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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第26話「師匠対決」

 二人は時間を忘れて組手を重ねた。最初こそカラスの圧倒的不利な状況からアレスが徐々にペースを落として彼女に合わせたが、成長速度は目覚ましいものがあった。たった数回で追いつくので、またペースが戻るのだ。


────俺ちゃんは一体何を見てんだ、夢か? コイツと同じなんてほざいた馬鹿はどこのどいつだ。全然違うじゃねえか。


 恐ろしくて、楽しくて、嬉しくて、悔しかった。だからたまらない。それが魔導を窮めようとした者の決して止まらないという信念だ。


 何度打ち合っても、何度視線を交わしても。超えられる。薄汚れた世界から羽ばたいた一羽の鴉が、世界を見下ろす姿を想像した。想像できた。


「お前、よく俺ちゃんについて来れるぜ。加減してるとはいえ、ここまでやれたのはお前が初めてだ! なんつう奴だよ、すげえじゃねえか!」


 本気を出したい。そう思わせてしまうほど彼女は強い。たったひと目を見ただけで動きを読み、次の動作を知り、細かな魔力の流れを掌握した。目の前で行われる神がかり的ともいえる魔導武神の技術をかみ砕き、呑み込み、糧としてみせる。付け焼刃と言えばそれまでだが、たかが十六年の人生を過ごすだけの少女が成すには、あまりにも現実離れした動き。────だから組手と言えど負けたくなかった。ほんの一歩でも前を歩かせたくなかった。


 鋭い蹴りがカラスの頭部に狙いを澄ませる。つい殺気を込めてしまった。ただの組手のはずが、本気で倒すための蹴りになったと気付いて勢いを殺そうとするが間に合わない。カラスもまだ対応できるほどではなく、このままでは殺してしまうと思った瞬間────。


「まったく何をやっているのです?」


 素手で彼の本気の蹴りを受け止めてみせた者がいる。割って入り、呆れた息を吐きながら双方に視線を軽く送って。


「私の講義に顔を出さないと思ったら、こんなところで遊んでいたとは思いませんでしたよ。いつまで遊んでるんですか。時間を考えなさい」


 既に日は落ち始め、夕日がゆっくり沈んで薄暗くなり始めた頃。講義に顔を出さないので心配して待っていたが、やはり姿が見えないので探していたのをようやく見つけたアルメルが、内心に怒りを小さく燃やした。


「私の弟子を勝手に連れ回さないでください、アレス」


「俺ちゃんの弟子にしたくなっちまってよ」


「そんなものを認めた覚えはありませんが?」


「お前を超える才能の持ち主だ。興味持っても仕方ねえだろ」


 既に魔塔の階位クラスの実力と言い換えても良いとアレスが褒めると、カラスよりも先にアルメルの方が照れた様子で頭を掻いて「私の弟子ですもの」と自慢げに返した。誰にも譲りたくない、譲れない大切な弟子なのだ。


「……こほん。でも駄目です、私のカラスですので」


「お堅い奴。そういうとこリゼットのババアにそっくりだ!」


「あなただって自分勝手なところが学院長にそっくりです!」


 今にも喧嘩が始まろうかといった雰囲気にカラスが慌てて仲裁に入るべきかと二人を交互に見て「お、落ち着こうよ」と宥めたが、一触即発の雰囲気は収まりそうになかった。


「こうなりゃ決着つけるしかねえな、アルメル」


「望むところです。私の弟子は誰にも譲りません」


 頑なになるのは、アルメルが自分に『どんな魔法でも教えられる』という自負があるからだ。たとえそれがアレス相手であっても、彼の持つ技術を解析し構築しなおすくらいは頭の中に描いている。


 一方、肉体の強化魔法に関して特化したアレスは自分以外に接近戦を窮めさせられるわけがないと確信がある。アルメルといえども不可能だ、と。


「こうなりゃ決闘だ。テメーには前々から一発ぶち込みたかったのよ」


「私の台詞です。自由にも限度がある事を教えて差し上げましょう」


「勝った方がカラスに自分の技術を伝授する。それでいいよな?」


「もちろん。まあ、私が負けるはずなどありませんが」


 なぜ当事者そっちのけで師匠同士が争うのかと疑問が収まらないカラスであったが、二人の対決が見られるかもというワクワクに負けて、そろりと離れた。


 どちらも大魔導師としては破格。まず見る機会すらもないのだから、気になって当然。見たくなって当然なのだ。


「では決闘の見届けはカラスに行って頂きましょう」


「そりゃいい。俺ちゃんの強さってヤツを見せる良い機会だぜ」


 双方距離を取り、足下に手を触れる。二枚の巨大な魔法陣が重なり、魔力が訓練場全体へ行き渡った。床、壁、天井の全てを覆う結界。建物に被害を出さないための、双方合意での決闘における最初の手順。


「……なんだァ、ナメてんのか?」


 いざ戦おうと構えると、アルメルが自分と同じ構えを取った事にアレスが面白がった。本気を出せばいいのに、わざわざ相手の舞台に乗っての勝負。どちらが上かを決めるために、あくまで徹底した心の砕き方を選ぶ。悪意などなく純粋で、それこそ最も許さない行いをアルメル・シモンは無意識に選択する。


「こりゃ無様なところは見せられねえな!」


「それは私も同じ事。いざ尋常に────!」


 真正面からの正々堂々の近接格闘によるぶつかり合い。拳が重なり、蹴りが響き、互いに互いの次の動作を見抜いての行動の取捨選択は、ただの一度の失敗も許されない苛烈な戦い。


 空気の流れ。呼吸の乱れ。アレスの四本貫手がアルメルの頬を掠める。瞬きはない。一歩前へ出て腕を叩き落し、そのまま顔へ触れたが感触が呆気ない、空を殴ったような僅かな気配。互いに再び距離を開く。


 踏み込んだ衝撃ひとつとっても、その勢いは結界の外側までビリビリと響いてくるのをカラスも肌で感じた。もし結界が無ければとっくに訓練場は────否、本校舎そのものが崩壊していても不思議ではない。


「やるじゃねえか、まだまだこっからだけどな!」


 視線がアルメルからカラスへ動く。それはアルメルも同じだ。二人の思惑はひとつだけ一致した。ただ争うだけでなく、見せたかった(・・・・・・)


 魔力の流れ。瞬時に行われる攻めと守りの徹底した戦い。あらゆる肉体の研ぎ澄まされた感覚が導く答えの全てをカラスに伝えようとする。


「実に見事な決闘だが、そこまでにしてもらおう」


 再開されようとした戦いが、一瞬で砕け散った結界を目の当たりにして二人の動きがぴたりと止まった。互いの拳がぶつかり合う直前だった。


「当然、それなりのペルナティは受けてもらおうか?」


 愉しそうに微笑むリゼットの気配から滲む怒りが、はっきり全員の目に映った。

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