第41話「何者かの謀略」
口には出さなかったが、ウィンスキーはカラスの事が恐ろしく見えた。とても若葉の魔導師とは思えない。相手の挙動に合わせて一瞬の虚を突き、普通ならば誰でも手こずる──新米の大魔導師でもぎりぎり──怪物を容易く打ち破り、なおかつ息切れのひとつもない。最低限の魔力だけで倒したのだ。
(ありえない。まだ年端も行かない子供が、これほどの実力を身に付けているなんて。僕が育ててきた魔導師たちでも、ここまでの子はいなかったのに)
やはり師匠の影響は多いのだろうかと疑問を抱く。だが、いくら黒の属性が魔力を不安定化させるとはいえ、そもそもからして彼女の体はまだ出来上がっていない子供のものだ。強かろうがその事実は変わらない。
無理に詰め込んで、壊れてしまわないかと心配になった。
「カラスさん、これからどうするつもりです?」
「一旦、外に出るつもり。アンゼルムさんが近くにいるかも」
校舎内を駆け抜ける途中、今度はトカゲのような見た目をした人型の魔物が数体、立ちはだかった。緑色の鱗と黄色の双眸が獲物を捉える。
「うわっ、なんだこいつら!? きもちわる!」
「リザードマンです! さっきの奴よりすばしっこいですよ!」
膂力はさほどでもないが機敏で、強靭な顎と鋭い鉤爪を持っているので十分に危険な魔物だ。掠るだけでも大怪我になりかねない。
「先生はあれと戦えるのか?」
「難しいです。訓練区域でも魔塔の大魔導師が付かないと……!」
「じゃあオレでもせいぜい一匹ってとこかもな」
息を呑む。相手も魔物とはいえ本能的に強者を見抜き、獲物と判断してもすぐには襲い掛からず冷静に分析しようと様子を窺っていた。
今のカラスでも荷が重いか。そう思われたが────。
「カラスさん、来ます! 僕が攻撃を防ぎます!」
地面を手でたたけば、床に黄土色の魔法陣が広がって土の壁が飛び掛かったリザードマンたちの俊敏な一撃を防ぐ。同時にカラスは側面から回り込み、一匹を正確に捉えて鋭い蹴りで土の壁に突っ込ませた。
「まず一匹────あっ」
残る二匹は壁の傍にいない。一匹が防がれたのを見て足を止めていたのだ。彼らは目の前に現れたカラスを標的に、仲間がやられた事など微塵にも気に留めたりせずに鋭い爪を振りかざす。
宙に浮いていては流石のカラスも身を捩る以外で姿勢は変えられない。壁の裏側にいるウィンスキーにも状況がはっきり視認できておらず、彼女の声で咄嗟に壁を崩して助けに入ろうとするが、間に合いそうもない。
「おっと、無事かね?」
一瞬、風が吹いたような気がした。同時にリザードマンたちはバラバラに切り裂かれてカラスたちの足下に転がった。滑らかな切り口は剣によるものだ。返り血すら浴びず、涼しい顔でアンゼルムがやってきた。
「おじさん! 良かった、来てくれたんだ!」
「ああ、もちろん。外にいるのもいくらか片付けた」
再会を喜んではいられない状況にアンゼルムも笑みを浮かべない。
「何が起きたのか、訓練区域のほぼすべての魔物が解き放たれてしまったようだ。通信魔石も、魔導学院の結界に細工がされているのか妨害されている。そのうえ学院全体を封鎖するかのように結界が張られたみたいでね」
剣を鞘に納めてため息を吐く。
「既に内部にいる大魔導師や生徒たちが処理にあたっているが、おそらく私だけでは処理しきれない。外部にどうあっても連絡を取る必要があるんだが……」
訓練区域は危険度を振り分けられて厳重に管理されており、その中でも階位を持った魔導師を対象にした、核を完全に破壊しない限り即時再生する強力なキメラが十数体以上も解き放たれた状況だった。
派遣された大魔導師たちでは時間稼ぎが精いっぱいの中、講師陣や腕に覚えのある生徒たちまでもが魔物討伐に駆り出されている。そのうちじわじわと追い詰められるのは自分たちの方だとアンゼルムが険しい表情をする。
「じゃあどうしてオレたちのとこになんか……」
「誰だって家族を優先する。私も立場より大切なものがあるんだよ」
アルメルを失った今、他の誰よりも守りたいカラスのところへ来るのは当然。彼女の安全が分かれば、後は魔物たちの処理に勤しむだけだ。
「ウィンスキー君。君は確か特殊な転移魔法を使えるね?」
「……リゼット学院長からお聞きのようですね。はい、可能です」
「ではこれを。救援要請のための座標を記してある」
メモを受け取ったウィンスキーが、すぐに魔法陣を形成する。
「ここへ行けばどなたかがいらっしゃるんですね?」
「ああ。今日は何人も引き連れて調査に向かっているようだから」
「……そういう事ですか。分かりました、すぐに伝えてまいります!」
ウィンスキーが光に包まれて姿を消す。どれだけ強力な結界を張っていたとしても、彼の使うリゼット直伝の転移魔法は簡単に潜り抜けられる。あとは救援が来るまでの間、できるかぎり学院内にいる人々を救うだけだ。
「あ、そうだ! アンゼルムさん、急がないとオリーヴも危ない!」
「彼女なら大丈夫。学院内の指揮をナタリアが執ってるからね」
「……あぁ、オリーヴのお母さんだ!」
「うむ。彼女は頭もキレるし腕も立つ。だから我々がすべき事は────」
窓の外に見えた飛行する大きな翼を持った蝙蝠のような魔物が飛んでくるのを、一瞬だけ剣を抜いて建物ごと切り裂いて落とす。
「出来る限り多くの魔物を仕留める事。それに尽きるだろう」




