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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第23話「魔塔主」

 腹立たしさを覚えつつも、魔導書が手に入るのなら大した損はない。世継ぎの事は後になって考えても遅くはないはずだと諦めて、机にあった魔導書を奪い取るように手にして、チッと大きめの舌打ちをする。


「……いいだろう。日を改めて誓約書を送っておく」


「助かるよ、私も忙しくてね」


 彼女が微笑むと同時に、倒れていた魔導師たちが目を覚ます。カサドは「帰るぞ」のひと言で済ませて先に部屋を出て行く。


 慌てて後を追う魔導師たちを見て、オーレリアが「これで良かったんでしょうか」と尋ねると、リゼットは心からどうでもよさそうに答えた。


「別にいいんじゃないの。あの魔導書、全部で三冊揃わないと意味ないし」


「はい? 三冊って……じゃあ、アレはつまり断片的なものだと」


「そんなところだ。ま、ひと目見て分かるわけじゃないから安心したまえ」


 やっとひとつの山場を越えたと安心して椅子にもたれかかる。同時に、学院長室をちらっと覗きにやってきた小鳥のような黒髪の娘が顔を出した。


「おーっす。呼ばれたから来たけど……なんかあった?」


「ああ、今しがた馬鹿を説得し終えたところだ」


 フッと笑ってカラスの不思議そうに首を傾げるのを眺める。


「お前が望む通りにしてやった。オーレリアは数日中にフラガラッハ家ではなくなり、本来の姓であるオーレリア・フランベルジュを名乗る事になる。────新たな人生の第一歩を進めるんだよ」


 ようやく、その言葉で理解する。さっきの集団が誰だったのかも、リゼットがオーレリアを自由にしてくれた事も。


「本当か! 本当に、本当なんだな!?」


「しつこいぞ。本人にも立ち会ってもらった」


 視線の流れて来たオーレリアも微笑んだ。


「事実だよ、カラス。私はこれから自由なんだ」


「うおおお! リゼット学院長最高!」


 回り込んでリゼットに抱き着く。彼女は慌てて煙草を揉み消す。


「……ったく、今回だけだぞ。こっちもあらゆる人脈使ってフラガラッハ家を黙らせてやったが、何度も出来るような手じゃないんだ」


 大切な魔導書ひとつ失うのに躊躇は無かったが、そこまでしてやっとカサドを納得させる事ができた。フラガラッハ家のように権力に執着する人間が、眼力を持つオーレリアを手放す程に彼女の魔導書は高い価値を持つのだ。


「でもよォ。そんならオレだってその場に呼んでくれれば良かったのに」


「お前はすぐに喧嘩売るから駄目だ」


 ギクッとして、カラスはそろりと離れた。


「いやあ、何の事だろうなあ……。オレよく分かんないや」


「とぼけるなよ、アレスから聞いてる」


 隣でオーレリアもくすくす笑ったが「お前のせいでもあるんだが」とリゼットに釘を刺されて、ビシッと姿勢を正す。


「やれやれ、困った奴らだ。話があるから前に並べ」


 机を挟んでようやく話がしやすくなったとリゼットは満足げに手を組んで肘を突く。二人の明るい表情は、煙草よりも気分が良い。


「では今から話す事をよく聞け」


 ひと呼吸置いて、二人が真剣な顔になってから────。


「この魔導学院には才能のある者たちばかりが集う。その中でも、お前たちは先頭に立っていると認めよう。しかし、ひと晩で大魔導師になれるほど世の中は甘くない。実績を挙げるだけでも、魔導師としての腕を磨くだけでも、頂には届かない。お前たちが真に大魔導師となるのに最も必要なのは────信念を貫く事。誰の言葉にも耳を貸さないという意味ではない。誰に嗤われようと揺るがぬ精神を持つ事を指す。お前たちもかくあるべしだと努々忘れるな」


 二人の見習いの背中を押し、勇気と希望を抱かせる。魔導学院の学院長としては十分な仕事ぶりだろうか、と振り返りながら「ではもう行け。午後の講義に遅れる」と彼女たちに手をひらひら振って追い払う。


 去り際にカラスが「ありがとな!」と手をあげ、オーレリアも扉の前に立って深く一礼をして「ありがとうございました、学院長」と丁寧に挨拶をしてから行った。普段は面倒な事ばかりだが中々に悪くない、と新しい煙草を指に挟む。


 だが、突然後ろからひょいっ、と取り上げられた。


「……。おい、私の楽しみを奪うな」


「わりィ、俺ちゃんは煙草苦手だからよ」


「だったら出て行け。仕事は済んだろ」


 アレスは煙草を指で弄びながら、まったく聞く耳を持たない。


「いいじゃん、ちょっとくらい。にしても、あいつらって純粋だねえ。あんたが誰かなんて全然気にしてないみたいだ。将来が楽しみだよ」


「知らなくていい事だ。あいつらの未来に私は何の関係もない」


 それもそうだとアレスはけらけら笑った。


「でも知ったときにゃあ、それはもうビックリすると思うぜ。世間はアルメル・シモンが歴史を塗り替える程の大魔導師だと信じて疑わねえんだから」


「事実だろ、あれもまだお前と同じで若い。まだまだ伸びる逸材さ」


 席を立って窓辺に寄り、魔導学院の景色を眺めた。


「さて。誰が私の魔導書を持つのに相応しいか、楽しみになってきたな」


「あんたのお眼鏡に適う奴なんて生きてるうちに現れるのかよ?」


「お前も候補だぞ、アレス。自分の実力を過小評価するんじゃない」


 手の中に魔導書が現れる。二冊目だ。


「これはお前に預けてやる。もし自分が相応しくないと思ったときには、お前が相応しいと思う誰かに渡せ。────魔導武神アレス、期待してるぞ」


 気は乗らなかったが、ひとまず受け取って背表紙で肩を叩く。


「へいへい、了解。……魔塔主様(・・・・)の仰せのままに」

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