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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第40話「緊急事態」

 気持ちを切り替えて修練場へ向かう。黒魔法の素質に恵まれている分、魔力の扱いに不安定なカラスには、徹底した基礎が必要だ。修練において魔力の暴走やコントロールの失敗は黒の属性でなくとも周囲に影響を及ぼす事は当たり前なので、彼女にはそういった可能性を考慮して校舎内の広い修練場での講義と実践の両方を行ってもらう事になっていた。


「いらっしゃい、カラスさん。今日はいつもより元気そうですね?」


 待っていたのはウィンスキーだ。基礎学科でアルメルを抜いて彼ほど魔力のコントロールに長けた者は教員の中にはいない。突出した才能ではないものの、あらゆる魔法をそつなく扱えるリゼットと似たタイプの魔導師で、カラスの師事にあたれるだけの要素を満たしている。


「今日はアンゼルム……こほん。おじさんが来てくれたから」


「そうですか、公爵様が。とても愛情を感じますね」


「うん、すごくお世話になったんだ。だから今日はしっかり頑張るよ!」


「良い事です。ではさっそく始めていくとしましょうか」


 講義はとても分かりやすく、実践もすんなり進む。黒の属性に邪魔されてしまう中で、どう工夫して魔力を操るかを共に考えてくれたおかげで、成果が行き詰まるような事もなかった。


「どう、先生? オレも結構上達してきたんじゃない?」


「僕から見ても驚くほどの速さですよ、上出来です」


 ちょうど遠くで鐘が鳴り響き、ウィンスキーが時計を確かめる。


「もう一時間経ちましたね。一旦、十五分ほどの休憩を挟んで────」


 突如、けたたましい警報音が魔導学院全域へ鳴り響く。


 全域に向けて各区域に設置された大型通信魔石による警告が発せられる。


『こちら訓練区域より緊急事態、何者かによる襲撃によりゲートが破壊されました! 魔物が続々と解放されています、直ちに避難を────』


 管理していた魔導師の声が、悲鳴と共に途切れる。ウィンスキーの表情が険しくなり、落ち着こうと深呼吸をしてからカラスの肩をそっと叩く。


「あなたはここで待機です。様子を見てきますから、僕が戻ってくるまで動かないで。安全が確認できたら他の場所へ移動しましょう」


 急いで修練場から出ようと扉を開こうとした瞬間、すぐ傍の壁が粉砕される。咄嗟に杖を構えた先には、大きな魔物がいた。凶暴な牡牛の頭部に、人間とよく似た体だが数倍はある筋骨隆々の肉体。二足歩行だが、その下半身は頭部と同じく牛をモデルに作られたものだ。


「警報からまだ時間も経っていないのに、もうここへ……!?」


 訓練区域での戦闘経験者なら分かる。特にウィンスキーのような実力を持つ魔導師であれば、目の前にいるのが生半可な強さではない魔物だと。


『──────!!』


 咆哮だけで体が吹き飛ばされそうな勢いだ。ウィンスキーは離れているカラスをちらと見てから、すぐに魔物の注意を引きつけようと火炎を放った。


「逃げて下さい、カラスさん! これはいち生徒が手に負える相手ではない、僕が時間を稼ぎますから、はやく行って! 長くは持ちません!」


 放った火炎は魔物に殆ど通じていない。皮膚を僅かに焼いただけで影響はなく、標的を視界に映ったカラスではなくウィンスキーに変えて襲い掛かった。


「危ない、先生!」


 動きの素早い魔物の一撃を紙一重で躱して、さらに雷の魔法を放つ。直撃すれば通常の魔物ならば一時的な麻痺を起こして動きを鈍化させられるが、目の前にいるキメラは訓練用に作られた『耐久性に特化した怪物』だ。ウィンスキーのように優秀な大魔導師であっても、そう簡単には止められない。


 剛腕が彼を捉えて叩き潰そうと振り下ろされる瞬間、カラスが割って入った。両腕で、降って来た巨岩の如き一撃をなんとか受け止めてみせる。


「カラスさん、何をやっているんです!?」


「先生こそ何やってんだよ、下がってくれなきゃ困る!」


 ハッとする。死を覚悟して屈んだ姿勢のままだ。カラスが割って入らなければ潰れていた。慌てて彼が引き下がると、彼女は勢いよく拳を押し返す。


「カラスさん……!? あれと戦えるんですか!?」


「知らない! こいつは何、訓練区域の魔物!?」


「ええ、そうです! ですが詳しい話はこれを何とかしてから!」


 再び魔物が巨岩のような肉体で突進してくる。ぶつかれば原型を留められないだろう。咄嗟にウィンスキーは躱そうと離れたが、カラスは正面から挑む。


「────大丈夫、オレなら出来る」


 イメージするのは最強の男。魔導武神アレスの流水のような動き。眼前の脅威を臆さず、正確に受け流したうえで反撃を打ち込む。


 彼女にはウィンスキーからの呼びかけが聞こえない。


「一点集中。オレが狙うのは、ただ一か所」


 彼女の体は浮いていた。飛ばされたからではない。キメラの体に添って見事な動きで力の流れを逸らし、瞬時に巨躯を駆けあがって跳んだ。彼女の視線は、その頭部に絞られていた。


 構えた手。揃えられた四本の指には巨大な魔力が集中する。冷静な呼吸と共に、その頭部を背後から貫き、頭蓋を割った。その姿を見た者は、ただ圧倒される。そこにいるのはただの魔導学院の生徒ではなく武神そのものだった。


 巨躯が悲鳴もあげず、ゆっくり倒れた。いくら危険な魔物といえども脳を破壊されれば動かないただの肉の塊だ。完全に事切れた後、肉体は黒く朽ちていく。


「よっしゃ! 行こう、先生!」


「……ええ、そうですね。行きましょう」

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