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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第42話「耐えるべき時」





 ────ハウスタウン地区。



「サンジェルマン夫人!」


 派遣の大魔導師がやってきて声を掛ける。


「ご苦労様。ハウスタウン地区への避難はどの程度進んでる?」


「現在、七割が避難を。しかし既に犠牲が……」


 魔導師も一般人も多くが巻き込まれた。誰とも分からない者が解き放った訓練区域の魔物たちだけでも強力だ。そのうえ現場が混乱しているとなれば、いくら指揮を執っても全体を俯瞰して立ち回るには限界がある。


「キツいわね……。なんとか無理に戦わず、結界内に皆を避難させてちょうだい。私はどうあっても結界を維持するのに此処を動けないから、多少の支援は出来るけど期待はしないで。援軍が来るまで持ちこたえて、一人でも多くを救うのよ」


 ナタリアの指示に大魔導師たちが「了解!」と意気よく返事をして駆けだす。誰もが彼女に従い、不満のひとつも漏らさない。前線に立たせれば、瞬く間にハウスタウン地区は危険区域へと変わってしまうと理解している。


 サンジェルマン家でもナタリアは結界技術に優れた大魔導師だ。絶対防御とも言われるほど頑強で範囲も広い。ついた異名が『歩く要塞』。手に持った杖から天へと魔力を放ち、魔法陣を描いて広範囲への攻撃魔法を操る事もできる。


 結界を維持しながらでは威力も落ちるが、並の魔物程度であれば十分だ。


「ママ! 何が起きてるの!?」


「オリーヴ。訓練区域の魔物を誰かが逃がしたみたいなの」


「そんな……。あそこにいる魔物ってかなり強いって聞くけど……」


「ええ。だから学院内の魔導師総出で対処に当たってるわ」


 思わしくない状況に思わず爪を噛んでしまう。本来であればナタリアも前線に出て救助活動に加わりたい気持ちでいっぱいだ。それでも目の前で逃げ惑う人々を助けつつもハウスタウン地区へやってきたのは、安全な場所をひとつでも作っておかなければ、魔物たちの個々の能力に手を焼く事になるからだ。


 誰一人として犠牲など出したくなかったが、致し方ないと見て見ぬふりを余儀なくされた。やりきれない想いで胸が張り裂けそうだった。


「アタシも手伝ってくる!」


「駄目よ。あなたはここにいなさい」


「でも……! 皆が戦ってるのよ!?」


「駄目だと言ってるのが分からないの?」


 冷たい熱の籠った瞳に睨まれて、オリーヴが委縮する。


「だ、だって……。少しでも被害を押さえるならアタシも戦わないと……」


「あなたはまだ未熟よ。気持ちは分かるけど無理はさせられない」


 首を横に振ってナタリアが否定した。


「訓練区域の魔物は全て解き放たれてる。中にはいくら天才でも、成熟しきっていない子供の魔導師くらい簡単に殺せる魔物もいる。大魔導師の訓練用の魔物がね。それも単純な能力じゃない。瞬時再生……。核を破壊しない限り倒しきれない危ないのも存在する。生み出すべきじゃなかったような怪物がね」


 キメラと呼ばれる人工の魔物。生命の愚弄だと否定する者も多くいて、ナタリアはその筆頭だったが、いつ外部に強力な魔物が現れるか分からない。そのために訓練に値する強力な魔物は必要だという声に圧し潰された。


 今となっては、やはりもっと声をあげるべきだったと後悔している。


「ともかく、今は外に出してあげられないわ。その代わり、ここで皆の不安を取り除くためにいて欲しいの。私だけじゃあ、みんなも頼りないはずよ」


「……うん。そうだね、皆集まってるのを見れば分かる」


 たった一人ではいざというときに守り切れるか。失敗は許されない状況下でナタリアだけでは多くの人命を背負えない。生徒たちも含めて魔導師はたくさんいても、頼りになるとひと目で分かる魔導師が増えるのは精神衛生的に重要だった。


「今は耐えるときよ、オリーヴ。皆が救助活動を安心して行えるよう、私たちは拠点を守りましょう。魔物は入って来れないようにしてはいるけど────」


 ふと、ナタリアが言葉を途切れさせた。不安がるオリーヴを自分の背後に下がらせて、向かいからやってくる数人の魔導師を睨む。


「……フラガラッハ一門の皆様、ごきげんよう」


「これはサンジェルマン殿。状況が些か悪いようですな」


「そうですね。それで皆様はここへ避難ですか?」


 人命救助もせずに、と含んだ言い方をするとカサドがクッと笑った。


「まさか。我々は状況を確認しにきただけだよ、結界が安全に機能しているようで何よりだ。さすがはナタリア・サンジェルマン。実に見事だが……」


 腰に提げていた剣を引き抜き、にやりとする。


「こうも魔力を結界に割いていては、普段の実力も出せまい」


「私に喧嘩売ってるのね、カサド。買ってあげなくもないけど」


 冷や汗が額にじわりと滲む。あからさまな敵意は、彼らが魔物を逃がした張本人だと理解させる。いや、そもそもからして彼のような実力者以外で、訓練区域から魔物を逃がす事が出来る者たちはいないのだ。


「聞かせて欲しいんだけど、あなたがアルメルを殺したの?」


「さあ、どうだろう。だが死んでくれてせいせいしたのは事実だ」


「……あっそ。本当に昔から気が合わないわね、あなたとは」


 杖を構えるが、魔塔階位を持つ同格の魔導騎士を相手に結界を維持しながら戦うのは不可能に近い。どうするべきかと思案する間も与えられなかった。風戸は容赦なく飛び込んできて、剣を彼女に振るった。


 杖で受け止めるも劣勢。得物が持つ本来の耐久性の差が、じわじわと杖に食い込んでいく。


「お前たち、ぼーっとしてるなよ! 仕事をしろ、後ろにいる連中の命を人質にすれば、ナタリア風情ここで楽に始末できるんだからな!」


 彼の言う通り、ナタリアの背負ったものは大きすぎる。ただでさえカサドを相手にするので精一杯な状況で、オリーヴたち下級の魔導師に頼るのも難しい。


「くっ、卑怯な手を……!」


「勝てば良い。戦いとはそういうものだろう?」


 背を向けられない。傍をカサドの部下たちが通り過ぎていくのを見逃すしかなく、このままではオリーヴまで殺されてしまうと焦燥感に駆られた。


────だが、カサドの思惑はあっさり砕かれる。


「俺ちゃん抜きで楽しい事してんじゃねえか」


 魔導騎士たちが次々と宙を舞い、吹き飛ばされて地面を転がる。全員が一瞬の出来事に理解も及ばないまま息絶えた。


 容赦のない拳を握り締めて、魔導学院内で根を張っていた男が、今ここが自分の見せ場に違いないと強気な笑みを浮かべながらやってくる。


「下がってな、ナタリアのおばさん。俺ちゃんが来たからにはもう安心だ」


「あぁ、もう。いつも来るのが遅くないかしら、アレス?」


「俺ちゃんもあっちこっちで魔物ぶっ飛ばしてたから仕方ねえって」


 ぎゅっと拳を構えて、軽くステップを踏む。


「ま、こっからきっちり仕事してやるよ。────魔導武神様のお通りだ」

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