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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第22話「取引」




 しばらくが経って魔導学院はいつもより慌ただしい雰囲気が漂った。というのも、門を潜った魔導師の一団が──およそ十数名──本校舎目指して堂々歩いたからだ。その先頭を行く壮年の男の周りに並ぶ者たちも、大勢が知るフラガラッハ一門である事は誰が見ても明らかだった。


 彼らの目的はリゼット学院長と直接話をする事で、穏やかに茶会に興じるつもりもない事は気配だけで十分に察せる。貴族でありながら魔導騎士の一門ともあっては学院内でわざわざ声を掛けようとする者はいない。


 そうして邪魔が入る事もなく、本校舎の学院長室の扉を開けて、まるで犯罪者の自宅にでも突入する勢いをもってやってきた彼らを迎えるのがリゼットの今日の最も面倒な仕事だった。今に帰りたいと言い出したくなる剣呑な雰囲気の中を彼女はいつものように煙草を吸いながら待っていた。


「やあやあ、久しぶりだな諸君。随分と怖い顔をしているじゃないか」


 リゼットの一歩後ろにはオーレリアが立っている。今にも怒鳴られるのではないかとビクビク怯える姿は、普段の氷の彫刻のような雰囲気を持つ彼女とは正反対だ。それほど背負わされたものが大きかった。


「……こっちへ来なさい、オーレリア。家に帰って話をしよう」


「カサドお父様、私は────」


「黙ってこっちへ来い。お前がすべき事は分かっているだろう」


 遮られて彼女の体は小さくビクッと跳ねた。


「下らんな、カサド・フラガラッハ。魔塔階位でも十三番目となると偉そうなものだ。もう少しまともな人間だと思っていたが」


「階位を持っていない奴に話しかけられる筋合いはないぞ、リゼット」


 言葉の応酬に沈黙が過ぎた。リゼットがふうっと煙を吐く。


「持たないんじゃなくて捨てたんだよ。名誉ある勲章のように権力を振りかざす道具に使うのは気が引けてね。おっと、その名誉も魔塔の階位だけで、魔導騎士としてはホロウバルト公爵家に毟り取られたんだったか?」


 カサドの鋭い視線がリゼットを強く睨む。片腕を挙げれば背後の魔導師たちがぞろぞろとオーレリアを連れて行こうとする。


「これは我々の問題だ、口を出さないでいただこう」


「もちろん、血の繋がっていない娘を金で焚きつけてる事なんて私にはこれっぽっちも興味なんかないさ。だが生徒の安全を守るのは私の役目でね」


 連れて行こうとした十数名の魔導師が、突然気を失って次々に倒れる。部屋の中に充満した煙が、ふわりとシーリングファンに吸い上げられた。


「チッ、役立たず共め。この程度の魔法に抵抗も出来んのか」


「おいおい、自分の部下だろ。あまりそう言ってやるなよ」


 煙草を灰皿に捩じってクスクス笑った。


「それより交渉でもしよう。オーレリア・フラガラッハを手放す気はないか」


「……貴様。言葉は選んだ方が良いぞ、自分が何をしているのか────」


「将来の有望な生徒の人生と退屈な私の人生など天秤に掛けるまでもないが」


 机の上にあった書類の山や吸い殻の積まれた灰皿が消えた。その代わり、分厚い黒の魔導書が一冊だけ広げられた状態で置かれている。


 階位を持つ大魔導師であるカサドでさえ、いつどうやって、と目を剥いて驚く。


「私の魔導書だ、くれてやる。その代わりオーレリアを寄越せ」


 その言葉に初めてカサドが動揺を見せる。


「本気で言っているのか? 貴様の魔導書は……!」


「世界最高峰の魔導書だ。難解だが数百年もあれば極められる」


「そうまでしてオーレリアを欲しがる理由はなんだ」


「別に? さっきも言ったが、生徒は守ってやりたくてね」


 ぱたんと本を閉じて差し出す。一瞬の躊躇いもなかった。


「どこぞの小娘に感化されたとでも言おうか。誰かを犠牲にするのは、元々私もナンセンスだと思っていたから、丁度いい。────それで、どうするね?」


 選択を迫られたカサドが頭を悩まされるのも無理はない。オーレリアは彼が見つけて来た、貴重な原石だ。今後のフラガラッハ家存続を考えれば彼女に世継ぎを産ませるために血統の者をあてがうべきだろう。しかし、魔導書は捨てがたい。老化を止める魔法を編み出した大魔導師リゼットの魔導書なのだ。フラガラッハ家という体裁か、あるいは己が高みへ至る機会か。


 狡猾にも彼は、その両者を手に入れようとした。オーレリアを手放さず魔導書を手に入れる手段なら問題ない。自身の支持派を利用して彼女の家族を手に入れてしまえば良い。自ら再び戻って来るよう仕向けるだけでいい。


「洗脳魔法はやめておいたほうがいいぞ、あまりにリスキーだ」


「……! 貴様が何を言っているのか、私にはさっぱり分からん」


「大魔導師の癖に愚かだな。こちらが想定していないとでも」


 軽く指を鳴らす。カサドの前にくしゃくしゃの紙が転がった。


 拾いあげたそれには差出人の名前として『アレス・サリバン』と書かれている。思わず手紙を握り潰し、リゼットへ怒りを向けた。


 彼女はそれが可笑しくて、新しい煙草をくわえて火を点ける。


「護衛としてナタリアとアレスには仕事をしてもらった。今頃、お前の監視役に置いた連中は気を失ったか、あるいは死んだか」


「サンジェルマンどころか魔導武神までも、どうやって……!」


 魔塔ではアレスがあまりに雲のように自由過ぎて制御が出来ず、誰にも与しない事で有名だ。肉体の強化魔法において彼の隣に立てる者はアルメル・シモンだけでないかと言われる才能の持ち主。


 そんな魔導武術の頂点に立つ男が、たったひとりの人間のために協力している事が信じられない。敵に回すべきでない相手が、また増えた。


「私もこれ以上の譲歩はできん。オーレリア・フラガラッハを手放せ。体裁など気にしなくていい、フラガラッハ家の規律を乱した者が追放された例が過去にあるだろ。彼女も同様の扱いにしておけ」


 ふーっ、と勢いよく煙を吐き、背筋が凍るような殺気を放った。


「分かったら魔導書を持って失せろ。二度と魔導学院に入って来るなよ」

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