第39話「大切な家族」
本校舎へ向かう間、久しぶりのアンゼルムとの再会に喜び、カラスはぴょこぴょこと小さく跳ねながら歩く。ずっと俯きがちだった気分に晴れ間が差し込んだ。
「相変わらず魔導学院は町のようだな。私が騎士学科に通っていた頃と何も変わってない。……あ、いや、少しだけ区画整備があったのかな?」
「おじさんも通ってたの?」
アンゼルムがニコニコしながら頷く。
「懐かしいよ。あの頃はまだ若くて、才能があると言われていたが、どうしても勝てない相手がいてね。もう二十年以上前になる。その人には、ついぞ敵わなかった。騎士学科でもないのに剣も使えるし、魔導武術に関しても抜きんでた実力を持っていた。誰もが憧れたり、嫉妬したり、対抗心を燃やすような人だった」
最高峰の魔導師。誰もが確信する腕を持ち、実際にそうなったと笑う。
「そんな人がいたんだな。その人って、今は?」
「そりゃあもちろん、魔塔主になったよ。そして今は学院長さんだ」
「やっぱりリゼットさんなんだ。まあ、そうだよなあ」
アルメルの師匠ともなれば、そうであるのが当然だと思った。騎士団長のアンゼルムが剣でさえ敵わなかったというのが、とても興味をそそられた。
「それにしてもアルメルの事は残念だったね。すぐに私のところにも連絡が来たよ。さぞや辛かっただろう?」
「……うん。アルメルさんの事、好きだったから」
三年以上も、自分の時間を割いてカラスに注いできたアルメル。ときには厳しく、ときには優しく。親兄弟のいない彼女にとって姉のような存在だった。喪失感は未だに拭えないが、彼女はようやく自分らしい笑みを浮かべて────。
「でもまだ家族がいるから。そうだろ、おじさん」
「……ああ、そうだね。私にも君という娘がいて嬉しい限りだ」
ふとアンゼルムが足を止めて振り返り、呆れた息を吐く。
「記者というのは熱心だね。水入らずで話す時間もくれないのか?」
物陰からそろりと出てきて、頭を掻きながら薄笑いする男が一人。いかにも弱気そうな腰の低い振舞いだが、その目つきには芯の強さがあった。
「へえ、これはすみません。公爵様がいらっしゃったので、例の件について記事を纏めているところでしたから、コメントのひとつでも頂こうかと」
「結構だ、話す事はない」
ぴしゃりと言われて男も一瞬だけ臆したが、視線はカラスに向かう。
「ではそちらの子にも。公爵様の支援を受けているともお聞きしていますし、アルメル・シモン様のお弟子さんでしょう? よろしければ何かひと言────」
ささっとアンゼルムの後ろに隠れて睨む。
「という事だ。我々に関わらないで頂こう」
「ですが大事な部下だったのでしょう。何かひと言くらいあっても……」
「二度、三度と繰り返すのは嫌いだな。君、どこの記者かな?」
笑顔で対応してはいるが、内心では今ここで八つ裂きにしてやりたいという気持ちさえ芽生えたが、カラスの手前、そんな振舞いは出来ないと抑えて────。
「相手が誰かを理解しているのなら、もうやめておきなさい。踏んだのが狼の尾であったとは思いたくないだろう?」
語気を強めて言うと、流石に男もすごすごと引き下がるしかない。公爵家を相手取ってただで済むはずがないのだ。強硬手段にでも出られてはたまったもんじゃないと諦めるしかなかった。
「……まったく。いたのが私で良かったよ。アルメルだったら、今頃は彼も相当な酷い目に遭っていたかもしれないな」
「あはは、確かに。オレもちょっとイラっとしちゃった」
二人でくすくす笑って、また歩きだす。話はアルメルの事に戻り、思い出話に花を咲かせた。ときどき天然で約束も忘れたりするが、いざというときは頼りになる。どんなときでも冷静沈着で、家族や仲間を大切にしてくれる。
最高の従者であり、最高の家族であり、最高の師匠であった。
「いつかまた会えるかなあ」
「会えるとも。さ、そうこうしているうちに着いたよ」
高くそびえる本校舎を前にカラスは少しがっかりする。
「楽しい時間ってのはあっという間だな。もっとおじさんと話していたかったのに……」
「また会いに来てあげるとも。私の大事な娘なんだから」
額にキスをして、優しく頭を撫でる。大切な家族を失ったのはカラスだけではない。アンゼルムにとっても、深く悲しみを背負う出来事だ。
だが、それでも気を強くいられるのは、自身が支える騎士団の面々や、カラスたち守らねばならない家族のためだ。アルメルを失ったからと言って悲しみに溺れるのは自分の役割ではない、と。
「おじさん。オレ、まだ泣かないよ」
「わかってる。君は強い子だから」
貧民街にいた頃から、ずっと、カラスは俯かずに戦って来た。どんなに疲れていてもアルメルとの修練を欠かした事はなかった。アンゼルムに会えば、その度に『今日も頑張るから』と、かならず宣言するほど彼女は突き進んできた。
ずっと傍で見てきたから分かる。彼女の苦痛も、まだ戦おうという意志も。
「だけど無理をしてはいけないよ、カラス。これは決して君のためだけでなく、私のためである事も忘れないでほしい。もう誰かを失いたくないからね」
「……うん。ありがとう、じゃあ行ってくるよ!」




