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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第37話「抱えたリスク」

 師を失って今にも絶叫して泣きたいほどの状況でもカラスは気丈夫で、瞳には力強さを感じた。悲しむよりも前に進む意志。アルメル・シモンという大きな存在を失っても泣いて立ち止まるのはなにより彼女の望まない事だ、と。


「じゃあ俺ちゃんからもプレゼント」


 二冊目の魔導書がカラスに渡される。


「どうせ肉体派の俺ちゃんには使い道もない。ボーグルにでもくれてやるか~なんて思ってたけど、黒魔法と神秘魔法ってんならお前らが使うべきだ」


 リゼットも静かに頷いて同意する。魔導書が人を選ぶのであれば、今がそのときなのだろうと黙って見届けた。


「では学院長殿、アレス殿。ひとつ聞きたいのだが、残り一冊はまさかフラガラッハ家の所有なのでは? どうやって手に入れれば良いのだろうか?」


 オーレリアが複雑な表情を浮かべて尋ねた。


「取り返す。それ以外にないだろう」


 リゼットがようやく気持ちに整理をつけて煙草を吸い始める。


「一冊だけでも魔導書として価値のある代物だ、オーレリアを自由にする手っ取り早い手段だったからな。……私が黒魔法を扱えれば教えてやる事もできたが、今のところ後天的に魔法として作用させるのは無理だ。だから残り一冊を手に入れるしかない。それに黒の属性に素養を持った者には大きな問題があるんだ」


 ふうーっ、と煙を吐き天井を仰ぎ見て言った。


「他の属性を抑制する働きを持っていて、魔力の制御もほぼ利かない。だから私の創ったゴロ岩くん三号を簡単に破壊してしまったわけだ」


「つまり俺ちゃんと同じ魔導武術とか防御結界みてえな属性を持たない場合がコイツに適してるって話か? そんなら納得も────」


 リゼットが、アレスの言葉をちっちっ、と指を振って遮った。


「まったく使えんわけじゃないが魔力の制御があまりにも困難な事と、他の属性魔法を使おうとすると黒の属性が邪魔をして魔力そのものを不安定化させてしまうんだ。つまり不発に終わるケースが多いんだが、場合によっては────災害を引き起こしかねないレベルまでの暴発に至る可能性もゼロではない」


 研究を重ねたとはいえ、黒魔法が使えないリゼットにとっては過去の文献から可能性を導き出すのが関の山だ。彼女ほどの天才であっても素養を持たなければそこまでの道で終わってしまう。


 ゆえに危険。神秘魔法と比べて、実際に研究した黒魔導師がいない。扱いが難しく、個々が限界を感じてやめてしまったケースばかりだった。


「連中が魔導書を握っているという事はアルメルを殺った可能性もあるが……。いや、しかしそれほどの大魔導師や大騎士はいない。アイツが単独で十数名を相手に負けるなど、到底考えられん話だ」


 いったいどこの誰がと頭を抱えたくなる。丁度その時、机に魔法陣が浮かび上がり、丸まった数枚の羊皮紙は今回の件に関わる重大な報告書だ。


「もうあがってきたのか、少し待て。話の続きは読んでから……」


 全員がジッと黙って読み終えるのを待つ。リゼットの表情は眉間にしわが寄り、ひどく不愉快そうな顔をして煙草を口に咥えた。


『アルメル・シモンの死因は背部から鋭利なものによって刺し貫かれた大量の出血によると断定。光属性の反応を示す痕跡有り。魔導学院内部において転移魔法による移動の痕跡を確認。アルメル・シモンによるものと推定。転移前の位置は貧困街にある神殿跡地と特定。交戦の履歴およびロックス・バーソロミューの遺体を発見』


 あらゆる報告にひどい頭痛を覚える。


「ロックスも死んだのか……」


 どこの誰が。想像できないわけではない。ロックスも強いといえどもアルメルには遠く及ばない。だが、彼とアルメルが共同で仕事にあたっていたのなら、二人の戦力は脅威的だ。戦えるとしたら────。


「────シモン家が関わってるな」


 具体的に言えばシモン家の誰か。総出であればアルメルに逃げる隙さえ与えなかった。とはいえ背後からの、ただの一度の奇襲で致命傷を与えるとなれば、彼女の事をよく知っている人物としか考えられなかった。


「アタシたちに出来る事ってありますか、学院長……?」


 オリーヴが気弱になる。アルメルの敵討ちがしたくとも、自分たちがまだ子供であり、才能があっても魔塔に名を連ねる大魔導師には太刀打ちできないだろうと、誰よりも頭で理解していた。


「うむ……。ひとまずは普段通りの生活をしてくれ。オリーヴは第一発見者だ、記者共がうるさいだろうから寮で待機。目障りな連中が屯するようであれば何人か派遣して蹴散らしてやる、心配しなくていい」


 報告書を握り潰して、瞳をぎらつかせた。


「しばらくは私も学院長としてではなく、魔塔主のリゼット・ヒルデブラントとして調査に乗り出すつもりだ。……絶対に逃がさん、誰一人も」


 いつぶりほどの怒りだろうか。我慢していたつもりだったが、その気配の圧に生徒たちがドキッとしたのを見て眼鏡を指で軽く押し上げ、冷静さを取り戻す。


「ともかくカラス、そしてオーレリア。お前たち二人は普段通り────いや、しばらくは二人にも本校舎での通学をしてもらう。講師はこちらで選任するので、通達があるまでは学業も休みだ。以上、これで解散とする」

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