第19話「ゴシップ」
渋っていたリゼットも覚悟を決めて、ひとまずナタリアと計画を立てるので鴉たちは寮へ戻って待機するよう伝えられた。午後からの講義も休むよう言われ、校舎の廊下を少し浮かない顔がふたつ並んで歩く。
「……厄介な事になってしまってすまない」
「オーレリアが悪いんじゃない。大人の都合って奴だろ」
「ハハ、かもしれないな。だが受け入れたのは私だよ」
「家族のために仕方なくなんてのは強制と変わんねえって」
そう言ってみても現状を打破する方法が彼女にはない。がっくり肩を落としてため息をつきながら「とりあえずはリゼット学院長を信じてみるか」と、時間が過ぎていくのを待つしかなかった。
「私は少し買い物をして帰るつもりだから、ここで」
「おう。また会おうな、楽しみにしてる」
手を振って見送り、寮への帰り道を一人で歩く。
うんざりするほど見て来た大人の対応。オーレリアはまだ鳥籠の中にいて、自分よりずっと長く心を苦しめてきていると分かるだけに胸が締め付けられた。早く助けられればいいのに。そう思いながら何も出来ないのがもどかしかった。
(……本当にリゼット学院長は助けてくれるのかな。体よく嘘吐かれたりしてないよな? ナタリアさんは良い人そうだけど、やっぱり不安だな)
色んな感情が胸の内でせめぎ合う。落ち着かず、オーレリアの行きつけのカフェによって一人でミルクとベーグルサンドを頼んだ。
「なんだかなぁ」
いつもの穏やかな気分も、今はすっかり曇り模様。美味しいはずのベーグルサンドが、どこか味気なく感じてしまう。
別れ際のオーレリアの元気のない後ろ姿が気に掛かった。
「友達ってそんなに悪い事なのかな……」
「悪くはないと思うぞ、俺は」
どすんと大きな体が前の席に座った。
「ボーグル? 珍しいな、こっちでメシなんて」
「今日は上級生との稽古でな。昼以降は休みなんだ」
「それで見掛けて来てくれたってわけか」
「ああ。たまには外食も悪くない」
オリーヴにも買って帰ろう、と注文を済ませて水を飲む。
「それより、随分と大変な事になっているな。あちこちで噂になってるぞ、フラガラッハの氷の心を溶かした天才美少女魔導師……だったか」
「えっ、怖い。オレの事そんな風に噂になってるの?」
からから笑ってボーグルはうんうんと首を縦に振って────。
「かの御令嬢は俺たちとは違う世界を生きてるからな。フラガラッハ家は規律に厳しいと聞く。無口だったのも、単純にそういった制約があったからなのかもしれない。なんにしても堅苦しい生き方をさせられるものだよな」
あまり詳しくないボーグルでもフラガラッハ家がかつてはルースト騎士団を率いていた事は知っている。だから自分と年の変わらない少女が才能のために自分の人生を縛られているのは見ていて気分の良いものではなかった。
「俺は平民あがりだし、学費の援助も魔塔から出てるんだ」
「魔塔にも武闘派な奴がいるんだ?」
「一人だけな。かなり地位の高い方だとは聞いているが」
自分の師でありながら詳しくは知らない。出会ってから一週間ほど稽古をつけてもらって、その際に『お前才能あるじゃん。通ってみるか、魔導学院。金は俺ちゃんが出してやっから』と提案を受けて、彼はやってきたのだ。
入学して以降は一度も会いにきてはいないが、学費と小遣いを定期的に支払ってくれているのでかなり期待はしてもらっているのだろうと彼は不思議そうだった。
「どうやって俺なんかに才能を見出したのかは知らんが、でもまあ、今のところは期待通りなのかもな。フラガラッハもそれくらい自由でいい気はするんだが」
「まったくだよなあ。あんなに束縛されてちゃ可哀想だよ」
解決策もないのでため息しか出てこない。がっかりしていると、ボーグルは届いたサンドイッチをひと口齧って、ふと町の景色に目を向ける。
「いやしかし、本当にどこで誰が見ているものか分からんもんだな。あちこちから監視でもされてるんじゃないのか。俺にはまったく縁がない話だけど」
「どうかな、わかんねーよ? お前のメシは美味いって評判かも」
くっくっ、とボーグルが可笑しそうに「ないだろ、それは」と軽く膝を叩いた。そんな話が広まっている事を当人は知らないのだ。主にオリーヴが広めているのが原因なのだが、いずれ知る話だとカラスは素知らぬふりをした。
「にしても下らんゴシップなんて町でもよく聞いたが、こっちへ来ても変わらんというのはなんというか、人間はそういう話がどこまでも好きなんだな」
「オレは苦手だよ。下らなくはあるけどさ、人生を平気で左右したりするじゃん。二年くらい前だっけ、それで自殺した貴族もいただろ」
誰かの生き方を掻き乱して追い詰め、平気そうな顔をして過ごす。そんなのが罷り通っていいのかとカラスは疑問だった。
「まあ全員がそうではないだろうさ。明かすべき真実もある。とはいえ流石に今回の事はやりすぎだな。フラガラッハ令嬢が気に入らないのか、それともただの快楽的な行動原理からか。なんにしても痛い目に合いそうだなあ……」




