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黒の大魔導師─貧民街のカラス─  作者: 智慧砂猫


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第13話「悩みの種を増やすな」





 後日、カラスは学院長室に呼び出されていた。


「なぜここにお前がいるか分かるか、ん?」


 煙草の煙がシーリングファンでも浄化しきれない。灰皿には何本も積み重なった吸殻があった。リゼットは不機嫌が隠せず、苛立ちを向けられたカラスは申し訳なさそうに、しょぼくれた犬のような表情でただ耳を傾けるしかなかった。


「必要以上に目立ってどうする。建前ではただの一介の魔導師なんだぞ。お前といいアルメルといい、他人の癖に変なところが似やがって」


 カラスが貧民街育ちで、私生児である事がバレてはいけない。卒業前までは才能をひた隠しにして、いずれ大魔導師として成果を挙げてからの方がホロウバルト公爵家もシモン家も周囲からの影響を受けずに済む。


 なにより彼女自身にとっても都合がいい。大魔導師となり魔塔でひとつでも大きな研究が出来れば、彼女がいかに私生児であったとしても、確かな才能を前に何ひとつ文句も言えなくなる。だが、今の段階では駄目だ。事実が明るみになるだけでも才能の芽を摘み取られてしまう。それはアンゼルムも望まない。


「私が作ったゴロ岩くん三号は、シアロも言っていた通り頑丈に出来てる。それを粉々にした奴がお前以外にいたか? 言っておくが、過去に例を見ても出来たのはお前の敬愛するアルメル・シモンだけだ。学院長に就任した者が必ず、あの岩を作るのが習わしになっている貴重な道具なんだぞ。それを軽々と修理すら出来んほどにぶっ壊しやがって、馬鹿なのか?」


 またひとつ吸い殻が増えた。溜まった煙が、ようやくマシになる。


「そ、そんなに目立つと駄目とは知らなくて……。ほら、ちょっとは自慢できる事が欲しかったっていうか?」


「だとしたらやり過ぎだ、馬鹿が。目立ちたいにしろ適切を考えろ」


 眼鏡をはずして机に置き、天井を仰ぎ見ながら────。


「お前が思っているよりも世の中は興味に忠実だ。知りたいと思えば、どこまでも過去を掘り返そうとする人間は多い。それが悪だと分かっていても、素知らぬふりをして遠巻きに見ている奴も」


 ゾッとした。誰にも知られてはならない過去でも、興味を持てばどこからかやってきて、どこまでも調べあげようとする者はいくらでもいる。カラス・ウォリックが経歴とはまったく違う人生を歩んできた事が誰かの耳に入るのは、彼女自身避けたい。何より忘れたい過去だったから。


「ごめん……。そんなふうに気遣ってもらってるのに」


「分かればいい。だが、あっちは許しておけない」


 伸ばした指をくいっと引く。学院長室の扉が勢いよく開いて、扉に聞き耳を立てていた金髪のツインテールと銀髪のポニーテールが転んだ。


「大魔導師だ、大騎士だと才能には溢れていても、盗み聞きしようなどとアホな事を考える連中がいるようだ。……オリーヴ・サンジェルマンにオーレリア・フラガラッハ。どちらも名家の人間のくせして常識はないのか」


 また煙草の本数が増えそうだとため息をもらす。


「大体、オリーヴはまだ分かるが、なぜフラガラッハの令嬢までいるわけだ? 寮も学科も違うのに。ちょっと手を貸してやったから興味本位で?」


「……ったから……」


 ぼそっと顔を赤らめて何かを言うので、リゼットが苛立ち紛れに聞き返す。


「なんだって? はっきり言え、聞こえん」


「……気に入ったからだ!」


 ふんっと鼻を鳴らして声を張り、恥ずかしさを隠すように立ち去っていった。大した話も聞かれていないので引き留めはしなかった。


「なんだアイツは。まあいい、あれと会ったのもどうせ今日が初めてだろ。なら話はオリーヴだけで十分だ、少しの時間くらい取れるよな?」


「あっ、はい。どんな話でも大丈夫です、寮も一緒ですから」


 びしっと姿勢を正して話を聞こうとする。


「どこまでコイツの事は知ってる?」


 事情に詳しい人間がいるなら、利用する他ないとリゼットは尋ねた。


「えーと……。アルメル様のお弟子さんで、公爵家から多大な援助の下、ヘルメストリス魔導学院へ入学されている事だけです。差し出がましい質問になるのですが、彼女が目立つと何か困るんですか?」


 思わず手で顔を覆ってしまう回答に、一瞬だけ灰皿に視線が向かう。


「コイツはウォリック姓ではない」


「……はい? それってどういう事ですか?」


 カラスも困ったように頭を掻く。


「オレが貰った新しい名前なんだ。カラスってのも自称で、本当は名前なんてない。貧民街で生まれ育った私生児(・・・)。だから目立つと駄目なんだって」 


 目を丸くして言葉を失う。私生児の意味は誰でも分かる。特にサンジェルマン家のような、大貴族に匹敵する魔導師の家門であれば当然に。


「私生児……。それで、あの大岩を粉々にする腕を……?」


 罵声が飛んでくる覚悟はあった。しかしサンジェルマン家は公爵家よりも遥かに寛容的な家門だ。リゼットがあえて彼女を引き入れようとしたのも、豪放磊落な一族ゆえだった。オリーヴも、まさにその血筋を象徴する性格だ。


「すっ……すごいじゃん! て事は私生児みたいな悪魔憑きなんて、やっぱり噂レベルの下らない話だったのね。あんたって才能の塊だもん!」


「オレに怒ったりしないのか、隠してたのに」


 首を傾げて、心底不思議そうに「なんで?」とオリーヴは疑問を抱く。隠しても仕方ない事だ。どれだけ周囲が庇ったとしても、悪魔憑きと呼ばれるほど嫌われる私生児が自分の出身を隠したくなるのは。


「アタシは別に理解のない人間じゃないわ。世の中に完璧なんてない、どんな凄い人にも弱点はある。苦手な魔法だったり、生き物。経歴。性格。どこかしらに欠陥があったって不思議じゃない。でも、それを補おうとするのが大切でしょ?」


 ビシッと指差して、オリーヴは力強く優しい瞳で応えた。


「ライバルはライバル。友達は友達。あんたとアタシはこれからも変わらない。私生児だろうが関係ないわ。それでいいでしょ、カラスちゃん!」


「……おう。ありがとな」


 嬉しさと照れくささにオリーヴから差し出された手を握り返す。


「はいはい、そこまで。美談で終わるなよ、まだ途中だ」


 眼鏡をかけ直して二人をじろっと見ながら頬杖を突く。


「私生児って事が分かれば、世間は賑わいを見せてくれるだろう。新聞の一面を飾って反対派と肯定派が出てくるのは予想がつく。だが、ここぞとばかりに論点の行きつく先は『いったい誰の子なのか?』って話になる」


 貴族が娼婦との子を容認するはずがないが、しかし同時に血を誤魔化す事は出来ない。であれば取るであろう手段はひとつ。────カラスの抹殺。死人に口なしとは権力者たちの常套手段であるとリゼットは頭を抱えたくなった。


「彼女の身柄を守るためにも我々は黙秘しなくてはならない。何かあればサンジェルマン家にも協力を要請させてもらうが構わないな?」


 既に実情を知り、あえて沈黙しようと言うのだ。共犯者となる覚悟は決めてある。もしサンジェルマン家が拒絶しても、丸め込む手段として自分は彼女たちの切り札のひとつとなれるだろうとオリーヴは胸に手を当てて姿勢をまっすぐにする。


「もちろんです、リゼット学院長。オリーヴ・サンジェルマンが誓います」

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