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第2話「よく頑張った」

 男は彼女見て、納得したように顎をさすった。


「カラスか。確かに今の君は似ているな」


「もしかして馬鹿にしてるのか」


「ハハ、そうじゃないさ。悪い事を言ったかな」


 差し伸べられた手。とても高価そうな手袋が汚れてしまいそうだと、一瞬掴みかけて拒んだ。後で何を要求されるか分からないと不安がった。


「気にしなくていい。こんなものはいくらでも替えが利く。だが君はそのままでは死んでしまいかねない。さあ、ほら。行こう」


 恐る恐る手を取って立ち上がり、促されるまま門の近くに停めてあった馬車まで案内されて乗り込む事になる。美しい装飾。豪華が過ぎると思った。


 護衛騎士の男が扉を開けてニッコリ微笑む。


「お嬢さん、どうぞ。きっと座り心地がいいよ」


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 支えられながら乗り込み、汚れた服で座るのは気が進まなかったが、じっと見られているのも嫌だったので仕方なく腰を下ろす。


 扉が閉まってから、僅かに聞こえてくる会話に耳を立てた。


『公爵様。管理人の男から話を聞きましたが、どうやら暴行を受けていたのは今の少女だけのようです。酒に酔って度々暴力を振るっていたと話していますが、目の泳ぎ方から見て、何か隠しているものかと……』


『この国で虐待は重罪だ。捕らえて洗いざらい吐かせろ』


 公爵と呼ばれた男が、とても不愉快そうに眉間にしわを寄せた。


『貧民街に逃げ込んだ魔導師はどうされますか?』


『ロックスに任せて私たちは引き返す。あの子の怪我の手当てが先だ』


『承知いたしました。ではすぐに出発しましょう』


 話を終えると公爵は馬車の扉を開けて入って来る。カラスと名乗った少女の汚れなど全く気にもせず、対面に座って足を組んで、優しく微笑んだ。


「随分と酷い目にあったようだな。痛むだろうが、少し我慢できるか」


 カラスが小さく頷く。男はホッとした表情を浮かべた。


「どうしてオレを助けたの」


 少女が少し掠れた声で尋ねた。散々叫んで喉が痛みを訴える。


「……君は女の子ではないのかね?」


 とても少女の一人称とは思えず、答えるより先に問い返す。カラスは首を横に振ってから「誰にもナメられちゃいけないって言われたから」と、組んだ手をぎゅっと握り締めて思い出す。


「フム。それは誰に?」


「あの孤児院にいた奴。友達だった」


 たった一人だけ彼女の味方をする男の子がいた。年長で物を言わない。表立っては庇えなかったが、管理人の目を盗んでは自分の食事を隠して持ってきた。おかげで腹ペコな日があっても耐える事ができた。


『いいか。お前の事はよく知らないけど、強く生きろ。なよなよした感じじゃ駄目だ。自分の事はオレって言え。強い態度を何があっても崩すなよ』


 理由は分からなかった。あまりに不憫に思えたのか、それともただそういう行為が嫌いで仕方がなかったのか。どちらにせよ命を繋いでくれた事は間違いない。だから脱出してやろうという気も起きた。


「他に味方をしてくれた子はいなかったのだね」


「ああ、そいつだけ。オレが私生児だから」


 男がぴくっとして驚いた。


「私生児……。そうか、だから虐待を受けていたのか」


 忌み子。悪魔の子。どこの誰とも分からない血を持った、娼婦から産まれた子供たちの多くは、そうして人々に悪魔憑きとも呼ばれて避けられた。酷ければ集団による暴力によって殺される事件も珍しくない。


「あんたもオレを捨てる。絶対に捨てていく」


「いや、それはないよ」


 はっきり断言されて、今度はカラスが驚く。


「私はそもそも悪魔憑きなど古臭い慣習だと思っていてね。小難しい話になるが、遥か昔に神殿と貴族が裏で強く繋がっていた時代があるのだよ。そのときの名残に過ぎないから、今はまず噂話さえ耳にしなくなったが」


 胸ポケットから取ったハンカチを手にして彼女の頭に伸ばす。髪に付いた野菜くずや卵の殻を取って、「大変だったな」と優しく言った。どんな苦労かまでは計り知れなくとも寄り添うくらいはできるだろう、と。


「まだ話したい事はあるが、一旦置いておこう。私の屋敷で数日は休むといい。辛い事ばかりだっただろう? 少し贅沢をしても誰も文句は言わない」


 胸から溢れてきそうになった感情を喉元に留めて抑え込む。


 目の前の男が持つ余裕からなのか、その懐の深さに、積み重ねて来た苦難を乗り越えたのだと実感が湧いてきて泣きそうになった。


「泣いても構わないぞ」


「まだ泣くもんか」


「我慢強いな。だがね、カラス」


 ずいっと身を乗り出して、男は優しく微笑む。痛むであろう彼女のぼろぼろの手をそっと包むように握った。


「辛い時と嬉しい時は、いくらでも人は泣くものだ。感情を押し殺すのはやめなさい。食いしばって耐えなくても、それは罪じゃないんだから」


 苦しかった。悲しかった。痛かった。悔しかった。怖かった。腹立たしかった。虚しかった。あらゆる負の感情が、さっぱり洗い流されていく。


 目の前の男は貴族である。まるで信用ならないはずなのに、カラスはもう我慢できなくなってわんわん泣いた。ずっと堪えていたものが溢れて、思わず男にしがみついたが、彼は抱き留めて頭をゆっくり撫でる。


「今までよく頑張った。もう君が悲しむ事はない」


 結局、馬車が停まるまでカラスはぐずぐず泣き続けて、男のエスコートを受けながら見た事も無いような広い庭園と巨大な屋敷を前に呆気に取られたときになって、ようやく泣き止んだ。


「そういえば自己紹介が遅れていたな」


 ホールに足を踏み入れて、くるっと彼女に振り返った。


「私はアンゼルム。人からはホロウバルト公爵と呼ばれている」

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