第28話「戦ってみたい」
目的はたったひとつ。ボーグル・ウェイトであれば希望に応えてくれそうだと思って、急いで武術学科へ向かった。
彼らの学科は講義室と言うより道場だ。異国の地より輸入した畳と呼ばれる床材を用いて生徒たちの安全を守るのに最も魔力を通しやすい構造で、教授もとい師範代であるブルースによって日々の鍛錬が行われている。
叫びに近い掛け声と共に拳を突きだしたり、空を蹴ったり、あるいは隅の方で瞑想をしている生徒もいて、既に体格の出来上がっているボーグルは特に瞑想をして魔力の練り方を重点的に鍛える事が多い。
「おっ、いたいた。ボーグル!」
呼びかけると彼は目を開く。
「むん……? おお、カラスか。何かあったのか?」
「いやあ、折り入って頼みがあってさ」
既に講義は終わり、後は自主練習として残る生徒ばかりだ。彼らは鍛錬の最中にカラスへ目移りして、何故か瞳をめらめらと同志であるボーグルに向けた。
『まさか武を窮めようとしてる奴に女が出来るわけないよな?』
嫉妬の熱に彼は立ち上がった。
「そ、外で話そうか……。此処だとどうも落ち着かん」
「オッケー! じゃあ外で、あ、その前に」
他の武術学科の生徒を一瞥してから────。
「オレもたまに覗きに来てもいいかな?」
そう言われて鼻の下を伸ばした男たちのウンウン頷く姿に、数人いる女子生徒はうんざりした表情を浮かべた。それでも武術専攻かと呆れて。
ともかく仲間たちの熱い視線を浴びながら、ボーグルはカラスを連れて道場から出て行き、それでもまだ監視が付いて来るので出来る限り離れた。
「さ、ここならいいだろう」
「離れる必要あったのかよ?」
「……まあ色々とな」
「ふーん。別にいいけどさ」
なにはともあれカラスにとって重要なのはボーグルへの頼み事だ。場所を変えさせられる事など大した問題ではない。
「なあ、それでちょっと頼まれごとしてほしいんだ」
「うむ。まあ俺が役に立てるならやるが」
「本当かっ! 嬉しい、ありがとう!────オレと組手しよう!」
「……えっ? ああ、おお……なんと返事すべきなのか」
異種なる対決かと思いきや、何度も突きだす軽い拳の様子に、ああ、彼女が望んでいるのは武術学科における組手なのだと察して困り顔をする。
「武術の心得が無い者との組手、特に他学科とは基本的に禁止されているんだ。受けてやりたいが、流石に────」
不意討ちの蹴りを気配で察知したボーグルが間一髪躱す。直撃していれば首の骨でも折れていそうな勢いに、彼は驚いてカラスを見た。彼女は本気だったし、なにより想像をはるかに超えた魔力の練度に動揺させられた。
「……馬鹿な。どこの基礎学科が、そんな細身で俺を相手にできる?」
「ここだよ、ここ。オレってヤツがいるじゃないか」
魔導武術においては、魔塔で与えられる階位とは別に称号がある。その天上こそが魔導武神。その下には達人と呼ばれる、魔導武神に至れるであろう可能性を持つ者だけの称号があった。
ボーグルが目指すのはそこだ。今やアレス以外にいない魔導武術の窮みへ触れるには、達人の領域に届かねばならない。そのために挫けそうなときも己を鼓舞し続けてきた彼の努力は並大抵のものではなかった。
だが、どうだ。目の前にいるのは基礎学科という武術とは縁のない木漏れ日の下で眠るような温かい世界からやってきた同年代の娘ひとり。それが尋常ならざる強さを持っている。ボーグルが目指す境地に、彼より近い場所にいる。
戦ってみたい。そう思わない人間は武術学科にいないだろう。そう分かるほど彼女の体は僅かに鍛えられるのみであったのにも関わらず、魔力の練度ひとつで全てを補っている。否、まさしく発展途上にあるのだ。
「……いいだろう。組手であれば道場を使おう、あの部屋はそもそも魔力制限の結界が掛けられているから怪我をする心配もない」
すぐに引き返した。ここまで胸が躍る事があるだろうか、と。ただ才能を見出されて修業に明け暮れた日々も最初こそ苦痛だったが、徐々に好きになった。のめり込んだ。だから分かる。カラスとの対戦の機会はたった一度かもしれない。そう思うと、師範代の作った規律に従うのは愚かだと断じた。
戻ってきた二人に「なんだ夫婦喧嘩か?」と茶々をいれた相手に目もくれず「組手を行うから離れてくれ」と言って道場の中央を陣取った。一年とはいえボーグル以上の生徒は三年までを見てもおらず、管理を任された数人の三年も『あのボーグル・ウェイトの様子がいつもと違う』と分かった途端に誰も入って来れないよう鍵を掛けて二人の対決に水を差す者が現れるのを阻む。
「カラス、ひとつ聞いてもいいか」
向かい合い、戦う前に。彼女から感じる別の誰かの気配。────畏敬の念さえ抱かせる姿が朧気に映った。
「お前の武術の師匠は誰か、教えてくれないか」
「あ……。そりゃ言えねえよ、黙っててくれって言われてるからさ」
「フッ、そうか。ならばなんとなく想像もつく」
自分の名前をわざわざ隠す魔導武術の師匠などボーグルが知る限りでは、たった一人だけ。彼の前に現れたときもそうであったから。
「────ではボーグル・ウェイト、参る!」




