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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第38話「期待は裏切れない」




 結局、特に大きな騒動が後に起こる事はなく、アルメル・シモンの訃報という大きな悲しみが魔導学院を未だに満たしている。


 多くの魔導師たちから尊敬を集め、最強の大魔導師として名高く活動的な存在であった事から憧れの的として学院内でも常に話題にあがった。どんなに魔導師になりたての人間であっても────否、魔導師でなかったとしても、シモン家のアルメルといえばどのような人物であるか答えられるほどだ。


 偉大な魔導師を失ってしまった。まだ若かった彼女の未来が閉ざされた。そうして塞ぎ込む者もいた。だが、弟子であったカラスはそうではなかった。


「なんの進展もないってのが一番苦痛だよな」


「アタシも。学院長が頑張ってくれてるのは理解してるけどね」


 二人で愚痴を言いながら食事をする。元気を取り戻したわけではなかったが、他の誰よりも俯いている暇はない。弟子なのだからと自分を常に奮い立たせ、師匠を超える魔導師になるための努力を欠かさず、魔導書を読み進めた。


 分からない部分はオリーヴという知識と理解に長けた親友の助けを借りながら、断片的に記載のある黒魔法についても頭に叩き込む。


「にしても、あんたも凄いわよね。黒魔法の素養だって」


「良いんだか悪いんだかオレにはわかんねぇ」


 オムライスのケチャップを広く塗りながら、はあ、とため息を吐く。


「魔導師の素養があるって言われて嬉しかったよ。貧民街から抜け出して、やっとオレの人生が始まるんだって思ったのに大好きな師匠は殺されちまって、今は軟禁状態に近い。黒魔法だって断片的に載ってるだけで、肝心な手段は三冊揃ってなきゃ駄目と来てる。しかも残りの一冊がフラガラッハが持ってるなんて……」


 学院に通うと答えなくてもアンゼルムは力を貸してくれただろう。もしあのとき違う選択をしていれば、もっと穏やかな人生が送れたのかと考えなくもない。辛い思いも経験せずに済んだかもしれない。また泣きそうになった。


「そっちはアレスさんがなんとかするって言ってたじゃない。正直、怖くなかった? あの『何が何でも手に入れてやる』っていう殺意にも近い目」


 平常心を装っているだけで、全身から溢れる怒りは隠し切れなかった。アレスにとってもアルメルは良いライバルであり、良い友人だったのだ。殺されて平気なはずがなく、仇を取るという執念のようなものをオリーヴは肌に感じた。


「オレもあの人くらい強けりゃな……」


「ぐずぐず言っても仕方ないわよ。それよりほら、本校舎行かないと」


「うん、そうだなあ。成績に響いたら師匠に怒られちまう」


「そうね。きちんと卒業するっていうのが約束だったんでしょ、確か」


 魔導学院に入ると決めた時にアンゼルムと交わした約束。絶対に返さねばならない恩。それはアルメルに対する信頼にも繋がる。絶対に期待は裏切れない。


「オレが此処にいるのもアンゼルムが助けてくれたからだし、アルメル師匠が才能を高く買ってくれたってのもある。だからサボったりだけは絶対しない」


「偉い偉い! それでこそアタシの親友よね!」


 支え合う相手がいるだけで暗い気分も紛れる。失った悲しみや苦しみを共有できるのは、砕かれそうだった心を耐えさせた。


「じゃあ支度して。アタシは待機だけど……」


「退屈だよな。一緒に行けたらいいのに」


「仕方ないわよ。未だに声掛けて来る奴いるもん」


 どれだけ追い払っても、一人か二人は隠れている。しつこい人間とはどこにでもいるもので、良く言えば権力に屈さない姿勢ではあるが、悪く言えば自己利益のために他者の不幸を餌にする鼠のような者たちに過ぎない。


 そういった状況に辟易して、やっと外出できるかといったときに、またオリーヴは待機命令を出された。その代わり講師の面々が講義の遅れがないように空き時間を使って訪ねてくれるので問題はなかったが、気分的には最悪だった。


「ま、いいわ。あんたが元気そうならアタシは……」


 アルメルは憧れだった。あらゆる魔法を使いこなし、優れた人柄で慕う者も多かった。とはいえ実際に会う機会も少ない公爵家専属の大魔導師が講師として来ただけでなく、親友の師匠であるなど貴重な経験だ。そのやっと知り合えた憧れが、今は二度と会えない遠い存在になってしまった。思い出すと言葉に詰まって俯く。


「んだよ、泣くなよ。オレといっしょに頑張ろうぜ」


「……うん。そうね、泣いてばっかりは良くないわよね」


「おう! オレもめちゃくちゃ頑張るから、泣くのはその後だ!」


 カバンを片手に玄関で靴を履いて、さあ出発と扉に手を掛けた瞬間。先にがちゃりと誰かが扉を開いた。


「おお、すまないね。久しぶりに声が聞けたものだからつい」


 カラスがぽかんと口を開けて見つめた。理解するまでに数秒を要して、それからぱあっと顔を明るくして思わず抱き着く。


「アンゼルムのおじさん! 久しぶり、会いに来てくれたんだ!」


「ああ。随分と君の声を聞いてないから寂しくなってね」


 優しく抱きしめて頭を撫でる。我が子のいないアンゼルムにとってカラスの存在は今、誰よりも愛おしく感じられる相手になっていた。


「これから勉強かね?」


「うん。本校舎に行くんだ」


「じゃあ、せっかくだから少し話そうか」


 彼はちらとオリーヴへも視線を送って────。


「君はサンジェルマンの娘だろ? 行かないのかい?」


「アタシは待機命令が出ていて……」


「それなら仕方ないか……。まあ、カラスの事は安心したまえ」


 ぱちっと軽くウインクをして彼は言った。


「彼女は邪魔が入らないように本校舎まで送り届けて来るよ。午後に時間が空いたら、君も少し話そう。せっかくだから、カラスの学院生活も聞いてみたいんだ」

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