第32話「裏切者」
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────貧民街。栄える皇国の暗い影。
「アルメル様、こちらです」
建物の陰から僅かに見える馴染みの顔。
「ロックス。ご苦労様です、首尾はいかがですか?」
「はい。例の教会跡で現在は会合中のようで」
リゼットからの謹慎を言い渡されたアルメルは、隙間の出来た時間に、それならばとロックスに任せた仕事を手伝う事にした。
三年前に起きた大魔導師殺害事件に関連する、主犯と思しき魔導師の尻尾を掴んだと報告を受け、複数犯であったと分かると万が一の事態に備えてロックスを待機させ──既に三年前の時点で階位を持った魔導師が殺害されているため──、到着と同時に魔石で会話を記録。証拠だけ手に入れ、後日に改めて追い詰めるつもりで準備を進めてきたのだ。ようやく捕まえられると期待が高まった。
「相変わらず完璧な気配遮断ですね、ロックス」
「あなたに鍛えられましたから」
お互い、ホロウバルト公爵に仕える身であれば、師弟関係はなくとも定期的な訓練を行う。主にアルメルのために騎士たちが集まり、彼女との実戦訓練を行う事で対魔法に関する知識や、魔力を持つ者は大魔導騎士としての修練も積んでいる。ロックスはルースト騎士団に所属する騎士の中でも二番手の実力者だ。
「さあ行きましょう、アルメル様」
「はい。今日でようやく解決へ向かいますね」
心苦しさをずっと胸に抱えてきた。魔塔主リゼットの息子フェイル・ヒルデブラントは良き友人だった。アルメルにとっては弟みたいなものだったと言い換えても良い。それほどに仲が良く、ときには食事をした。
命を落とす前日、彼女が最後に会ったときの姿が未だに忘れられない。死んだ後のリゼットの暗く淀んだ冷たい背中も。
(やっと終わる。フェイル、あなたが託してくれたものがなんだったのかは今でもわかりませんが、やっとここまで来ましたよ。ロックスのおかげで……)
教会跡で、一人がきょろきょろと誰かを待っている。しばらくすると気配のない誰かが転移魔法によって内部に現れた。待っていた魔導師がすぐさま膝を突く。
「お待ちしておりました、ロード」
「……誰にも尾行は受けていないな?」
「もちろんでございます」
「ならばよい。頼んでおいた仕事は済んだか」
「はい、ロード。こちらが魔導学院内部の資料です」
渡された紙の束を受け取り、ロードと呼ばれた男がふんと鼻を鳴らす。
光景を眺めていたロックスが記録を取りながら、ふと言った。
「妙じゃありませんか、あのロードとかいう男。どこかで聞いた覚えのある声をしているというか。やはり我々の知る誰か……アルメル様?」
驚愕だった。アルメルは声だけでなく、その洞察の眼力を以て理解してしまった。ロードと呼ばれる男の正体。
「────おじい様、なぜあなたが」
ハインリヒ・シモン。二代前の当主であり、アルメルの祖父。かつては魔塔階位でも一桁クラスの実績と実力を持ち、魔法薬学の第一人者としても知られる。彼女にとっても尊敬できる人物の一人だった。
他人だけでなく自分にも厳格で、彼に意見ができるのはアルメルだけだと言われるほどシモン家でも右に並ぶ者なしの傑物。それが犯罪者だと、自分の目に映る光景が信じられない。
だが確かにハインリヒなのだ。疑いようもなく。
「……貴様はやはり三年前と変わらず迂闊だな」
その言葉にアルメルがハッとする。自分に向けられた言葉ではない。しかし、気付かれているのだ。当然、ロックスの気配遮断魔法で隠れきれるはずがない事は分かり切っていたのに、動揺が彼女の素早い認識を阻害した。
しかし、それでもアルメルは魔塔主の器である。数多くいる大魔導師たちの中にあって、その先頭に立てるだけの人望と実力を兼ね備えた大魔導師である。ゆえに背後に迫った二つの気配を察知して行動に移すまで、まさしく神懸かり的な速さで正確な判断を以てロックスの首ねっこを掴んで物陰から飛び出した。
「ぐっ……! すみません、アルメル様……!」
「問題ありません。ですが状況は我々にとって不利のようです」
既に先手を打たれていた。ハインリヒは慎重で隙のない男だ。最初から尾行があるかないか、相手の事を信用などしていない。十全な準備で、確実に自分たちの邪魔者を迎え撃とうとする。
「これはこれは。まさか盗み聞きしていたのが我が孫とはな」
「……信じられませんね、本当におじい様だとは」
フードを脱いだ老人の重く力強い顔立ち。しわがれてはいるが、はっきり耳に届く声。フェイルが残した『シ』の文字の意味がようやく分かった。
「そうですか。あれは我々シモン家に裏切者がいた事を示すものだった。理解するのに三年も費やしてしまうとは、彼になんと謝るべきか……」
彼女たちを取り囲む大魔導師たちの中には、ハインリヒに付き従う階位を持った者の姿もある。いくらロックスも腕が立つとはいえ、とても敵う相手でない事はアルメルにも一目瞭然の敵だ。
(十……二十……三十人もいないようですが、流石の私でもおじい様や階位持ちを相手にしてロックスを気に掛けてはいられない。ならば……!)
圧倒的不利な状況。かといってロックスを見捨てて単身で逃げるほど愚かでもない。彼女で導き出した結論は単純明快。
「ロックス、私が隙を作ります。あなたは記録魔石を持って逃げなさい。その証拠さえあればリゼット学院長も動かせるはず」
「何を仰います……!? 俺なんかよりもあなたの方が……!」
命を擲つべきは自分だとロックスは主張したが、彼女は首を横に振った。
「あなたでは無理です。だから────任せなさい。このアルメル・シモン、最強の魔導師としての本領発揮をすべき時が此処であると見ました」




