第14話「親近感」
絶対に友人は裏切らない。心からの誓いは言葉でこそリゼットに向けてだが、視線はカラスを捉えた。
「うむ、素晴らしい。私も正直言って、巻き込まれたくないからこんな仕事からはさっさと降りたいくらいなんだが」
新しい煙草を指に挟み、口に咥え、空いた手で先端を二本の指でスッと優しく触れて火を点ける。気分良く煙を吐いて扉を見た。
「こっそり覗いてるなら戻ってきたらどうだ」
隙間から顔を小さく覗かせていた銀髪がぴくっと揺れた。
「なんだよ、帰ってなかったのか?」
恥ずかしそうに無言のまま戻って来たしかめっ面のオーレリアが、床をじっと見つめたまま顔をあげず動かない。何かを言いたそうに人差し指の先を突き合って、もじもじとしていた。
「なぜ喋らん? 誰かコイツの代弁出来る奴いないか?」
明らかにリゼットの苦手なタイプで、カラスがそっと近寄って「どうした、オレが聞こうか」と尋ねると、オーレリアはとても小さく頷く。
「……うんうん。そっか、なるほどな」
ぼそぼそと会話が続いて、しばらくしてからカラスが振り返って手を挙げた。
「オーレリアも力を貸してくれるって!」
「お前たちはなんで普通に話してるんだよ」
とても不愉快だとばかりに煙草が消費されていく。
「まあいい。とにかく手を貸してくれるなら好都合だ。その様子だとカラスにしか懐いていないようだから、裏切る心配もないだろう」
サンジェルマンとフラガラッハ、両名の手を借りられるのなら楽が出来ると少しだけ機嫌が良くなる。それから灰皿に灰を落として────。
「今日のところは下がっていい。……あ、しかし今後について少し建設的な話がしたいから、オリーヴは残ってくれ。当主と連絡が取りたいんでね」
指示に従ってカラスとオーレリアは、一旦オリーヴと別れて学院長室を出る。やっとひと息ついた気分にカラスはやっと大きなため息をこぼす。
「つ、疲れたぁ……。これじゃまるで罪人だっての」
「仕方あるまいよ。君が私生児なら命を狙われる可能性も高い」
自分たちの地位や名誉を重んじる貴族たちが私生児の存在を疎んで刺客を差し向けた事例は過去を振り返ればいくらでもある。聞きたくなくてもオーレリアにはよく聞き慣れた話だ。
気分は悪い。関わりもないのであえて気に留めたりして来なかったが、いざ顔の知った隣人が、才能のある人間が殺されるかもしれないと思うと、放ってはおけなかった。たとえフラガラッハ家の方針が反対だとしても。
「……私はね、カラス。どんな人間にもチャンスは与えられるべきだと思っている。平民だとか貴族だとか、それこそ私生児だと言っても、それが誰かの人生に悪影響を与える事がどれほどある?」
寂しそうに彼女は窓に手を触れて外の景色を眺めた。
「何が悪魔憑きだ。ただ生まれるしかなかった者が足掻くのを自分たちに都合が悪ければ排除したり見てみぬふりをする。それこそ悪魔の所業じゃないか」
「オーレリア……。だからオレの事を助けてくれたのか?」
彼女はそっと笑んで、そうかもしれないと答えた。
「私も周囲からはフラガラッハ家の人間だと一目置かれているが、実際は血の繋がっていない養子だ。剣の才能があって、彼らが子供に恵まれなかったから、私の故郷にいる弟や妹たちのためにも必ず家門は継がなければならない」
あまり言いふらしていい話ではない。だが、カラスはわざわざ悪意を持って言いふらすほどの悪人とは思わず、近い境遇から親近感を湧かせた。
「昔は将来を誓った恋人もいたんだがね。フラガラッハに引き取られてからは、もう手紙のやり取りさえしていない。自分の将来も自由に決められず、誰かの作った道を歩くのは中々に苦痛だ。君もそうだったのではないのか?」
隣に立ってカラスは一緒に外を眺める。
「貧民街にいた頃はそうだったよ。嫌でもあの汚い孤児院にいるしかなかった。ゴミを投げつけられても、瓶で頭を殴られても我慢したもんさ。……だけど、アンゼルムに助けてもらってからはすげえ充実してるなって思う。まだまだ目の前には問題が山積みになっちまってるけどさ」
それでも。今は前を向いて、自分なりにやっている。師匠のアルメルや恩人のアンゼルム。公爵家で働く人たち。支えてくれる人たち、助けてくれる人たち。大勢のおかげで立って歩けている事がカラスは嬉しかった。
たとえ世間に見放された悪魔憑きだとしても。
「めちゃくちゃ大変だったけど、何がなんでもって戦ってたら良い風が吹いてくれた。だからお前も諦めんなよ。一度きりの自分の人生だろ?」
「……ああ、そうだな。君のように強く在ろうと思うよ」
じっとしていても仕方がない。ひとまず本校舎から出て行こうと再び歩く。二人はそれから特に会話もなく、ただ居心地は良く感じた。
お互いの抱えた孤独や苦しみを理解できる者同士に必要な沈黙だった。
「ん? なあ、アレって……」
本校舎前の広場に大勢の人が集まっている。ローブを着ている者から、そうでない者──ペンとメモ帳を手にした──が、出てきたカラスたちを指差す。
「出てきた! 君が話題のカラス・ウォリックさんだね!?」
「大魔導師リゼットの創った岩を粉々にしたって本当ですか!」
「教授とひと悶着あったとか! フラガラッハ家とはどういう関係で!?」
何がなんだか分からず答えに詰まった。カラスにとっては初めての事で、魔導学院にも当然のように、学院内での配布に限られはするが新聞が出回る。魔導師たちの関心を惹く話題を持っていれば取材のために囲まれるのは珍しくない。
ちょうど居合わせてしまったオーレリアも巻き込まれ、人付き合いの慣れていない彼女も目をぐるぐるさせてどうすればいいのか戸惑った。
「そこまでにして頂けますか」
軽めの突風が吹く。現れたのはアルメルだ。
「生徒への囲み取材は精神衛生面の理由で先々月に禁止になったでしょう。ルールを破るのであれば然るべき処置を取りますが。……どうされます?」




