第15話「眼力」
たかが新聞記事ひとつでシモン家の人間──それも現当主のアルメル──相手に図々しくも前へ出ようとするはずもなく、すごすごと退散するしかない。中には密やかな舌打ちで気に入らない態度を示す者もいたが、結局は彼女に直接言えるほどの雄弁など持ち合わせていなかった。
「大丈夫でしたか? もみくちゃにされてましたね」
「アルメルさん……。助かったよ、いきなりでさ」
「よくある光景なんですよ。いくら禁止だと言っても聞かなくて」
話題性に富んだ記事を発行する事が彼らの生き甲斐とも言える。他に書く事がないのかと責められても、注目を浴びた話題に飛びつく。
だからある程度までは黙認しているが、慣れていない新入生に滝のような勢いで質問を飛ばすのは酷いルール違反だとアルメルは強めに牽制した。
「うむ……、カラスが言っていた通り本当に師弟なのだな」
「これはフラガラッハ家のお嬢さん」
アルメルがジッとオーレリアを見つめてニコッと微笑む。
「どうも特別な眼力をお持ちのようですね」
オーレリアが一瞬、息を呑んだ。心臓が止まったかと思うほど驚いた。
「ご安心を。そういった人間はたまに存在するものです。ときには不幸になる呪いのようなものもありますが、あなたのそれは何の影響も及ぼしません」
「なぜ分かるのだ、アルメル殿?」
誰にも話した事がない。彼女は他人の魔力の大きさや、その質の良さを色で見分けられる。オーレリアが養子として迎えられる前から持つ眼力は特別なもので、だからこそ同様に特別な力を見抜く眼力を持つフラガラッハ家も彼女を欲しがった。
どうせ子供が出来ないのなら、彼女を迎え入れるのはどうか、と。小さな村で貧しく暮らすよりも良い話だろうと甘い果実で誘惑して。
「私も色々と眼力があるんですよ。でも、それは他の誰にも見抜けない。ひとつだけ誰にでも教えて差し上げるとしたら『隠者の瞳』と言います。たとえフラガラッハ家が持つ特殊な眼力でも、私を知る事は出来ません」
内緒ですよと言いながら、さして隠す気もなさそうだった。
「二人共すげーんだなあ。オレにはそういうの無いや」
「持たない方が気は楽ですよ。欲しがる人もいますからね」
眼力を持つ人間の目を喰らえば、その眼力が手に入る。噂程度のものでしかなく実践された事はないが、そういった怖い話が出回っているのだと言われてカラスはゾッとして身をぶるっと震わせた。
「勘弁してよ、夢に出ちゃうじゃん」
「フフッ、それが目的です」
茶化して可笑しそうに、アルメルが口元を手で隠す。
「そういえばアルメルさん、仕事は済んだの?」
いつも忙しそうにどこかへ出かけては数日戻らない事もあったアルメルが珍しく学院へ来ているので、ようやく手が空いたのかと思ったが、彼女は首を横に振った。
「まだ終わってなかったんですけど、新しい仕事を公爵閣下から任されまして。リゼット学院長からの直々の依頼でしたから請ける事にしたんです。それで、私の仕事はルースト騎士団のロックスという方が引き継いでくださって」
聞き覚えのある名前だな、とカラスは記憶を辿った。
「ロックスとはルースト騎士団の副団長殿だな」
「やはりオーレリアさんはご存知のようですね」
「何度か稽古をつけてもらった事もある。とても腕のいい方だ」
騎士学科の首席でフラガラッハ家に籍を置くだけあって、オーレリアは他の騎士たちに詳しく、関係も深い。実際、アンゼルムとも直接の手合わせをする機会も過去にはあった。ロックスが関わるのなら大きな仕事なのだと思った。
「ではアルメル殿の新しい仕事というのは……」
「はい、実は基礎学科の講師に選任されました。カラスの事もあって」
簡易テストでのひと悶着は、たった一日で広大なヘルメストリス魔導学院の全体へ知れ渡るところとなり、ひと晩の間にリゼットからアンゼルムへ連絡が届き、迅速な手順で──そもそもアルメルを講師として拒むはずもなく──彼女の基礎学科での講師としての活動が認められる運びとなった。
「へえ! じゃあほとんど毎日会えるわけだ、嬉しいなぁ!」
「そうなります。私も嬉しいですよ、愛弟子と一緒なのは」
「へへっ……。あ、それなら元々講師だったシアロ教授は?」
「……聞きたいですか?」
微笑むだけのアルメルに、それ以上を尋ねてはいけない気がして「やっぱりやめときます」と思わず敬語になって身を縮こまらせた。その方が良いとでも言うような圧の感じる笑顔が軽く頷いた。
「なにはともあれ、今回の件はそれほど大きくはならないでしょう。多少の記事にはされるでしょうけど、何年かに一人は無名でありながら優秀な子も入ってきますから、そう経たないうちに沈静化しますよ」
ボーグル・ウェイトなどがその代表的な例だとアルメルが言った。彼の武術学科での成績は他の追随を許さず、現段階で学院全体での順位をさほど伸ばしているわけでもないが、学年で言えば彼に並ぶ者はいなかった。
「ですからご心配なさらず。これからはシアロ教授に代わって私が基礎学科で皆様の指導にあたりますので。もちろん、どの学科でもお会いできますけど」
どの学科でも講師と認められる力量はある。いや、それどころか彼女ひとりいれば十分が過ぎた。堂々と言い放たれてオーレリアも否定できない。暗に『何かカラスの事で問題を起こせば覚悟してもらう』と釘を刺された。
「それでは、私はリゼット学院長に会う予定がありますので、またお会いしましょう。カラスも目立つのは程々によろしくお願いしますね。────次のテストまではの話ですけども」




