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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第24話「相応しいと思う者に」

 リゼットの魔導書を預かるのは分不相応な気がした。それと同時に、胸の中に奇妙な感覚が湧く。ある種の予感。これはきっと誰かに渡す事になる。


「どうして俺ちゃんなんだよ。アルメルにでも渡せばいいのに」


「もう渡してあるよ。お前たちは何がそんなに不満なんだ?」


「そりゃあ……。奪い合えって言われてるみたいで気に入らねえ」


 口先を尖らせる姿に、リゼットがクッと小さく笑った。


「私は奪い合えなんて言ってないさ。ただ、お前たちが相応しいと思うのなら持っていればいい。そうでなければ誰かに渡せ。その三冊は自然と持ち主を選ぶんだよ。お前たちも例外なく、その魔導書に従わされるだけの話だ」


 魔導師たちは変わらず学院の敷地内でも修練を欠かさない。あちこちで魔力を感じながら「運命って信じるか?」とアレスに尋ねた。


 いつか必ず辿り着く未来。それこそが運命。たとえその過程は予測できなかったとしても、その全てがひとつの終着点を目指して収束していく。信じたくはなくとも信じるしかない結果論を突き付けるための機構だ。


「俺ちゃんはあんまり分からねーよ。そういう難しい話はアルメルにでもしてやりな。あいつなら喜んで聞くだろ」


「かもな。……野暮な事を聞いてしまったか」


 懐から取り出した懐中時計を開く。


「そろそろアンジーと会食の時間だ。私はこれで失礼する」


 フッ、と姿が消えた。最初からそこにいなかったように。


「相変わらず転移魔法がお上手で……俺ちゃんに出来ねえ事を平気でやってのけるところが気に入らねーよ。後何百年ありゃあ、あんたに追いつけんだか」


 音も立てず、魔法を使う気配すら感じさせない。魔法は極めれば魔法陣さえ必要としなくなるが、リゼットのそれは他と一線を画す。


「流石は大賢者様ってか? アルメルの師匠なだけはあるぜ」


 魔導書を開いてみる。あまりにも難解ですぐに閉じた。


「駄目だ、基礎学の才能はねえな。こりゃそもそもからして俺ちゃんが持ってても宝の持ち腐れになっちまう奴だ……。学ぼうって気すら起きねぇ」


 強化魔法でも肉体に関する技術は体内での魔力のコントロールに重きを置くため、通常の魔法や武器の強化魔法とは些か異なった手法を用いる。リゼットが創りあげたあらゆる魔法の基礎や応用・属性の運用など事細かに記された魔導書の中身など見る気すら起きなかった。


 さて、そろそろ帰ろうかと言うときに学院長室の扉が開く。


「リゼットさん、ちょっといいか?」


 カラスが戻って来た。聞きたい事があったが、部屋にいないと分かって残念そうにする。まるで飼い主がいない仔犬のようだとアレスが可笑しがった。


「また今度にしときな。多分、今日は戻らんぜ」


「あれ? えーっと……ボーグルの師匠!」


「てめえ俺ちゃんの名前忘れやがったな!?」


「なっはっは、ごめんごめん。えっと、なんだっけ」


「アレスだよ。ア・レ・ス! 魔導武神のアレス様だ!」


「そうだったね。オレはカラスだよ」


「ちくしょう、何なんだよ。お前といると調子が狂っちまう」


 心底気に入らないが嫌いではない。ただカラスの掴みどころのない態度に、自分よりも自由な雰囲気がなんとなく腹立たしい。


「……はあ。いよいよ俺ちゃん以上にめんどくせえのが出て来たな」


「あんた自分がめんどくさい奴って自覚あるんだ……」


「魔塔所属の奴ァ、皆そうなんだよ。俺ちゃんも昔は嫌われてた」


 時代にそぐわない。武術など極めてなんとなるのか。もっと他に拓ける道がお前にはあった。そう言ってくる者たちの、なんと多かった事か。


 おかげで窮めてやるという気持ちが燃え盛り、今や第三席。魔導武神と呼ばれる強さを誇り、体内の魔力を呼吸ひとつで練り上げて、猛獣の爪さえ通さぬ頑強な肉体へ強化するなど、その技術は魔塔内でも高い評価を受けた。主に実験失敗による事故での大怪我を防いだりと、用途は彼の思い描くものとは少し違ったが。


「ふ~ん。あんたみたいな凄い人でも嫌われるんだ」


「凄くなったら嫌う余地もなくなるだけの話だよ」


 自慢げに腕を組んでフッと鼻を鳴らす。


「付け入る隙もねえほど俺ちゃんは凄くなったが、誰だって窮めるまでは評価してくれねえ。出来るわけねえとかなんだとか言って夢見てるんだと馬鹿にする。俺ちゃんが歩く道に唾を吐きやがった連中は大勢いたさ」


 苦い経験だ。ひとつ編み出したくらいでは、ふたつ歩いたくらいでは、誰も認めてくれはしない。たとえ自分以外に出来なかったとしても『お前のそれは自分のためでしかない』と罵って、嘲って、彼に泥を塗りたくった。


 しかし止まらなかった。いつか見返してやるから待ってろと吠えて、見事その通りになった。周囲は今や彼を凄い奴だと認めてくれたが、痛ましい記憶は彼の中から消え去る事は永遠にない。今でもまだ傷跡は残っている。


「お前もそうなれよ。基礎学でも武術でも騎士でもいい。それ以外だって構いやしない。目指したもんのために高みを目指せ」


「……おう! オレもいつかあんたみたいな凄い魔導師になるよ!」


 自分を魔導師と言っていいのかとは思いつつも、少し照れくさくなった。


「おっ、それじゃあお前、これから時間あるか?」


「え~? これから午後の講義だけど……」


「どうせアルメルが講師だろ。じゃあサボっちまえ」


「オレの師匠なんだけど」


「知るか。俺ちゃんと一緒にいたって言えばいい」


 魔導書で彼女の頭をこつんと叩く。


「良いもん見せてやるよ。訓練場へ行こうぜ」

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