俺たち全員を相手にするってんだろ。どこまで持つか楽しみにさせてもらうぜ」


 背後に迫った剣気。危機を察知して飛び退いたハインリヒの外套が、はらりと切れ落ちた。「おや、もう少しだったんだがね」と残念そうにアレスの前にアンゼルムが立って剣を鞘にしまった。


「到着が遅れて申し訳ない、アレス」


「ハッ。腕が落ちるかと思っちまったよ」


 そう言いながら、垂れ下がった腕は血みどろで傷は骨まで達している。とても使い物になる状態ではなかった。


「うむ……。正直、今の状態で私もあの爺様を相手にするのは厳しいところがあるが、生き残れば我々の勝利だ。その傷はオーレリアに癒してもらうといい」


「悪いね、旦那。お互いメテオのせいで大分と魔力使っちまったってのに」


 アンゼルムが首を横に振った。


「困ったときはお互い様。君がいてくれたからカラスも助けられた」


 既に彼の剣が鎖を切り裂き、ふわりとまった黒い霧が形を成してカラスがアレスの背後で膝を突く。ぜえぜえと息をしていて、かなり疲れていた。


「無理しちまって、まあ。俺ちゃんの弟子らしいや」


「だ、大丈夫……。ちょっと休憩すりゃまた戦えるよ」


「馬鹿。こういうときは大人を頼るもんだ、無理は任せとけ」


 どしっと座り込んで、オーレリアに千切れそうな腕をさしだす。


「治してくれ。アンゼルムの旦那だけじゃ、爺様相手にどの程度持つか分からん。早いところ戦線復帰しねえと全滅しちまう」


「分かりました。私もまだ慣れていないので時間は掛かりますが……!」


 傷に触れ、神秘魔法による虹色に輝く膜で覆われた傷が少しずつ治癒を始める。その間にハインリヒとアンゼルムがぶつかり合う。


 アレスがじっと見つめて、弟子に声を掛けた。


「……おい、カラス。よく見とけ、俺ちゃんと同じくらいか、それ以上のバケモンの戦いってのは滅多とない。あれがいつかお前の辿り着く場所だ」

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