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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第45話「空より降り注ぐ」

「……哀れな奴だったよ、カサド。次に生まれてくるときゃあ、そんなしがらみなんぞ捨てられたらいいな」


 魔導師としての強さに囚われ、家名の没落を恐れ、先を行く才能に追い縋ろうと手段を選ばなかった男も、結局は誰かに利用されて捨てられた。いまさら理解しても引き返す道はなかったのだろう、とアレスは脱げたフードを被った。


「さすがね、アレス。でも良かったの?」


 殺してしまわない方が良かったのではと言いたげにするので、アレスは近くで伸びているフラガラッハ家の魔導師たちを親指でさす。


「カサドほど名誉に生きてない連中から聞きだせばいい。俺ちゃんたちはひとまず学院内の魔物共を仕留めねえと。もう何匹か厄介なのは潰したが」


 大魔導師の訓練に用意された即時再生能力を持つ魔物といえども、アレスのような強さでは相手にもならない。数もさほど置いていないので、既に半数以上は彼が仕留めた後だ。


「あちこちで皆が頑張ってくれてるわ。私はここで結界を維持しておかないと危険だから、他の人に動いてもらうしかないの。頼めるかしら?」


「もちろんだ。俺ちゃんの弟子が頑張ってる所も観たいしな!」


 気絶しているフラガラッハの魔導師たちをナタリアが光の縄で縛っておき、ひとまず安全が再び確保されたところでまた別の魔導師たちが来た。


「やあ、ナタリアに……アレス君までいるのか。久しぶりだね」


「師匠におばさん! 二人共来てくれてたんだ!」


 アンゼルムとカラスの二人だ。どうしてもオリーヴたちの無事が確かめたかったカラスの要望に応えて、道中の魔物を倒しながらやってきた。


「カラスちゃん! 良かった、無事だったのね!」


「オリーヴこそ。ボーグルは?」


「アイツは知り合いの救助に向かうってどっか行っちゃったわ」


「まあ、大丈夫だろ。アイツ強いもんな」


 武術学科で彼の右に並ぶ者は三年を含めて、今や誰もいないほど圧倒的な実力を身に付けている。特に彼の実力はカラスとの一戦を終えてから驚異的な速度で伸び続けたからか、ナタリアの制止も結局聞き入れずに結界の外へ出て行った。


「さて、諸君。無事を喜ぶのも良いが話をしても?」


 アンゼルムが手を叩いて意識を自分に集中させた。


「ナタリアもアレス君も知っているとは思うが、学院全体を覆う障壁結界の存在が檻の役割を果たしている。どうやら複数人によるものだから、おそらく我々でも破壊できないだろう。だが問題ない、一人だけ潜り抜けた(・・・・・)


 ナタリアとアレスは、それがすぐに誰の事か分かった。


「いいじゃねえか。って事はあとは暴れてりゃなんとかなるって話だな?」


「その通りだ、アレス君。そのくらいの仕事なら────」


 きらりと空が輝いた。全員が見上げた先、空に広がる煌々と紅い輝きを放つ超巨大な魔法陣。アレスがぽつりと口にした。


「────ありゃまさか《メテオ》か?」


 凡庸な魔導師には扱いきれない炎属性の大魔法。誰の仕業によるものかなど考えるべくもなく、ハインリヒだ。どこかに隠れながら機を窺い、そしてカサドが死んだ事を引き金に学院全体への被害を与える腹積もりだ。


「うむ、これはマズいね。障壁結界は私たちの攻撃を通さないから……外側からだけ干渉できるのであれば、一方的な攻撃を受ける事になる」


 大きな火球がいくつも雨のように降り注ぐ。


「ナタリア、君はここで結界を維持! 私とアレス君は、結界の外で出来る限りメテオの数を減らして被害を少なくさせるぞ!」


「ガッテンだぜ、アンゼルムの兄貴!」


 会話を重ねて思考する時間はない。それぞれの役割に移り、二人は瞬時にカラスたちの視界から消えた。大魔導師でもトップクラスの実力者たちの全力の動きは多くの者の目に捉えられない。


「はえ~……。さすがアンゼルムさんと師匠は違うなあ」


「何よ、あんたアレが見えたの?」


「えっ。むしろ見えない事なんてあるのかよ?」


「……聞いたアタシが馬鹿だったわ」


 アルメルとアレスの弟子なのだから、それくらい当然かとオリーヴが羨ましさと呆れにやれやれと肩を竦めながら笑った。


「でもよ。本当に大丈夫なのか、あれ?」


 ぎらつくメテオの魔力の大きさは肌にびりびりと感じるほどだ。ナタリアも見上げながら「そんなに大丈夫だとは思えないわ」とはっきり言った。


 メテオは炎属性の最上級。魔法陣を構築するだけでもかなりの消耗にも関わらず、学院全域を範囲にするなど並大抵の魔導師には不可能だ。


「ハインリヒ・シモン……。アルメルに負けないほどの魔力を持ってる、あのお爺さんなら出来るでしょうね。いえ、あの人以外考えられない」


 リゼットにも及ぶかと言われるほど魔法の基礎において彼の右に出る者は過去を見てもそういない。どうやれば魔力の消耗を抑えられるか。どれだけの威力を想定して時間を掛けて構築するか。事前の準備に時間を掛ける周到さ。


 なぜ彼がメテオを学院に放つといった蛮行に及んだのか、ナタリアにはまったく予想が出来なかった。彼は誰にとっても憧れの老魔導師だったから。


「皆伏せていてちょうだい。私が結界を強化するけど、着弾の衝撃は大きいはず。立っていたら怪我をしてしまうかもしれないから」


 深呼吸する。かつて類を見ないほどの威力の魔法だ。受け止め切れるだろうか。僅かな不安が胸の中に湧く。


「引退した身とはいえ、流石は元魔塔主……。さあて、みんなが命懸けてくれるなら私も懸けちゃいますか! ナタリア・サンジェルマンの本領発揮はここからってところを見せてあげないとね!」

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