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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第17話「忠告したばかりなのに」





 ある日、問題が起きた。とても大きな問題だ。


 ヘルメストリス魔導学院を駆け巡った新たなニュースは、もはやカラス・ウォリックとシアロ教授のひと悶着からは遠く離れた出来事を流行らせた。


『あのフラガラッハ令嬢を射止めたのは公爵家の魔導師!?』


 そんな新聞の一面を見て、リゼットの頭が割れんばかりの痛みに襲われた。怒りの熱だけで咥えた煙草も燃え尽きそうなほど表情は険しい。煙は彼女から逃げるようにシーリングファンに吸い込まれていく。


「馬鹿共が。忠告しておいたのに何故こうなった……?」


 目の前にはしょぼくれた犬のような、どこか情けなさを感じる二人の姿がある。カラスとオーレリアが、こんな事になるとは思っていなかったと弁明したところで、どこの誰とも分からない相手が配って歩いた記事の否定材料がない程、最近では仲良く一緒にいたのだから仕方ない。


 ただ一緒にいるだけならカラスが付きまとっている風にも見えただろう。しかし、どちらかと言えば、毎朝足しげくオリーヴが管理する寮にやってきてはカラスを連れてニコニコと嬉しそうに連れて行くオーレリアの姿があった。


「……フラガラッハ令嬢は他人に愛想がない。いや、むしろ避けている節さえある。特に見た目の美しさと冷たさから言い寄った男は数知れず、ものの見事に全員が相手にすらされなかった。そこでどこかの馬鹿が言ったわけだ。『あの令嬢はきっと同性愛者に違いない』なんて下らん言説をな」


 煙草を灰皿に押し付け、ぎろりと冷たく二人を睨む。


「実に馬鹿げた話だし、聞くに堪えないと言えばそれまでだ。しかし事実、お前たちの距離は近すぎる。しかも観察していれば確かに表情豊かで、普段からは想像できないと誰もが思うだろう。下らんと一蹴するのは難しい」


 なぜこうも短期間で次から次へと厄介事を持ち込むのか、リゼットの忙しさに拍車が掛かるばかりで、アルメルの手を借りるのも限界はある。ましてや、そこに関わるのがフラガラッハ家となればなおさらだ。


「そんなに困るもんなのか、フラガラッハ家ってだけで?」


「……まあ、お前は知らんだろうな」


 貴族だの大魔導師だのに関心を持つようになったのはつい最近とも言えるカラスに詳しい事情は説明しておく必要があるはずだとオーレリアへ視線を流せば、彼女もしっかり頷いたのでリゼットは話を始めた。


「フラガラッハ家は元々外部からの血を混ぜる事を嫌う。平民を見下しているとも言い換えられる。だからオーレリアはかなり特殊な例だ。彼女が養女である事を黙認しているのも、子を成してもらうための囲いと言えるだろう」


 いずれはフラガラッハ家の人間と子を成してもらうために、他の誰とも関わりを持たせないために、彼女は養子という『形式』で迎えられた。剣の才能が既にフラガラッハ家に並ぶので、彼女が男児を産んで跡継ぎにすればいい。世間的に公表されないのは彼らが権力を持つ伯爵家であるからだ。これにはリゼットも下手を打てない相手ゆえに黙認するしかなかった。


「好きでもない連中に自分の子を取り上げられる……。見るにも聞くにも堪えん話だよな。挙句、拒否権はない。なにせ田舎で暮らす貧しい家族の今後を考えれば、オーレリアに抵抗の道はなかった。だから、これがもし連中の耳に入ったとしたら確実に大問題になる。伯爵家の情報網は馬鹿に出来ん」


 馬鹿げた思想の持ち主だと一蹴できればそれがいい。しかしリゼットの手も及ばない相手に対抗しうる手段は同等の権力を持つ者による情報のかく乱。ホロウバルト公爵家であればそれが可能だ。


 ただし、ひとつ問題があるとリゼットは懸念を示す。


「今のホロウバルト公爵家は問題の渦中にあると言っていい。なにしろオーレリアの相手が公爵家の援助を受けてる平民の魔導師ともあれば、連中は是が非でも追い落とす勢いで調べ上げるだろう」


「んだよ、それ。オーレリアにはなんの権利もないってか」


「当然だな。お前の周りが偶然、良い人間で固まってたに過ぎん」


 鼻で笑ってリゼットはそう言った。


「だが現実は何もかもが上手くいくようには出来ていない。オーレリアはフラガラッハ家の所有物なんだよ。私たちはカラスの素性さえバレなければそれでいい。今は耐える時期だと言ってるんだ」


 机がバンッ、と叩かれた。だが、リゼットの手ではない。


「絶対に断る。オレはそんなの認めないし認めたくない」


「あのな。何も私は見捨てろと言ってるわけじゃ」


「いやだ。そのためにオーレリアを犠牲にするってんだろ」


 返す言葉が無かった。そうするしかないと言ったところですんなり聞き入れてくれるほどカラスは簡単に靡く心など持っていない。


 時期が過ぎれば、今度は節度を保って関わればいい。リゼットの考えは、目の前の年端も行かぬ少女の言葉に握り潰されて、しかめっ面を浮かべた。


(……ま、アンジーなら『同意見だ』とでも言うだろうな)


 友人の犠牲を望まない。仲間を大切に守ろうとする。だからルースト騎士団の団長に任命され、かつてのフラガラッハが継いできた威光を手中に収めるほどの支持を得た。ただ剣の実力だけで騎士団長の椅子に座っているわけではない。


 だからこそ救われたカラスが彼の考え方に近いのは当然だった。


「わかった。最初から、そうやって反抗されるのを想定していなかったわけじゃない。ここしばらく手を打つのに時間は掛かったが……」


 部屋の壁に掛かった時計の針が午後一時を示す。


 直後、学院長室の扉が開かれた。


「────そろそろ来てくれると思っていたよ、サンジェルマン」

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