第25話「天賦の才」
本校舎内にある訓練場は試験会場と同じ場所だ。何もない体育館の機能性をそのまま本校舎の中に備えているだけで──もちろん強度は並のモノではないが──殺風景だ。魔法の訓練を行うのに都合の良さはあった。
軽い準備運動で体を伸ばして、中央までカラスを連れていったら魔導書片手に肩をとんとん叩き、彼女の頭のてっぺんからつま先までジッと見つめた。
「俺ちゃんは強い。そしてなにより見る目がある。……多分、お前の師匠ほどじゃないが、これでも魔導武術って奴を窮めてるからな」
「それは分かるけど、良いものって何?」
カラスが尋ねた瞬間、アレスの指が彼女の額に触れるか触れないかの距離まで突きだされた。反応は間に合わない。突風が吹いたくらいの勢いで、目で捉える事が出来たときには抵抗を許さない距離だった。
「……お前、今のが見えてたな?」
一度ならず二度までも。本能的に動きを捉えたカラスの体内にある魔力の流れが異質であるのを察するに三度目は必要ない。だが、その瞳に映った恐怖心をもアレスは簡単に見抜き、すっと手を引く。
「悪い、俺ちゃんは脅かすつもりはなかったんだけど」
「あ……。ううん、別にいいんだよ。オレもちょっとびっくりしただけで」
「嘘つくな。お前殴られるのに慣れてるだろ」
叱るように言われて、カラスはビクつく。
「……なあ、カラス。武術学科では大した事は教えねえ。体内で魔力を練る『練功』ってのを教えて、肉体強化を窮めていく。その最もたる基礎が全身を練った魔力によって強化しながら戦う事にある。その得意は全員が違う」
指の関節を軽くバキッと鳴らしながら彼は言った。
「壊す事に特化した拳や蹴り。耐える事に特化したあらゆる部位の硬化。優れた洞察力を得るための眼球の強化。やれる事は様々だが、無意識にできる技術じゃない。何年も訓練を重ねて初めて高水準に至れる」
魔導武神と言われる地位に昇りつめるまでも、才能があったとはいえ十年を要した。アレス・サリバンでさえ時間が必要だった。
彼独自の技法として『瞬間強化』がある。魔導武術において最もたる課題は、その身体強化に消耗する魔力が非常に大きく、維持にかかるコストも高い。あっさり魔力切れを起こすので短期決戦を求められるため、長期的な戦いには向いていない。彼の技法は、それを覆す技だ。
強化したい部位を相手の動きに合わせて一瞬だけ強化する。打たれれば硬化を、打つ時は破壊力を高めて。相手の動きをいなすのであれば瞬間だけ眼球に。だが基礎となる練功は魔力を操り、特定の部位、あるいは全身への流れを窮める必要がある。瞬発的に行えるのは未だアレス・サリバンただひとりであった。
ただし、カラス・ウォリックは例外中の例外だった。彼女は無意識に行った。にも関わらずそれは戦いへの意識ではなく恐怖から来た反応。
────ありえない。ただ、そう思った。どれだけ殴られれば、どれだけ苦しめば、どれだけ耐えれば、どれだけ涙を流せば、無意識にまで至ったのか。
「お前、俺ちゃんの弟子にならねえか」
「……え? いやいや、オレにはもうアルメルさんって師匠が……」
「師匠は何人いてもいい、弟子だってそうさ」
フードを脱ぎ、素顔を見せてニカッと笑う。
「オレちゃんはお前の中に天賦の才を見た。────武術も窮めろ。お前にはそれが出来るだけの能力がある。アルメルをも超える能力をだ」
信じられないと言った表情で目を丸くして自分を指差すカラスに、彼はうん、とひとつ頷いて手を差し出す。
以前ほどの抵抗はない。差し出された手を握り返して────。
「本当に強くなれるんだな?」
「当たり前だ、誰にモノ言ってやがる」
回し蹴りが緩く打たれる。それでも常人には追えない動きを、今度は正確に捉えて躱す。アレスが見たのは彼女が洞察の眼を持ち、即座に魔力が眼球から脚部、そして動きに耐えうる程度の全身への満遍ない流れ。
意識すらせず、そのうえ『練功』の過程をすっ飛ばした動きだった。
「……ハハッ。こりゃ驚いた。多少遅くしたとはいえ、こんなにもあっさり追いつくか。お前の才能には度肝を抜かれちまうぜ、俺ちゃんでも」
「い、いきなり何すんだよ!? 死ぬかと思っただろ!」
分かる。理解できる。カラスがもし恐怖心を克服したら、どれほどの成長を見せるのか。自分を超える逸材。魔導武神などと呼ばれるようになり、自分は天才だと信じた。信じ続けた。今でもそうだ。
────だが、目の前にある大きな才能を前にして悔しさと喜びが込み上げてくる。これが本物か。あの『叡智の大賢者』とまで呼ばれたリゼットが運命について問いを投げてくるほどの逸材なのか、と。
「どうだ、俺ちゃんが怖かったか?」
問われてカラスは首を横に振った。怖くなかった。ただ、目の前にいる男からひたすらの善意と期待を感じられたから。
「ちっとも。なんならこのまま組手でも出来る気がするよ」
「言ったな? じゃあ少し付き合ってもらうとしようじゃねえか!」




