第16話「友達だから」
風のように去っていった後、オーレリアはホッとした。あれ以上傍にいられては身が持たないと思うほどの緊張感に、全身を啄まれている気分だった。
「なあ、オーレリア。次のテストって?」
「学年、学科ごとに行われる一対一の技術テストだ」
簡易とは違う、実戦形式の魔法応用のテスト。相手を完膚なきまでに叩きのめすのもあり。明らかな実力差で決するか、あるいはいずれかが降参するまで争う学年ごとでの『順位認定テスト』となる。
優秀な成績を収めたからといって特典はない。競い合う精神力の強い学院の生徒たちには、またとない技術向上の起爆剤だ。
「ちなみに全学年合同の順位認定テストも年に二回行われるそうだ。三年で一定の順位未満だった場合は留年……と、なるらしい」
「ひえ~、魔導師の世界も厳しいもんだな。オレも頑張らないと」
同時にぐう、と腹が鳴って彼女はひどく恥ずかしそうにぺろっと舌を出す。既に時刻は昼を回っていて、オーレリアも確かに腹が減って来たと擦った。
「ちょうどいいカフェがある。たまに寄るんだが、せっかくだから君にも紹介しておこう。美味しいベーグルサンドがあるんだ」
「マジか。なんだっけ、そういうの情報ツウ? って言うんだっけ」
ぷっ、とオーレリアが初めて小さく声に出して笑った。
「それほどじゃないさ。たまさか私の寮が近いだけだから」
「ふ~ん。どっちにしても楽しみだよ、行こう行こう!」
「ああ、そう急かすな。君の期待に応えられるか心配になる」
ふと懐かしくなる。カラスに引かれた手に感じる温もりと、彼女の朗らかさが、故郷に残してきた家族を思い起こさせた。
(……嫌な事ばかりじゃないな)
あまり他人と関わらないよう言われてきた。本当は誰にも話してはならなかった。自身がフラガラッハ家の血統ではなく、ただ小さな農村で育っただけの貧しい娘である事は。だが話してしまった。カラスにならば言っても良い、と。
裏表のない性格。明るく、力強く、朗らかで。自分が置いてきてしまったものをたくさん抱えて彼女はやってきた。羨ましかった。最初はただの興味で、彼女の力量を知った瞬間から、話してみたかった。
だが、その背景が後ろ暗いものだと知った瞬間に、羨望は共有の気持ちへ変わった。哀れんだりはしなかった。彼女ならば自分の数少ない理解者になってくれるかもしれないと、荒みかけた心が癒される気がして。
その通りだった。カラスは話を聞いても揺るがない。彼女らしさが溢れているのが、今度は愛しくなった。ああ、話しかけて良かった。心の底から。
「おい、どうしたんだよ?」
「……いや、何。大した事じゃない」
ずっと孤独だった。気取っているわけでもない。本当は誰かと話して、楽しく過ごしたかった。抑圧されてきた気持ちが溢れてしまいそうになる。それでも自分が道を逸れてしまえば、フラガラッハ家から、どんな冷たい言葉を浴びる事になるだろうか。故郷の家族はどうなるだろうか。不安で仕方ない。
だからせめて一人くらいは。ちょっとくらいは楽しんだっていい。たった三年間の話だ。友達の一人いたっていいと、オーレリアは久しぶりに、たった一度きりの人生なんだからと、愉しもうと思った。
「おっ、良い匂いしてきた。本当にハウスタウンの近くなんだな」
「私の寮は地区の境界線ギリギリだからな。いつも腹が減る」
一歩出れば、そこから先はあらゆる店が立ち並ぶ。なのでオーレリアの暮らす寮の真横がカフェになっていた。朝起きて窓を開ければコーヒーと焼きたてのパンの香りが漂ってきて、気付けば買いに並んでいるとオーレリアは恥ずかしそうだ。
「いいなあ~。オレの寮って結構真ん中あたりだから寄らないんだよな」
立ち並んだ店とは逆方向に校舎があるため、特に健康志向でもなく朝も弱いカラスはわざわざ遠くまで買いに寄るのが面倒だとため息をつく。
「だがボーグル・ウェイトも料理の腕前が優れているのだろう」
「そりゃ美味いけど、学科も違うから朝会わないときもあってさ」
「なるほど、確か武術学科は講義以外でも集まると聞いたな」
「らしいよ。朝稽古がなんたらで急いで出て行っちまうんだよ」
カフェに着いたらテラス席に座って、メニュー表を開く。どれも美味しそうな挿絵付きで分かりやすく、う~んと頭を悩ませた。
「好きなものを頼め。今日は私が奢ろう」
「えっ、いいのか。じゃあコレとコレ……それから~」
「フフ……。食べるのが好きなのか?」
「おお、昔の事とかもあって、ついつい食べ過ぎちまうんだ」
「……すまん、聞くべき事じゃなかったか」
「いやいや、別に! むしろ金払ってもらうのに悪いなって」
「それこそ気にするな。君のために連れて来たんだから」
オーレリアはすぐに注文を終えた。いつも食べる卵とベーコンのベーグルサンドに咥えてアイスコーヒーを頼み、そっとメニューを閉じてから────。
「あ。それなら、私が買ってから君の寮に行けばいいのか」
「え? いきなり何言ってんだ?」
「朝にボーグル君がいないなら、私が買って行けばいいかと」
「オレたち学科違うのに?」
「だが講義の開始時刻は同じだろう。……その、……だから」
よく聞こえずに、困り顔で小さく首を傾げた。
「なんて? ごめん、よく聞こえなかったんだけど」
「あ、とっ……とも、友達……だから、一緒にって……」
緊張して眉間にしわが寄り、視線を地面に投げつけるようにして、勇気を振り絞りながら伝えた言葉に、カラスはくすっと笑って────。
「な~んだよ、そんな事か。へへっ、身構えて損したかも」
「そっ、そんな事とは何だ! 私は結構頑張ってだな……!」
「当たり前の事じゃねえか。メシなんて買って来なくても一緒に行こう」
両手を頭の後ろにやって、のんびり目を瞑って椅子を傾けた。
「友達なら会いたくなるだろ。付け加えたみたいにメシなんて要らないよ。顔見ただけで腹いっぱいになるくらい気分が良くなるってもんだ」
よくもまあ平然とそんな言葉が言えるものだと驚きながら、オーレリアは自分に学院での初めての友達が出来た事を胸の中でしっかり受け止めた。
「……そうだな。じゃあ、そうさせてもらおう」
「ああ。いつでも来てよ、楽しみにしてるからさ」




