第4話「魔導学院への推薦」
魔導師となれる人間は一握りしかいない。見習いであろうとも伯爵並の待遇を受けるのが当然なほどの貴重な人材である。人々の生活水準の向上や、危険生物の駆除から各町に結界を張るなど、他にも多種多様な面で活躍するのが魔導師だ。憧れる人間も多く、貴族たちからも敬意を受けた。
その中でも公爵家に代々仕えるのがシモン家であり、現在はアルメルが常に傍で待機している。彼女の最も重要な役割としてアンゼルムの守護に加え、敷地の結界の維持から点検も行った。
「アルメル、彼女に簡易魔力計を持ってきてやれないか」
「彼女を魔導学院に編入させるおつもりですか?」
「ああ。僅かでも魔法の才能があれば彼女の役に立つ」
カラスには二人が何を話しているのか、さっぱり分からなかった。魔法は選ばれた人間だけが扱える才能だ。だから魔導師になれるのは極めて少数でしかなく、また魔力を持って生まれて来ても境遇次第では永遠に知る事はない。貧民街で育っているのなら、なおさら知りようもなかった。
「かんいまりょくけいって何?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる。食べクズが口元についているのを傍にいたメイドが奇麗に拭きとるのをされるがままに、彼女は興味の視線を逸らさない。
「うむ。君が魔力を持っているかどうかを確かめるための道具だよ。本来はもっと大掛かりで、どれだけの素質があるかを調べたりもするんだが、今ここで必要なのは君が魔力を持っているかどうかだけだから」
グラスの中で濃い紫の液体がくるりと回って、果実の匂いが漂った。
「君の体に魔力が満たされている必要はない。ほんの少しだけでいい、このグラスに入っているワインの量程度、君という器に魔力が宿っていれば、これから成長をしていくにつれて増えていくだろう。だが、問題は入っているかどうか」
目くばせされたアルメルが、懐から小さな卵型の翡翠の宝玉を取り出す。黄金の装飾にはめ込まれ、持ち歩きやすいように紐が通されている。
「ちょうど魔道具の整理をしていたところでしたので、これを使いましょう。去年に開発されたものですから、簡易でもそれなりに正確に測れますよ」
多少の値段は張りましたが、と指でつまむ仕草をして微笑む。アンゼルムは彼女がまた勝手に魔道具を買い足したのだと呆れて苦笑いを浮かべた。
「……こほん、まあ構わないさ。君の無駄遣いには目を瞑るとして使い方を教えてあげなさい。カラスにも魔力が宿っているといいんだが」
カラスの後ろに回ったアルメルが、結んだ紐を解いてから首に掛けて「ちょっと失礼致しますね」と優しく言った。
神秘的な宝玉を手で触ってみる。艶々していてとても心地良い。ずっと触っていられそうだとカラスは興味津々にしながら指でさすった。
「いいですか、お嬢さん。その宝玉を手の中に握ってみてください。それから目を瞑って深呼吸をします。そう、良い子ですね。では手を開いてみて……」
開いた手の中にあった宝玉の色が赤く染まっていた。魔力に反応を示せば色が変わる仕組みで、彼女が正しく魔力を持っているのが分かる赤色。持っていなければ青色に変わるので、アンゼルムもアルメルも顔を見合わせて安堵の息をもらす。
「どうやら魔力を持っているようだな」
「そのようです。特に見て下さい、この輝き方」
宝玉の輝き方が少し強く、簡易魔力計では限界があるために断言はし難い部分もあったが、アルメルは彼女を褒め称えた。
「本来はここまで強く輝きません。彼女には魔導師としての素質があるようです。閣下がお望みのように、魔導学院への入学の許可はすぐにでも下りるかと」
とても満足な回答を得て、アンゼルムがニコニコする。話がよく分からないカラスは、そのまま食事を再開する。頬いっぱいに詰め込んで、ごくっと無理に喉へ押し込んで、徐々に満腹感を感じ始めていた。
「カラス、そのままで良いから聞きなさい。君には魔導師としての才能がある。中々に持てない幸運は君の強さに繋がるだろう。その幸運をさらに良いものへ昇華させるためには魔導学院で魔法を学んでのが大切だ」
こくっとワインでのどを潤して、カラスを見つめる。
「私が君のためにヘルメストリス魔導学院への推薦状を書こう。アルメルも保証人になってくれる。────将来のために少し勉強をしてみる気はないかね?」
まだ若いカラスでも、言っている意味が今度はよく理解できた。未来の自分への投資。働く能力を得るための布石。期待通りにいけば公爵家からの支援が、そうでなくとも学院に通ったという事実は今後を左右する。
彼女は若く、最低限の常識を備えているだけで知識などは殆ど持たないが、損得に対する嗅覚は敏感だ。今ここで選ぶべき答えが何か、直感できた。
「……する。したい。オレも、もっと勉強したい」
待っていたとばかりに答えを聞いたアンゼルムが深く頷く。
「では君の入学手続きは我々で済ませておいてあげよう。その間、君はしっかり栄養を摂って、もう少しマシな体を作っておくのが仕事だ。分かったね?」
「うん。オレ、なんでもするよ。仕事の手伝いだってする」
「ハハハ! それは要らないよ、メイドたちの手は足りているからね」
グラスをそっと置き、嬉しそうに彼はカラスへ笑顔を向けた。
「ただし、ひとつだけ約束してくれたまえ。必ず魔導学院を卒業する事。私が君に求めるのはただそれだけだ」