第30話「規格外の実力」
みっちり叱られた後、カラスはひたすら正座して時間を過ごし、ようやく解放される頃には足を痛めていた。それも少し魔力を練ってしまえば、自然的な治癒力も高まるため然して問題にはならなかったが。
必要なのはリゼットの前で正座をさられた長時間の精神的苦痛。叩かれるでもなく、ただそこに座らされているだけで話す事さえ許されない。文句のひとつでもいえば『時計が止まったかな』と、遠回しに脅しをかけられた。
おかげで流石のカラスもくたくたになっていた。
「……おっと、もうこんな時間か」
ふう~っ、と煙を緩やかに吐き出す。
「もう帰って良いぞ」
「えっ、本当に……?」
「希望するなら延長してあげよう」
「い、いや! 帰ります!」
「よろしい。ではさっさと帰れ、邪魔だ」
さんざん居座らせておいて邪魔のひと言で帰らされるのも納得がいかなかったが、もとはと言えば自分がボーグルに仕掛けた勝負が原因だ。
しかし、それ以上にリゼットがぶつぶつと文句を言っていたのが『武術学科が他の学科の生徒と組手をするなど……』といった内容だったので、ただ理解があって腕が立つのならば勝手に組手を行っていいわけではないといった御法度の行いであったのが、カラスを呼びつけて正座させた大きな理由だった。
正規の手順を踏めば良いものの、今回は生徒同士の白熱ぶりに誰も入れないよう鍵を掛けてしまったがために師範代のいない状況下で行われた密室の勝負が発生した事が強く問題視された。
もちろん、カラスだけでなく、今回はボーグルを含めて武術学科の生徒たちほぼ全員が対象として呼び出しを受けて此処に処分を言い渡されるなど、魔導学院も話題に事欠かない日々がしばらく続く事にはなるだろう。
「はあ~……。やっちまったなあ、もしかして問題児だったりして」
「お前が問題児以外に何があるってんだよ?」
大きな手が背後からぽんと頭に手を置く。
「うわっ。アレスさん、来てたの?」
「そうそう。俺ちゃんは此処の講師じゃないし、別件の仕事で元々リゼット学院長から臨時で雇われてるってとこでね。……それにしても」
じろじろと顎をさすりながらカラスを見て、不思議そうにする。
「よく細い体でボーグルに勝てたもんだ。アイツは俺ちゃんが見込んだ奴らの中じゃあ、ダントツで腕が立つ。十年もありゃあ魔塔階位も貰える。だけど、お前は……なんつうか、規格外だな。俺ちゃんの得意技まで使ったって?」
そう言われてカラスは得意げに四本指を揃えてみせた。
「アレスさんが使ってた四本貫手ってヤツ!」
「……ははあ、なるほど。確かに、そりゃ出来るもんじゃねえ」
揃えられた四本指をきゅっとアレスがつまんだ。
「普通、指先に集めた魔力ってのは数が多けりゃ分散して上手く同じ威力に出来なかったりするもんだ。だから突き指なんかしちまったりするんだが、お前の場合は完璧にこなしてる。しかも高水準ときた」
たった一度、しっかり見ただけで体得する彼女の才能に驚きが隠せない。自分でも完璧にモノにするのに一年はみっちり修業をしたのに、と。
魔力の流れをひと目で理解できるのは並大抵の人間では不可能だ。それはアルメル・シモンやリゼット・ヒルデブラントでも出来ない芸当で、それを実行に移すだけの十分な魔力量を持っているのが羨ましくさえ思った。
「まあでも……人に向けるもんじゃねえ。コイツは下手したら体に穴を開けちまう。相手がボーグルだから良かったが、そうでなきゃ殺してたかもしれん。こればっかりは俺ちゃんの落ち度でもあり、お前の常識のなさでもある」
真剣な眼差しがフードの中から見えて、カラスはびくっとしてから申し訳なさそうに俯く。言われてみればそうだ。怪我をしなかったのは相手が良かった。試したいなどという好奇心ひとつで自分は良くない事をしたのだ、と。
「ごめん……。オレ、みんなに迷惑掛けちゃってたんだ……」
「分かりゃいいのさ。暴れたい気持ちも分かるけどよ」
自分たちも許可なく決闘を行った負い目があるので強くは言えなかったが、振るうべき力の方向性を間違えてはいけないと分かってもらえて、アレスは満足げにして彼女の頭を再び優しく撫でた。
「でもよ、そんなに戦って試してみたいってんなら、良い場所がある。今はまだ解放されてないけど、敷地内に訓練地区ってのがあるんだ」
「訓練地区……? そこでみんなで戦ったりすんのか?」
アレスは首を横に振った。
「もっと危ない。そこじゃ魔物を飼ってんだ」
「魔物……。町の外にうじゃうじゃいるっていう?」
大陸のあちこちに生息する存在。人間と同様に、動物たちの中にも偶発的に魔力を持って生まれる場合があり、それらが突然変異的に進化した際に凶暴化した生物たちを区分するために魔物と呼ぶようになった。
通常の動物よりも数倍は巨大で、性格は凶暴。恐ろしく好戦的で同族であった動物でさえ捕食するほどの厄介な存在で、駆除対象になっている。
だが無謀にも挑んで命を落とす事も多々あるため、学院に通う魔導師や騎士、武道家たちは最終的に魔塔所属の大魔導師の管理のもとで対魔物の実戦訓練を行う必要があった。その必要性に応じて訓練地区が存在し、年に数回だけ魔塔階位を持った魔導師が同伴する事で三年にのみ解放されている。
特例があるとすれば、魔塔階位を持った魔導師が申請を行う事で、時期に関係なく入場許可が下りるので「俺ちゃんと一緒に行くか?」と誘った。今のカラスならば問題なく戦えるだろうと判断しただけでなく、自分が一緒にいれば、まずどんな魔物がいたとしても簡単に駆除できるからだ。
それに興味を示さないはずがない。カラスは喜んで答えた。
「行く! 絶対行きたい!」




