第12話「正しいのはどちらか」
生徒たちがざわつく。不正が起きるなどあってはならない事だ。だが、目の前の大岩を粉々にするのは並の芸当ではない。学院長であり大魔導師のリゼットが創り出した大岩の頑丈さは誰もが身をもって体験したのだから。
「ちょっと待ちなさいよ。カラスが不正したってどういう意味?」
怒って声をあげたのはオリーヴだった。
「カラスちゃんはちょっと口は悪いけど、魔法に関してはかなり真面目よ。このオリーヴ・サンジェルマンが保証するわ!」
「……そうは言うがね、オリーヴくん。きちんと理由もあるのだよ」
反発されてもシアロは冷静に、そして小馬鹿にしながら言った。
「試験に使う大岩は生徒の安全面を考慮して殆ど破壊できないように創ってある。もし大魔導師クラスであっても結果は君と同様、ばらばらのサイズに砕ける程度だ。簡単に爆ぜて破片が生徒にでも当たったら危険だろう? だから万が一にもそれ以上の破壊力である場合は即時再生が行われるようになっている。粉々になって元に戻らない、なんて事は本来在り得ないのだよ」
堂々とした説得力のある話で、それは紛れもなく事実だ。自分たちの不備で生徒に怪我をさせてしまったとあっては責任を問われる事になる。だからこそリゼットが毎回、試験の内容に手を掛けていた。
「ちょ、ちょっと待てよ。オレ抜きで話すんなって。つまりあれだろ、オレがこの岩を粉々に砕けるはずがねえから、なんか細工でもしたんじゃないかって疑ってる話だよな? でも本当にオレはなんにもしてなくてさ……」
「それを信じる馬鹿がどこにいると思うのだね、カラスくん」
チッと舌を鳴らして、落ち着かないカラスの言葉を遮った。
「君のプロフィールにも当然、目を通してある。平凡な家庭。平凡な魔力。平凡な実力で、たまさか公爵家で働いていただけの娘だ。それが不正なしに岩を粉々にする? 君よりずっと才能のある者が多い学院で? 馬鹿にするのも大概にしたまえ。何をしたのか正直に話せば減点くらいで済ませて────」
ガンッ、と音がして剣が床に突き刺さった。オーレリアがシアロの前に立ち、ギロッと彼を睨みつけて強烈な殺気を放って敵意をむき出しにした。
「それが生徒に向ける言葉か。私には理解しかねる。大勢の前で不正だなんだと、事実でなかったとしても耳障りな言葉は人の印象に残るものだ。本当にそうであったかも分からぬのに彼女を罪人のように騒ぐのは許せん」
床に刺さった剣を抜き、鞘に収めてカラスへ視線を流す。
「すまない、カラス。防御壁の張り方は分かるか?」
「え。ああ、それなら師匠に教わってる……」
「では私の大岩を切り裂いた斬撃を受け止めてみせろ」
「でえっ!? なんでいきなりそんな事!?」
「ここで無実を証明するには手っ取り早い。だろう、教授」
本当にカラスが優秀な人間であれば、大岩を粉々にしたのと同様に、他の魔法でも如何なく実力を発揮できるはずだとオーレリアは主張する。彼女の力強い言葉には周囲の誰もが納得したし、シアロも否定できなかった。
「……わ、わかった。その方法を認めよう。だが彼女が結界で君の剣を防げなかったときは減点どころで済ませるつもりはない。それで構わないな?」
「構わぬとも。私も連帯責任として罰は甘んじて受けよう」
しかしと強気に、オーレリアは彼を熱の籠った強い瞳に映す。
「もしカラスが不正をしていなかった場合、貴様に教授の資格なしと判断してリゼット学院長に直談判させてもらうが、それももちろん構わないんだろうな」
「なっ……!? こ、この私に向かって資格がないなどと……!」
パチパチと遠くから手を叩く音がする。全員が視線を向けた先には、豪奢なローブに身を包んだ誰もが知る人物────リゼット・ヒルデブラントが無表情で心底下らなさそうに拍手を送っていた。
「はいはい、ご苦労さん。私のゴロ岩が気になって見に来てやったんだが、またつまらん事で騒いでやがるときたもんだ。ほら、さっさと始めろ。どっちが学院に相応しくない奴なのか、私が見届けてあげよう」
次から次へと人が増える、とカラスがげんなりする。やってもない不正騒ぎの中核なのに、なぜ自分はそっちのけなのだろうか。そう思いながら。
「つまり防御壁を張ってオレは立ってればいいんだよな」
手を翳せば青白い魔力で創られた半透明の壁が構築される。生徒たちが見ても分からないが、才のある者には分かった。カラス・ウォリックの構築した魔力の密度は異常だ。彼女の実力を認めるオリーヴでさえ目が離せないほどに。
「いつでもいいぜ、オーレリア。準備ばっちりだ!」
「うむ。疑っていたわけではないが、君が才ある者で良かった」
オーレリアが魔力を最大限にまで高めて剣に宿す。しっかり柄を握り締め、全力を込めて鞘から引き抜いて、一撃のもとに彼女の防御壁へぶつけた。
────罅が入った。だが、それだけだ。
「見事だ。本気を出したのに、まるで砕けぬとはな」
「さっすがアタシの友達! 最高よ、カラスちゃん!」
基礎学科と騎士学科の大天才が認めるカラスの実力に、生徒たちも湧きあがった。前代未聞の事態に動揺を隠せないのがシアロだ。彼は戸惑いの視線をリゼットに向けるが、首を横に振られて愕然とするしかなかった。
「よくやったな、カラス・ウォリック」
リゼット直々の称讃に、カラスも少し照れて頬を掻く。
「ありがとう、学院長。なんか照れちまうなぁ」
「公爵家もさぞや鼻が高いだろう。お前のような原石を見つけたのだから」
ローブの裾を翻し、リゼットはシアロに呆れた。
「なのに、こっちときたら……。知識だけはあるから基礎学科の教授として迎え入れてやったのに、私の顔によくも泥を塗ってくれたな」
「すっ……すみません、学院長! しかしこんなの誰にも────」
煩い声だ、とリゼットが両手で糸を摘まんできゅっと引っ張るような仕草をすると、紫煙がふわっとシアロに纏わりついて口が開けなくなる。
「予測できなかったのなら予測しようとすべきではなかった。反省の色も見えないお前如きのために学院はあるのではない。人としての素養すらなかったようで私はとても残念だよ。これからは真面目に生きろ、ここではないどこかでな」




