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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第27話「上の空」





「────と、いうわけで本日の講義から数日間、アルメル教授の代理として、このウィンスキーが皆様の講義を担当しますのでよろしくお願いいたします」


 ウィンスキー・エミルトン。もちろんアルメルと比べてしまったら、誰でもが劣って見えるが、彼もまた三年の講師を務める優秀な大魔導師の一人である。


 多くの者が大魔導師となって魔塔に所属するが、彼は『未来ある者たちのために働く者も必要』と唱え、魔導学院でも長年にわたって生徒たちを育ててきた。


 決してエミルトン家は裕福ではない。貴族とも縁がない。細々とした庶民の生まれながら、大魔導師となった。苦労を重ねてきた事もあってか、穏やかな性格と顔つきで生徒たちからの人気も高い。


 なにより講義が分かりやすい。難解なものもかみ砕いて説明してくれるので、彼が来ると真剣に話を聞く生徒が増えるのだから、当然リゼットからの評価も高く信頼も厚い。アルメルの代理には十分と言えた。


「ねえねえ、カラスちゃん。ちゃんと話聞いてる?」


「んあ?……あぁ、全然聞いてなかったかも」


 隣の席でオリーヴが心配そうにしていた。というのも、カラスがあまりにも上の空だったからだ。何を考えているかも分からない、突然に蝶を追いかけ始めても違和感に思わないくらい様子がおかしかった。


「なんかあったの?」


「いや……別に何もないけど」


 ただひたすらに頭の中を駆け巡るアレスとアルメルの戦い。脳内で何度も繰り返す。一歩目から始まって、最後に止められる瞬間を何度も。


(凄かったなあ。師匠もだけど、アレスさんの動き……。特に後で聞いたあの『四本貫手』ってヤツ、突く瞬間だけ魔力が指に集中してた。でも、それが頬を掠めた瞬間にはもう全身に魔力を巡らせて回避と防御を成立させてたもんな)


 魔塔階位第三位を名乗るだけあって、その動きはこれまでに見た武術学科の講師でさえも遥かに凌駕した腕だった。そして魔塔主になれる器であると耳に聞いたアルメルもまた、庭が違うはずの相手に差し迫っていた。どちらが強いかを夢想して、そのときの感覚が頭の中に蘇っていく。


 間違いなく接近戦の技術ではアレスが上手だ。魔導武神と呼ばれ、その道を窮めた者であるとよく分かる。ただ、カラスは気付いていない。自分が既に、その動きを目で捉えるまでに至っている事を。


「カラスさん? 聞こえていらっしゃいますか?」


 飴色の瞳が覗き込む。ハッとして頬杖を突くのをやめた。


「す、すみません。全然聞こえてなかっ……ませんでした」


「無理に敬語でなくても良いですよ、大丈夫」


 ウィンスキーが既に何度も声を掛けていたが、やはり上の空で、いつの間にか講義の時間は終わっていた。隣でオリーヴも苦笑いをしながら荷物を纏めて、帰る支度を済ませた。


「今日ずっとこんな調子なのよね。何があったのかは知らないけど」


「そんな事……あるか……。うん、あるかもな……」


 他の生徒たちがいなくなってから、ウィンスキーが小声で尋ねる。


「もしかしてアレス先生とアルメル先生の件ですか?」


 図星に小さく頷く。一部の講師の間では話を合わせるためにリゼットから話を共有されている。当然、カラスが理由だという事も。


「フフッ、ですよねぇ。僕も気になってたんですよ。ここだけの話なんですけど、聞いた講師一同が羨ましいと思ったくらいですから」


 見れるものではない。まずありえない。魔塔の魔導師が、腕を落とさないために稽古として魔法をぶつけ合う事は多い。しかし魔塔階位でも第五席までの魔導師は『別格』と呼ばれるほどに窮まった者たちだ。


 その頂点をリゼット・ヒルデブラントとして、その下にいる四名のうち第三席が魔導武神であるアレスだ。そこへ属さないだけで階位を与えられるなら主席だと言われるアルメル・シモンが、弟子を賭けて決闘したのを目の前で見ていたと聞けば誰でも羨んで当然の、歴史に残る一戦。だからウィンスキーも「大きな声では言えませんけど」としながら、自分も通りがかっていたのなら口を閉ざしてでも見ていただろうと言って、悪戯な微笑みを浮かべてみせた。


「さて、でも今日の講義は次のテスト範囲でもありますから、オリーヴさんに復習を手伝ってもらってくださいね。では、また明日」


 小さく手を振って帰ったウィンスキーを見送って、カラスはどすんと机に突っ伏して動かなくなった。勉強は嫌いではなかった。どちらかと言えば好きだが、目の前で起きた出来事の記憶がこびりついて離れず、集中力を失った。


「もう、しっかりしてよ。あんた筆記は凄く普通の成績なんだから」


「分かってるよ……。でも、なんかさあ……」


「あのね。覚える事覚えて、やる事やって、考え事はそれからよ!」


 バシバシと背中を叩かれながら、それもそうなのだがと思いつつもやる気が起きない。他にやってみたい事があったから。


「……あっ。そうだ、ボーグルがいた!」


「うぇっ!? な、なによいきなり!?」


「アイツ武術学科だろ! ちょっと頼みたい事ができたんだ!」


 バッと立ち上がって自分の荷物をカバンに詰め込んで走りだす。


「ありがとな、オリーヴ! なんか今度埋め合わせするよ!」


「えっ!? あっ、ちょっ……カラス……ちゃん?」


 烈風の如く走り去っていくのを、オリーヴはただ呆然とするしかなかった。

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