第36話「大きな夢」
貴重な魔導書。アルメルから色々と教わっていたが、初めて聞く種類の魔法にカラスは首を傾げて尋ねた。
「黒魔法と、神秘魔法……?」
リゼットが深く頷いてから魔導書のうえに手を置く。
「基本的に魔法には属性がつきまとう。そして属性魔法はいずれかを得意とする場合、特化すると術者に身体的変化をもたらす事がある。たとえばアルメルなら水の魔法を得意とするために髪色が蒼く変質したり」
すべての属性を窮めているとはいえ、アルメルが中でも得意とするのが水の属性を持った魔法である。一方、あらゆる魔法を均等に使いこなすリゼットにはそれといった変化はなく、またどれを得意ともしないアレスも同様だった。
「……そして黒、あるいは神秘の属性を持つ者は生まれ持った性質であるゆえに素質が見抜かれない。いや、見抜きにくいと言った方が良いか」
黒の属性は生まれながらにして身に宿すため、成長の過程で違和感なく育つ。そのためカラスのような生まれつき黒髪である者が素養を持っていた場合には、まったくと言っていい程普通の人間と見分けがつかない。
そのうえ眼力を持った特殊な魔導師たちでさえ、その能力を以てしても干渉できないので見つけるのには苦労する。神秘魔法にしても同様で、同じく髪色が白か、あるいは銀色に育つので、どちらも把握する手段に乏しかった。
「そしてこれから話す事は私と、お前と……それから、そこで隠れてる馬鹿共だけの秘密として欲しいのだが、構わないかな?」
ぎくりとして扉の隙間から覗いていたフードを被った男がひらひらと手を振りながら入って来る。「俺ちゃんはバレないと思ったのになあ」と、その後ろにオリーヴとオーレリアの二人が鴨の子供のようについて歩く。
「オレは全然いいけど……」
誰一人として明るい顔はできなかった。アルメルが死んだ事実を受け止め切れていない。特にオリーヴは少し顔色が悪くすら見えた。
「オリーヴ・サンジェルマン。無理はしなくていいんだぞ」
「いいえ、学院長。……私も、聞きたいです……」
憧れの大魔導師アルメル・シモンが殺害された。その遺体の第一発見者であるオリーヴの心労は計り知れない。わざわざ来るべきではなかっただろうに、とリゼットはどう考えてもアレスが連れてきたに違いないと彼を睨んだ。
「俺ちゃんは知らないよ。うん、俺ちゃんは何も関係ない」
「後で覚えてろと言いたいが今回は見逃してやる」
口笛を吹いて誤魔化したアレスだったが、そう言われて切り返した。
「だって知る権利があるだろ。俺ちゃんたちだけが知ってればいいなんて、都合のいい大人の言葉で黙って部屋の中で待たせるとか、そんな惨い事できねえよ」
「……いちいち癪に障る。分かった、その代わりお前が責任を持て」
「当然。アルメル以上に気合入れて面倒見てやるよ」
はっきり決意の籠った言葉にリゼットもそれならばと納得の意思を示す。
「では続きから話そう。この魔導書を創るにあたって私は黒魔法の研究を重ねてきた。後天的な発言や、あるいは素養が無くても扱うためにいくつもの文献を漁り、その中で過去の事例からいくつか判明した魔法や扱い方、黒魔法の素養に関わる他属性への影響など全てが記されている。もちろん神秘魔法も同様に調べ尽くして、記されている。それらは三冊揃って初めて解読できるようにしてあるが……」
リゼットの視線はカラスとオーレリア、それぞれ順に送られた。
「その素養を持つ者が偶然にも同時に現れた。カラス、お前は黒魔法の素養を持っている。そしてオーレリアは神秘の属性を。フラガラッハ家が欲しがった理由がいまさらだが透けて見えるようだな」
机に置いた魔導書をそっと押して差し出す。
「神秘の魔法は人体に影響を及ぼすと言えども効果的な治癒や延命に関わる魔法ばかりだ。しかし一方で、黒魔法は害を及ぼす禁忌とも言える。だから本来であれば渡すべきではないのかもしれんが、アルメルはお前を選んだ。────カラス、この本はお前にくれてやる。どう扱うかは自分で決めろ」
手に取った魔導書の分厚さと重さ。何百とある頁の全てを埋め尽くす文字と魔法陣の図解の数々は、全てリゼットの手書きによるものだ。改めて彼女の凄さを思い知った気がしてカラスは息を呑んだ。
「こんなものをオレが本当に貰っていいの?」
「うむ。その代わりオーレリアにも見せてやってくれ」
神秘魔法はひとつを除いて、全てが治療などの目的に使われる。そのため、隠された神秘魔法以外は遠慮なく記載して未来に役立てるつもりだった。運よくそこへオーレリアが現れたので、今の彼女にならば使い道も多いだろうと言う。
「騎士学科は道具に魔力を込めて扱うのに長けているから、オーレリアほどの腕があれば今後の神秘魔法の研究も大きく進むはずだ」
「わかった。オレもオーレリアだったら全然構わないよ」
魔導書を抱きしめて、凛とした表情で強く答えた。
「夢なんだ。アルメル師匠を超えるくらい凄い魔導師になるよ、絶対に」




