第47話「受け継いだもの」
立ち上がったオーレリアが剣を構え、憎しみの表情で睨む。近くで魔物を倒しながら安全地帯を目指していた彼女が道中で出会ったオリーヴの悲痛な顔が、脳裏にこびりついている。
『ママを救えるのはあんたの神秘魔法しかないの!』
そう託されてやってきてみれば、もう既に虫の息。今にも死にそうな予断を許さない状況に、はやくハインリヒをなんとかしなくてはと焦った。
「あなたほどの魔導師が、私たちを導くのではなく道を塞ぐというのか!」
「愚直な事だ。お前たちと私自身を天秤に掛けた結果だよ」
斬りかかって来るオーレリアを軽々とあしらいながら小馬鹿にした。
「お前たちは理解していない。リゼットの魔導書が三冊あって、それぞれがばらばらの人間の手に渡ったか。黒魔法や神秘魔法だけが理由だと思うか?」
剣が弾き飛ばされ、ハインリヒの光の剣がオーレリアの喉元を捉える。
「あれには魔法薬学の中で神秘魔法とも繋がる霊薬の生成方法が載っている。私が手に入れたいのはそれだよ、小娘」
「くっ……。なぜそんなものが必要だと言うんだ……!?」
なんと愚かな小娘だろう、とハインリヒが哀れみの視線を向けた。
「分からん奴だ。今の世界をおかしいとは思わないのか? 魔物を殺すのも、人々の生活を支えるのも、なぜ魔導師である我々が率先してやらねばならない? 貴族も平民も、我々の救いなくては生きていけぬというのに、連中は当たり前のように享受して安穏と暮らし、同胞が死のうとも気にも留めないではないか。あんな愚かな人間共のために、何故我々が力を尽くさねばならんというのか」
愚かで、無様で、情けない。魔導師が主導権を握るべき世の中で、なぜ皇家などという古いしきたりを守るのが当然なのか。人々は理解していない。魔導師とは支配者に足る存在であると。
守られるのが当たり前であると感じている事が、ハインリヒには理解できなかった。こんな人間たちのための世界で、自分は何をしているのだろうか。
しかし時間が足りない。時代を変えようとしたところで、老いさらばえた肉体では限界がある。自分を信じる者たちも頼りない底辺の才能しか持たない。不老不死など研究したところで辿り着けるものでもないと諦めかけていた。
────リゼットの魔導書について知るまでは。
「リゼット・ヒルデブラントは素晴らしい魔導師だ、認めよう。アルメルでさえ、あの女には追い付けまい。だが不老不死を得られれば話は変わる。私こそが魔導の真髄に辿り着き、全ての魔導師の頂点に立つ。そして世界は魔導師による、魔導師のための世界へ変わっていく。才のない者が底を這い蹲り、我々が立って見下ろす世界を創造する。そのためにあの女から魔導書を回収しなければならない」
ふわりとした光の中から魔導書が現れ、ハインリヒがそれを手で掴んでオーレリアに見せながら「他の本はどこにある?」と強く睨んで威圧する。
彼は知っているのだ。彼女が神秘魔法を使える人間だと。リゼットならば既に話している可能性が高い。そう踏んで迫っていく。
「何度も尋ねるつもりはない。首を飛ばされるのが先か、答えるのが先か」
「答えても首を刎ねるだろうに、私が答えるとでも」
「ガキのくせに出来の良い。長生きをするつもりもないか」
仕方なく剣を振ろうと構えた瞬間、背後に強烈な殺気を感じて振り返る。鋭い蹴りの想定外の速さに反応が遅れ、剣で防いだが、衝撃に耐えきれずオーレリアから距離を取らされてしまう。
「……驚いたな。師を呼びに行ったのではないのかね? 私の部下の姿もないところを見れば、まさか倒して戻ってきたというのか。カラス・ウォリック」
怒りに満ちたカラスの瞳は、思わずぞっとするほど冷ややかだった。
「こうなる事は最初から分かってた。ずっとオレに纏わりつく気配があったのも知ってる。アルメルさんがくれた眼力があるからな」
その言葉を隣で聴いたオーレリアが驚愕した。まさか、と。
「……カ、カラス……彼女の眼力を得たというのは……」
「ああ、喰った。師匠の目ん玉を喰ったんだよ」
どれだけ苦しかったか。思い出すだけでも吐きそうになる。
遺体を回収されたアルメルがシモン家に返還される事はなかった。リゼットがそうしなかったのと、アルメル・シモンがいつ死んでもいいようにと以前から彼女に死後の権限を与えていたからだ。
そして回収された遺体からリゼットは目を抉り、あるときカラスを誰もいない自分の家に呼び出して、そこで瓶に詰めて魔法薬で保存した彼女の眼球を差し出した。
『お前がアルメルから聞いた話は真実だ。眼力を持つ人間の目を喰らえば、その眼力を全て得られる。私が、死んだ我が子の目を喰らって実験済みだ。……アルメルの眼力は他の誰にも悟られない。お前が喰らい、受け継いでみろ。この先で必ず、お前には必要になるときが来るはずだから』
どんな思いで我が子や弟子の目を抉ったのか。カラスには想像を絶する話だった。そのうえ、愛弟子が大切にする者へ眼球を差し出す、その決意。重すぎて背負うのはあまりに苦しかったが、それでもカラスは、彼女は選んだ。
泣きながら、苦しみながら、吐き出しそうになる気持ちを堪えて。
「オーレリア。このままじゃおばさんが死んじまう。急いで治してやって。あの爺さんは、みんなが戻って来るまでオレがなんとかしてみせるから」




