第46話「邪悪な光」
避難者たちを地面に固まって互いにしっかり支えるように伏せさせる。学院全体に降り注いだメテオによって、ナタリアの大結界も例外なく甚大な被害を受けた。頑強で要塞の如き絶対防御を誇る結界も、大魔法を防ぎ切ってみせたが罅割れて限界だ。ナタリアが魔力を注いで修復するにも時間を必要とした。
「くっ……! 皆、無事かしら!?」
迅速な周囲の状況の確認。怪我人がいないのを見てホッとしたのも束の間、彼女の魔力は結界を構築するどころか、罅割れた部分を修復するのも限界に近い。空に浮かんだ魔法陣は未だ消える事なく輝いており、魔力が充填されれば第二波が予測できる状態だ。アンゼルムやアレスたちの尽力によって被害をある程度防いだものの、学院全域とまではいかない。厳しい。それ以外が出てこない。
「おばさん、オレたちにできる事ないか!?」
「アタシも! 魔力で結界の補強を手伝えないかな?」
ナタリアは二人の申し出に首を横に振る。
「無理よ。この結界を維持するのには大きなコストが必要なの。カラスちゃんもオリーヴも無理はさせられない」
サンジェルマンの意地。元々が守護に関連する魔法を研究・構築し続けてきたナタリアは、嫁いでから一層、自らの研究に全てを注いできた。全てはオリーヴという大切な娘を自分の力で守るためだ。
だから、今の状況で彼女たちに負担を掛けたくなかった。
「おそらくメテオはハインリヒ・シモンという魔導師によるものよ。でも彼に罪を問うのは難しいでしょうね……。さっき戦ったカサドよりもずっと頭のキレる人だから、大義名分くらいは考えてるはず」
訓練区域の魔物の流出。大魔導師用の訓練魔物は、もはや生物兵器といっても過言ではない。そのうえ階位を持つ魔導師数名がいても、魔物にはいくらか気配を消す能力を持つ者もいる。そう簡単に全てを処理できない。
挙句、標準的な魔物たちにもある程度の再生能力だったり、即時廃棄による補充が難しいという理由から頑丈に作られているキメラは、なおさらに厄介だ。
ハインリヒはそこへ『学院外への流出の危険性があると判断、また救助活動における魔導師たちの被害の拡大を防ぐため、安全地帯となる大結界を確認したのでメテオを放った』とでも言われれば、多少は咎められても、枷をつけるまでには至らない。厳重注意か、あるいは謹慎処分として邸宅に閉じ込める程度でしかない。どうにも面倒な事になってしまった、とナタリアは頭を抱えたくなる。
「でもよ、おばさん! このままじゃ、またメテオ飛んでくるんだろ!? みんながメテオを止めるから、魔物だって自然と生き残っちまう!」
「そうなるわ。だから魔法陣が消えてない。でも私たちだけでハインリヒを捕まえるのは無理。実力が桁違いなの、アレスくらい強くないと……」
アルメルであれば捕まえられた。あらゆる魔法全てに精通したリゼットの後継者。彼女なら気配を消すような相手でも確実に見つけられる。今や彼女の力を借りられないのが悔しく感じられた。
「とにかく、もう一度結界を強化し直すわ。でないとキメラに襲われればひとたまりもない。力のない人たちを守るのが私たち大魔導師の役目だから」
杖を握り締め、石突で地面を叩いて魔力を放つ。結界を再強化して時間を稼ごうとした瞬間、彼女は遠く結界の内側に入って来た何者かの気配に気付く。
大きな魔力の反応。明らかな敵意。きらりと遠方に見えた輝き。咄嗟に足が動いて、オリーヴとカラスの二人を突き飛ばす。
「うわっ!? なんだよ、おばちゃん急にどうし────!?」
煌々と輝く光の剣がナタリアの腕を斬り飛ばし、胸と腹に二本突き刺さっている。何者かの奇襲に対して彼女は自分の娘と友人を守り、焼けるような激痛を感じながらも、残った腕で杖をしっかり握りしめた。
「っ……ママ、なんで……!?」
「何も言わず黙って行きなさい。状況は変わったわ」
ぼたぼたと血だまりが形成される。ぺしゃりとブーツが血を踏んだ。
「ここで全員くたばるくらいなら、私が囮になってあげる。カラスちゃん、オリーヴ。私が時間を稼ぐから、アレスかアンゼルムを連れてきて」
二人を見て、彼女は優しく微笑む。
「犬死になんてしたくないのよ。私を救いたいなら走って。……今すぐ!」
でも、と言いかけたオリーヴをカラスが制止した。
「わかった。それまで絶対死なないんだよな!?」
「……約束するわ」
嘘だと目を見れば分かる。カラスはそれでも俯かなかった。縋りついていれば、彼女が守ろうとしたものが無駄になるから。
「じゃあ行ってくる。オレは師匠を、オリーヴはアンゼルムさんを呼びに行く。それでいいよな、オリーヴ! 泣き喚いてる場合じゃないだろ!?」
「……うん。待ってて、ママ!」
脚力を強化した二人が瞬時に結界の外へ出て行く。ナタリアは杖を振って、避難して固まっている人々を包む最小限の結界に縮小して魔力を抑えた。
「うむ、見事な采配だな。さすがはサンジェルマンに嫁ぐだけの事はある。魔塔階位第七位とは伊達ではないようだ、ナタリア」
「……ご無沙汰、しております。ハインリヒ様」
ぜえぜえと肩で呼吸する。身体を貫く光の剣が消滅すると、さらに血が流れて彼女は膝を突く。時間を稼ぐなどと口にしたが、そんなものは最初から不可能だと分かっていた。ハインリヒの光の剣が突き刺されば、その時点で致命傷だ。
「アルメルも、こうやって殺したのですね……。自分の孫娘なのに……」
「未来の魔導を担うには出来損ないだった」
彼は首をやんわり横に振って残念そうに言った。
「そしてお前たちもここで死ぬのだ、ナタリア。アレスも、アンゼルムも。すべては新たな時代のためゆえ。リゼットは今頃遠方で我々の調査に勤しんで何も知らず、戻ってきた頃には全てが終わっている。不慮の事故と……まあ、私の経歴に多少の傷も付くだろうが、そんな事は些事だ」
手の中に光の剣を握り締め、ナタリアの首にあてがう。
「どうせ放っておいても死ぬ命だが、お前の名誉のために首を刎ねてやろう。応援を呼びに行った娘共も逃がさん。私の部下が既に向かっている」
「……あなたという、人は……!」
ここまで人間は外道になれるものなのか、とナタリアは胸中でただひたすらに屈辱を覚えた。たった一人の男の野望のために、どれほどの才能が失われたか。そう思えば、苦しい気持ちでいっぱいになる。アルメルの笑顔が頭を過り、彼女ほどの傑物を平気で殺せる人間の造る未来など見たくもないと悪態を吐く。
「ふん。いくら戯言を放ったところで、お前たちの命運もここで尽きる。あのメテオも下準備のために一ヶ月以上を掛け構築した自律魔法だ。私の魔力などなくとも第二波が降り注ぐ」
学院内にアレスやアンゼルムたちがいるのは分かっていた事だ。だからこそカサドを唆して、彼と共にリゼットから手に入れた魔導書を共有して自律発動する魔法陣の構築を成功させた。全ては邪魔者たちを残らず始末するために。
「お前が守ろうとしたものには意味がない。目撃者も全て始末する。私としては残念だが、魔導の真髄に至るためには致し方ない犠牲だと目を瞑ろうではないか」
首筋に剣がするりと皮膚を裂き、肉へ達して────。
「やめろおおおおおぉぉっ!!」
叫び声と共に、背後から迫って来る気配にハインリヒが振り返った。僅かに未熟な剣が彼の光の剣にぶつかって弾き飛ばされた。
「……ほお。これは驚いた。どこに隠れていたのかね?────オーレリア、自身の才能をゴミにしてしまった愚か者が、いまさら出てきて勇士を気取るか」
しりもちをついたオーレリアに切っ先を向ける。
「いいだろう、ナタリアなど放っておいても死ぬのだ。お前と少し遊んでやるくらいの時間は作ってあげよう。来なさい、その命を私がもらってやる」




