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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第21話「信念を貫ける奴だけが」

 男は言ってから、周囲の息を呑んだ様子にハッとして離れた。


「いやいや、違うんだよ。ちょっとした余興みたいなもんでさ? 俺も別に怖がらせるつもりはなくってェ……。どうしたらいいんだ、この空気」


 ちらっとカラスを見る。彼女はまったく取り合う気はない。


「ひえ~、助けてやったのに!」


「助けてくれなんて頼んでねえもん」


「それはそう」


 腕を組んでウン、とひとつ頷いて真顔で言った。


「そういう事もあるよね。俺ちゃん、ちょっと馬鹿だから」


「結構な馬鹿にしか見えないんだけど」


「頭は悪い。認めるよ、お前より腕は立つけどね」


 仕方ないなと彼はフードを脱ぐ。腰まである長い漆黒の髪を両手で梳いてローブの中から引きずり出す。「あー、窮屈だった」とからから笑いながら────。


「皆様、ご安心下さい。これでも魔塔階位第三席の人間です。ちょっと目の前で生徒同士が揉めていたのを仲裁にはいるつもりだったんですよ」


 そういって首から提げていた菱形の魔石が輝く。周囲の意識が、ほんの数秒奪われた。彼はそのまま、横で何が起こったのかと驚いているカラスを抱きかかえて飛び跳ね、瞬時にその場を離れた。


 ハウスタウン地区の路地裏にやってきて、ホッと彼は胸をなでおろす。


「あぶね~。持って来てて良かったぜ、リゼット特製の魔石」


「……あ、あんた何者なんだよ……!?」


 驚く他ない。カラスは一瞬だけ抵抗しようとしたが、まったく動きが間に合わないどころか、今度は目で捉える事すら敵わないまま抱えられて、気付けば自分の寮のすぐ傍に連れて来られたのだから。


「おう、これは意識を奪う魔石でね。俺の魔力次第でそこそこの時間の記憶を混濁させる。つっても抵抗力のある奴には通用しないらしいけど」


「そんな事聞いてんじゃねえよ。オレはあんたが誰かって────」


 バッと口を押えられ、彼は口もとで「しーっ」と指を立てる。あまり目立ちたくないようだった。


「さっきも言ったけど、俺は魔塔階位第三席。名前はアレス。わけあって学院内をウロチョロしてるが悪い人間じゃない。魔導武神とも呼ばれてる」


「魔導武神……あっ、そんならあんたまさかボーグルの師匠?」


 ちっちっ、と彼は自信たっぷりに指を振った。


「俺ちゃんは全ての武術を極めようとする奴らのお師匠様。誰かの特定じゃない。まあ、ボーグルの奴に期待してんのは確かだけどね」


 フードを被り直して素顔を隠し、周囲をきょろきょろ見渡す。


「今はちょっとしたお仕事中。どこの誰かってのは内緒で頼むわ」


「……分かった。ありがとな、オレの事庇ってくれて」


 あの場の空気に流されていれば、そのまま殴り合いになっていてもおかしくなかった。アレスがどうして割って入ったのか、なんとなく理由は分かっていた。


 その気持ちを理解しながら、彼は指を振って────。


「可愛い子ちゃんの怒った顔なんて誰も見たくねえってもんさ」


「何キモチワルイ事言ってんの、おじさん……」


「何だとォ!? 俺ちゃんはカッコイイだろうが! あとお兄さんだ!」


 ビシッと親指で自分を指して、彼は半ばキレ気味に返す。


「いいか、俺ちゃんは今年で二十七歳なの! 魔塔じゃ異例の年齢で第三席に昇りつめた大天才! 分かる!? つまり俺ちゃんはお前と一緒!」


 ぜえぜえと早口に息を切らして、ほどなく姿勢を正して呆れた。


「まったく……。あのアルメル・シモンが弟子を取ったなんて聞いたから興味に惹かれて声掛けちまったけど、なるほど納得だぜ。あの場で俺ちゃんの動きについて来れないまでも、目で追えた魔導師見習いなんて初めてだ」


 まだカラスを観察してみたかったが、予定を先に済ませておかなければとアレスはまた彼女の頭に優しくぽんと手を触れさせた。


「いいか、カラスちゃん。世の中ってのは都合のいい嘘を作った奴が正義の旗を振りかざす事がままある。だが、そんなもんに惑わされるなよ。アルメル・シモンが公爵に忠誠を誓うように、リゼット・ヒルデブラントが魔塔階位を捨てても魔導学院の学院長としての任を受けたように。自分(テメー)の信念を貫ける奴だけが大魔導師として大成する。背中を指差されたくらい気にすんな」


 ふわっと風が舞ったときには、もう彼の姿はなかった。


「……なんだこれ?」


 いつの間にか手に握らされていたくしゃくしゃの紙。宛先は『リゼット・ヒルデブラント』と書いてあり、何も言わなかったが届けるよう頼まれたのだと察して、カラスは面倒くさそうにため息をつく。


「こんなもん渡すなら何もハウスタウンじゃなくても良かったのに」


 なぜわざわざ本校舎から遠い場所を選んだのだと、内心で少し不満げにしながら路地裏を抜ける。いつもより時間が緩やかに流れていく感覚が奇妙で、日が暮れ始める頃に出歩くのは久しぶりかも、と軽やかな足取りになった。


「あっ、そうだ。帰りにケーキ買って帰ろ。オリーヴも喜ぶだろうなぁ」


 いつも奢ってもらうばかりなので、今日くらいは恩返しがしたい。先ほどまでの苛立ちはどこかへ消え、今は気分が良かった。誰かが指差して笑う一方で、その背中を守ってくれる誰かがいると分かったから。

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