何が欲しいの?〜森の妖精さんは笑顔と感謝の言葉が欲しい〜
「おなか空いたよぉ……。昨日は木の実がたくさん成ってたのに……」
ちっちゃな子どもは大人が根こそぎ刈り取ってしまった果物の木を見上げながら嘆きました。
今日はまだ何も食べることができていないので、お腹がぺこぺこです。
「木の実が欲しいの?」
「えっ?」
ちっちゃな子どもが振り返ると、自分より頭1つ分背が高い女の子が首を傾げていました。
「木の実が欲しいの?」
同じことを聞かれたので、ちっちゃな子どもはとりあえず「うん」と答えました。
すると、女の子は言いました。
「何の木の実?」
「こ、この木に成ってた木の実なんだけど」
木の実の名前を知らないちっちゃな子どもが木を見上げながら木の実が成っていた時のことを頭に思い浮かべていると、
「うん、わかった。はい、あげる」
と言って女の子が赤い果実が山盛りになってる籠を差し出して来てくれました。
「うわぁ〜木の実がいっぱいだぁ♪ お姉ちゃん、ありがとー!」
おなかが空いてたちっちゃな子どもは満面の笑みを浮かべながらお礼の言葉を言いました。
すると、女の子は嬉しそうに微笑んだあと、キラキラと光にとけて消えていくように見えなくなってしまいました。
「消えちゃった……。おなかが空いて困ってる僕を助けに来てくれたのかな? 天使様ありがとー!」
ちっちゃな子どもは笑顔でもう1度感謝の言葉を口にしてから貧民街へと帰っていきました。
「笑顔、大好き。ありがとう、大好き。心、ぽかぽかあったまる」
女の子はちっちゃな子どもの後ろ姿を幸せな気分で見送りました。
心からの笑顔と感謝の言葉。
それが女の子にとって最高の報酬なのです。
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「お姉ちゃん、ありがとー♪」
「あいつの言ってた話、本当だったんだな! 天使様、こんなにいっぱい林檎くれてあんがとな!」
「ちっちゃな天使様、ありがとうなのー♪」
今日も女の子は子ども達に魔法で作った本物の林檎をプレゼントし、笑顔と感謝の言葉をもらってご満悦です。
「本当に何もない所から林檎を出せるんだな。おい、俺はあのガキどもに住む所を貸してやってるんだが、その家がかなりボロくてな? いつ崩れてあのガキどもが大怪我しちまうか分かんねえから──」
人相が悪くて口も悪い男が何かごちゃごちゃ言って来ましたが、女の子が知りたいのは相手が欲しいもの。
なので相手のまだるっこしい前置きは無視して直球で聞いちゃいます。
「何が欲しいの?」
「は?」
人相が悪い男は「子どもが大怪我したら可哀想だろう?」と子どもをダシにして同情を誘い、女の子からお金を出してもらおうと企んでいましたが、そんなことはどうでもいいような感じで可愛く小首を傾げながら「何が欲しいの?」と女の子に言われてしまい、人相が悪い男は思わずポカンとして間抜け面を晒してしまいます。
「何が欲しいの?」
「お、お前、実は悪魔かなんかで俺が欲しい物を口にしたら、それと引き換えに俺の寿命を奪ってくつもりだったりしねえよな?」
人相の悪い男がそう尋ねると、女の子はがっかりした表情を浮かべて男に背を向け、森の奥に向かって歩き始めてしまいます。
「だー!? くそ!? 男は度胸だ! こんな滅多にない機会で芋引いてられっかよ!? 金だ! 金をくれ!」
人相が悪い男が覚悟を決めてそう叫ぶと、女の子は森の奥へ行くのをやめて男のほうに振り返ってくれました。
「金って何?」
「は? 金は金だよ!? おま、金を知らねえのか!?」
「うん」
「悪魔でも天使でもなくて森の妖精か何かなのか? ほら、よく見ろ! これが金だ! これを大量にくれ!」
「むり」
「はあ!? なんで無理なんだよ!? 俺が欲しいものくれるんじゃなかったのかよ!?」
「作り物、出せない。出せるの、自然界にある物だけ。これ、何でできてるの?」
「この金は金貨だから金で出来てるが」
「金なら知ってる。はい、どうぞ」
女の子が右手を動かしながら横を向きます。
人相の悪い男がそれに釣られて女の子が伸ばした右手の先に目を向けると、そこには女の子と同じぐらいの高さの金で出来た大岩が出現していました。
「はは、マジかよ……やった! これで俺は大金持ちだ! うぉおおおお!!!」
「うるさい」
「あっ、す、すまねえ」
「謝罪、偉い。許してあげる」
人相の悪い男の雄叫びを女の子は眉根を寄せて不快に思いましたが、男が素直に謝罪したので許してあげました。
「いや、それにしてもお前マジですげーな! これ本当にもらっていいのか!?」
「うん、あげる」
「これもらったら、お前が俺の寿命を奪ってくとか、そんな落ちが待ってたりしないよな!?」
「しない」
「そうか、そうか! 森の妖精さんは気前が良いな! ありがとうよ!」
金塊を売って大金が手に入れば大金持ちになれるので、人相の悪い男はそれはもうご機嫌な笑顔で心から女の子に感謝の言葉を口にしました。
女の子は心からの笑顔と感謝の言葉がもらえたので、人相の悪い男に向かって嬉しそうに微笑んだあと、キラキラと光にとけて消えていくように見えなくなってしまいました。
「あっ、おい!? チッ、あのガキが言ってたように願いを叶えると消えちまうのかよ……。なあ、森の精霊さんよー! 人間の願いを聞くのが趣味だってんなら俺と一緒に町に行かねえかー! 町に行けばいっぱい人間がいるから、お前さんの趣味がやり放題だぞー!」
人相の悪い男が周囲を見渡しながら女の子に向かってそんなことを叫んでいると。
「ほんと?」
「うおっ!?」
後ろからいきなり声を掛けられたので、返事が返って来るとは期待していなかった男はびっくりしてのけぞってしまいます。
「あ、ああ、本当だ! 町には人間がいっぱいいるからな!」
「じゃあついてく」
「マジか!(かぁー、俺様ついてるぜ!)そうと決まれば早速町に行こうぜ! あっ、ところでなんだけどよ? この金で出来た大岩。いったん消して町に行ってからまた出してくんねえか?」
「むり」
「なんだって?」
「むり」
「マジかよ!? ポンポン出せるんだから消してまた出すのなんて、お手のものじゃないのかよ!?」
「うん」
「たはー」
人相の悪い男は天を見上げ額に手を当てたまま少しの間途方に暮れたあと、女の子に金で出来た大岩の見張りを頼んで大急ぎで町に帰っていきました。
「くぅ〜ん、くぅ〜ん」
「ぷぅぷぅ、ぷぅぷぅ」
「チュンチュン、チュンチュン」
「ヒヒーン、ブルルルルル」
「ガォー」
人の気配がなくなると、森の動物達が女の子の周りにやって来ました。
「うん、わかった。はい、どうぞ」
女の子は動物達が頭の中に思い描いた各種野菜や果物、お肉を地面に出してあげました。
「あぉ〜ん♪」
「ぷぅぷぅ♪」
「ピーヒョロロロ♪」
「ヒヒーン♪」
「グマァー♪」
動物達が口々にお礼の鳴き声を上げ、女の子に感謝します。
「ん♪」
女の子は動物達の食事風景をにこにこしながら眺めて楽しみました。
食事が終わったあとは横になって眠る熊さんに寄り掛かってお昼寝です。
金で出来た大岩の側で寝てるので防犯も完璧です。
そうして、人相の悪い男が部下を連れて戻って来て。
みんなでツルハシを使ってゼーゼーハーハー言いながら金で出来た大岩をトンカン、トンカン叩いて砕いて持ち帰れるようにしました。
「よし、てめえら撤収だー! 金塊だとバレねえように、しっかりと布で覆い隠しておけよ!」
「「「「「がってんしょうちのすけでさー!」」」」」
「おう、待たせたな森の精霊さんよお! 町へ行くんだろ? 一緒について来な!」
「ん」
「は? いや、なんで金塊積んだ荷車に乗るんだよ!?」
「ここがいい」
「マジかよ……」
「うん♪」
「「「「「ボ、ボスぅ……」」」」」
「ジャンケンで負けたチームが頑張って運べ」
「「「「「……うす(泣)」」」」」
一行が町に辿り着いた時、何台もある金塊を積んだ荷車のうち、女の子と金塊が乗った荷車を運ぶはめになった部下達はそれはそれは大変だったそうです。
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その後、人相が悪い男は金塊を売って手に入れたお金で豪邸を買い、そこに女の子を住まわせることに成功します。
男は女の子の機嫌を損ねたらマズいと思い、念の為、件の子ども達を豪邸に住まわせてあげています。
食事も自分が食べるものと同じ物を与えるよう雇った使用人達に言い聞かせているとか。
動機は不純ですが、為されていることは称賛されるべき立派なおこないですね。
そして、男は女の子のために世間に「叶えられる願いなら何でも願いを叶えてくれる森の妖精さんがいる」と噂を流して人を豪邸に呼び込み、女の子の欲求を満たしてあげました。
もちろん、男は願いごとを叶えてもらった人から成功報酬をもらっているのですけどね。
初めのうちは両者Win-Winの関係でした。
ですが、段々と女の子から笑顔が消えていきます。
男は焦って女の子に尋ねました。
「お前は願いを叶えることが趣味なんじゃないのか!? 毎日願いを叶える人数が多くて嫌になっちまったのか!? だったら毎日の人数を減らすから昔みたいに笑顔を見せてくれ!?」
その問い掛けに女の子はこう答えました。
「笑顔が見たいの。ありがとうの言葉が欲しいの」
それを聞いて男は思いました。
最近うちに来て願いを叶えてもらってる奴らはお得意さんばかりだったなと。
あいつらは女の子に願いを叶えてもらうことに慣れすぎて、女の子に願いを叶えてもらってもそれが当たり前のような顔で宝石の原石や、ここらじゃ採れない珍しい食材や薬草を受け取ってたなと。
「分かった。笑顔と感謝の言葉が欲しいんだな。じゃあ、1日に受け入れるお得意さんの数を極力減らして、まだお前に願いを叶えてもらったことがない奴をたくさん呼び込んでやるから、また笑顔を見せてくれ」
「ん」
それから男は今までの顧客相手には大幅に値を釣り上げて弾き、新規顧客の開拓に乗り出しました。
最初は格安で呼び込んで女の子を喜ばせたいと思いましたが、それをすると大量に客が押し寄せて来て捌ききれない、下手したら人死にが出るかもしれないと思い、それなりの価格設定で呼び込むことにしました。英断ですね。
「ふざけるな! 今までの金額の10倍だと!? ふっかけるのもいい加減にしろ!」
「それでは今回の話はなかったということでお引き取りを」
「貴様、覚えていろよ!」
バタンと荒々しく扉を閉めて悪い噂のある公爵様が帰っていきました。
「良かったの?」
「あの公爵様の御所望の品を出して、あいつがお前に笑顔と感謝の言葉をくれると思うのか?」
「思わない」
「なら、これでいいんだよ。気にすんな」
「うん」
今帰っていった公爵様はちょくちょく来て女の子に願いを叶えてもらっていましたが、笑顔と感謝の言葉をくれたのは1回目の時だけでした。
太客ではありましたが、公爵様と顔を合わせるたびに女の子の表情が曇ることに気付いたがゆえの、男なりの配慮でした。
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「いやぁ〜、本当にどうもありがとうございます! 死ぬ前に昔一度だけ爺様と一緒に食べたことがあるこの果実をもう一度だけ食べたいだなんて、うちの婆様が言うもんだからどうしたものやらと途方に暮れておったのですが、いやぁ〜、本当に助かりました。ありがとうございます!」
「ん、良かった♪」
「では、早くこれを婆様に持っていってやりたいので失礼させていただきます」
「ん♪」
「良かったな?」
「うん♪ 笑顔、大好き。ありがとう、大好き。心、ぽかぽかあったまる♪」
新規顧客をどんどん呼び込むようになって女の子が毎日笑顔でいてくれるようになったので、男も笑顔になりました。
最初はお金儲けのために女の子を森から連れ出して客の呼び込みをしていた男だったのですが、今客の呼び込みをしているのは全て女の子の笑顔を見るためでした。
豪邸で一緒に生活している者達も女の子の笑顔を見るのが好きになりました。
毎日幸せな生活を送ることができるのは女の子のおかげなのだから毎日顔を合わせたら、
「今日も幸せな1日をありがとう」
と女の子に笑顔で感謝しろと男に命令され、初めは若干嫌々挨拶をしていた者達も多かったのですが、豪邸の主である男がその言葉を言った時に見せる女の子の笑顔がそれはもう見惚れてしまうくらい可愛らしい笑顔だったので、次第に誰もがその笑顔を自分にも向けて欲しいと思うようになり、女の子と顔を合わせれば「今日も幸せな1日をありがとう」と言うようになりました。
また、そこから派生して何か手伝ってもらったら、優しくされたら、相手が誰であれ身分関係なく笑顔で「ありがとう」と言い合うようになりました。
女の子のおかげで、女の子の笑顔を守りたい男のおかげで、男の豪邸内は笑顔が絶えない、ぽかぽか空間になりました。
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けれど、新規顧客をどんどん呼び込めば呼び込むほど、客の質は下がっていきます。
もちろん、女の子も男も相手が貧民街の人間だからって蔑んだ目で見たりしません。
だって女の子の心の底からの笑顔を引き出すことができるのは、まだ望みを1回も叶えてもらっていない人間が望みを叶えてもらった時に見せてくれる心の底からの笑顔とありがとうの言葉なのですから、貧民街の人間を蔑むはずがありません。
けれど、貧民街の人間は衣食住が十分でないため、心に余裕がありません。
1人呼び込むだけできっと自分も自分もと大勢の貧民街の人間が押し掛けて来て豪邸を取り囲み、大変なことになってしまうでしょう。
そのため、男は貧民街の人間を対象にするのは最後にしようと思っていました。
と言っても、男は貧民街の人間を今までずっと見捨てていたわけではありません。
儲けたお金を使って人を雇い、貧民街のあちこちで炊き出しを実施していました。
ただし、それは無料でではありません。
貧民街で集めたゴミと交換です。
もしくは、男が雇った人間の用意した木材などを使って貧民街の雨漏りしてる家屋などの補修作業を手伝うといった肉体労働と引き換えにです。
無料に慣れてしまえば人はダメになります。
男はそれを知っていました。
男もかつては貧民街の人間です。
それで無気力になった人間を何人も見ています。
だからこそ、自分はああはならないぞと奮起してならず者達をまとめ、貧民街でのし上がることが出来たのです。
それに労働のあとのご飯は美味しいですからね。
こほん。
兎にも角にも、そういった理由で労働と引き換えに炊き出しが貧民街の各地で実施されていたので、貧民街の人間達からの男の評判は悪いものではありませんでした。
けれど、男がそろそろ貧民街の人間達を女の子の新規顧客として地区の端から順番に呼び込もうと思っていた時、事件が起きてしまいます。
貧民街の貴重な水源である多数の井戸に毒が投げ入れられ、多くの犠牲者が出てしまったのです。
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「ボス、まずいですぜ。貧民街の井戸に毒を投げ入れたのがボスの仕業だって噂があちこちで流れてやす」
「はあ? なんで俺がそんなことする必要があんだよ? んなわけねえだろ?」
「もちろん、そんなこと分かってやすよ。扇動してる奴がいるってんでツラ拝みに行ったら、ソイツがあの公爵様の屋敷に入っていくのを見ちまってですね……」
「あの公爵様ってあの公爵様か? うちにちょくちょく来てた?」
「そうでやす」
「たはー、マジかよ……勘弁してくれよ……」
「どうしやすか、ボス?」
「どうもこうもねえよ。とりあえず貧民街の毒の対処したら別の領地か隣国に移動だな。つーか、俺への恨みで自領の領民を毒で苦しめるか普通?」
「貧民街の人間を領民だなんて思ってないんじゃねえっすか?」
「んなこたあ分かってるよ。ただの愚痴だ愚痴。貧民街なんて俺が手ぇ差し伸べてなかったら去年の冬とか絶対大勢死んでただろ? あのクソ公爵、なんも施しもしてなかったじゃねえか?」
「そうなんすけどねぇ? でも貧民街の連中、公爵の手の者に踊らされてめっちゃボスにキレてるみたいっすから毒の対処するなら早めに動かないと──」
「「ご主人様、大変です!」」
扉をバンと開けて慌てて入って来た侍女達を見て男は溜め息をついてから尋ねました。
「今度は何だよ?」
「森の妖精様を監禁して私腹を肥やしてる成金野郎を殺せー!って口々に叫びながら貧民街の住人達が集団で松明を掲げながら、このお屋敷に向かって来ていると報告が!」
「監禁って、あいつは自由に姿消せるし、一度行ったことがある場所にだったら魔法使って転移できるから、ちょくちょく1人で森に帰ってるじゃねえか? 誰だよ俺があいつを監禁してるだなんて言い出した奴は……」
「お屋敷に来るたびに私達侍女やメイド達のことをいやらしい目で見てたあのクソ公爵様でしょうね! きっとご主人様に富と名声があるから、それを妬んでのことだと思います!」
「やっぱそう思うよな? はぁ、しょうがねえ。貧民街の人間達を怪我させるわけにはいかねえから、この屋敷は放棄する」
「もったいない気もしやすが、いいんですかボス?」
「暴徒に説法したって無駄だからな。こういう時は逃げるが勝ちなんだよ。なあに、あいつがいれば、どこ行ったってすぐにやり直しができるさ。あいつは今どこにいるか誰か知ってるか?」
「この時間でしたら、いつも子ども達と遊んでいたかと」
「分かった。俺があいつと子ども達の所に行くから、お前達は屋敷にいる奴らに声を掛けて裏門から方々に逃げるよう伝えてくれ。あと、こういう時が来ちまった時のことを考えて俺が配っておいたオリハルコンを持っていくのも忘れるなってな!」
「承知しました」
「かしこまりました」
「がってんでさー!」
そして、男は女の子と子ども達の所に移動して事情を簡単に説明し、すぐに裏門から出てこの町から出ていこうとしました。
けれど──。
「フハハハハハ! 日が暮れてもう真っ暗だと言うのに慌てて何処に行こうと言うのだね?」
裏門から出ると、町を出る門へと通ずる太い一般道で松明も灯さずジッと待ち構えていた集団がいて、その先頭で1人だけ馬に乗っていた男がそんな声を掛けて来ました。
「公爵……」
「最悪……」
男と女の子は、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている公爵様を目にしてうんざりしました。
「さあ、成金監禁野郎くん、どうするかね? 今ここで森の妖精様を私に寄越してくれるなら君と男達は見逃してあげようと思うのだがねえ? どうするかね? んぅ?」
「キモぃ……」
「女達はどうするつもりだ?」
「んぅ? そんなの決まっているではないか? 貴様に身も心も弄ばれた可哀想な侍女やメイド達、あと今君の後ろに隠れている可愛い女児達は私の屋敷に招待して私が直々に慰めてあげようと思っているよ?」
「俺のことを勝手に見境のない変態野郎扱いすんじゃねえよ。変態なのはそっちじゃねえか?」
「うん、めっちゃキモい。変態。ばっちい。消えて欲しい」
「お前、結構辛辣だな?」
「しょうがない。だってキモい。見てるだけで寒気がする」
「きき、きさ、貴様らぁああ!? ええい、やめだやめだ! やはり貴様はこの場でブチ殺してくれる! 兵士ども! 弓を構えよ!」
公爵様は女の子に蔑んだ目で見られた上、けちょんけちょんに貶されてしまったのでブチ切れてしまいました。
どうやら公爵様は蔑まれた目で見られて罵られることを悦ぶ変態さんではなかったようです。
「こいつの言ったことを俺のせいにすんのはやめて欲しいんだが、そんなこと言ってる場合じゃねえな。おい、なんとかしてくれ? 自分で蒔いた種だろ?」
「うん、わかった」
ゴトリ。
と音がして公爵様や矢をつがえて弓を構えている兵士達の足元に拳大の金塊が3つずつ落ちていました。
「なんだ今の音?」
兵士達は自分の足元を見下ろし、絶叫します。
「うぉおお!? きき、金塊だぁああ!?」
「すげー!? えっ、これ全員の足元に落ちてるんだから、これは俺の分ってことで良いんだよな!?」
「そんなの当ったり前だろ!? うひょー!? これを売ったらいくらの金になるんだろうな!?」
兵士達はみんながみんな、弓矢をほっぽり出して地面にしゃがみ込み、拳大の金塊を拾い始めます。
すると、馬から降りて自分の分の金塊を拾って懐にしまった公爵様が周りにいる兵士達に向かって叫びます。
「貴様達、何をしている! それは全て私の物だ! 今すぐ金塊を拾うのをやめて弓を構えよ! 今回の任務が終わったらその金塊1つぐらいならくれてやるからきちんと仕事をせんか馬鹿者がー!」
兵士達は公爵様の言葉を聞いてブーブー不満の声を上げながらも再び矢をつがえて弓を構えてしまいました。
「おい、なんか駄目っぽいぞ? ってか、なんであいつの馬がここにいて、お前は餌をくれてやってんだよ!?」
「呼んだから? だって馬に罪ないもん」
「おま、今の状況わかってんのか?」
「うん、わかってる。任せて」
「じゃあ任せるぜ、相棒」
「うん。私、あなたの相棒。ちゃんと守ってあげる」
「それはそれで自分が情けなくて涙が出てくるんだけどな……」
「ええい、貴様らは何をイチャイチャしておる!? やはりアレなのか!? ふたりはそういう関係だったのか!? 毎晩毎晩ふたりでお楽しみなのか!? なんとけしからん! ムフー! ムフー!」
「ほんとキモくてイヤ。でも、がんばる」
「おう、頑張ってくれ」
「ねえ、キモいおじさん? もっと金欲しい?」
「キ、キモいおじさんだとー!? ぐぁあああ!? ムカつく! ムカつくが今は我慢だ我慢ぐぬぬぬぬ……。ふぅ。も、もちろんだ! 数え切れないぐらい大量に欲しいぞ!」
「弓で私の相棒狙ってる兵士さん達も、もっと金欲しい?」
女の子がそう尋ねると、兵士達は全員首を縦に振りました。
「そんなに欲しいなら、数え切れないぐらい金を降らせてあげる」
女の子がそう言うと、空から金貨の雨が降って来ました。
正確に言えば、王様の顔が彫られている金貨ではなく丸くて薄い金貨の形をした金の雨が、ですが。
「おぉおおおお!? 金貨の雨か!? 金貨の雨なのかー!? 凄い、凄いぞこれはー!? もっとだ! もっと金貨の雨を降らせてくれー!」
「すげえ、すげえ!? これなら少しどころか大量にちょろまかしてもバレないよな!?」
「ひゃっほー! でけえ麻袋持ってた俺様、超ついてるぜ! 袋に詰めるだけ詰め込んで、これで借金返してこの町からトンズラだぜー!」
公爵様や兵士達は勢いを増して落ちて来る偽金貨の雨に大興奮。
偽金貨の海に浸かって恍惚とした表情を浮かべていたり、偽金貨の山の上に寝っ転がって目を瞑り偽金貨の雨に打たれることを喜んでいたり、兜や鎧、具足を脱いでその中に偽金貨を詰め込めるだけ詰め込んだりと大忙しです。
「ありがとな、相棒。んじゃ、今のうちにみんなで逃げるか?」
「うん」
「ほら、お前達! 先に行け!」
「ですが、ご主人様!?」
「はあ!? 何言ってんだよボス!?」
「こいつの姿がここから消えちまったら、アイツらが慌てて追い掛けて来るだろ? 俺達はお前らが全員逃げたらすぐに追い掛けっから早く行け!」
男はそう言って子ども達と、騒ぎの間にやって来ていた屋敷の者達を大通りではない脇道へと逃がしました。
全員が逃げたことを確認してから男と女の子もあとを追って逃走を開始します。
けれど、少し経って男と女の子の姿が消えていることに公爵様が気付いてしまいました。
「ぬっ!? あやつら、いつの間にあんな遠くに!? 誰でもいい! 報酬は思いのままにくれてやるから誰かあの成金監禁野郎を射殺すのだー!」
「はっ! 私にお任せを!」
「手柄は俺のもんだ! 喰らえー!」
「くそ、俺だって!? 当たれ、こんちくしょー!」
公爵様の呼び掛けに近場にいた兵士達が反応し、我先にと弓を構えて矢を飛ばし始めます。
そして──。
「がはっ!?」
山なりに飛んで来た何本もの矢が男の背中へと全て突き刺さり、男は地面に倒れてしまいました。
「相棒!? やだ!? なんで!?」
女の子は倒れて動かない男を見て悲鳴を上げます。
「よくやったお前達! すぐに森の妖精様を確保しろ! 報酬は期待していいからな!」
「許さない。絶対に許さない!」
女の子は両手を頭上に掲げました。
「なんだ? 急に暗く……」
公爵様は月が雲に隠れでもしたのかと思って頭上を見上げました。
「っ!?」
その直後、公爵様や兵士達は全員空から落ちて来た、巨大隕石みたいに馬鹿でかい金塊に押し潰されてしまいました。
自業自得ですね。男と女の子を見逃してあげていたら一夜にして巨万の富を築けていたはずなのに……。
「ご主人様死なないでください!? ご主人様ー!?」
「ボス、しっかりしてくだせい!? こんなところでおっ死んじまうなんて駄目でやんすよ!?」
「おじちゃん死なないでー!?」
「森の妖精ちゃん、おじちゃんを助けてあげて!」
「森の妖精様、どうかご主人様をお助けください!」
「嬢ちゃん頼む! どうかボスの命を助けてくれ!」
屋敷の者達が口々に懇願の言葉を口にします。
邪魔者達を片付けた女の子は振り返って男の側にしゃがみ、男の身体に刺さっている矢を転移魔法で取り除きながら、こう宣言します。
「任せて。絶対に死なせない」
女の子は食せばたちどころに傷が全快する黄金の果実を手に出現させました。
「相棒、これ食べて?」
女の子は男を仰向けにして上体を起こしてあげながら、そう懇願します。
けれど、意識が朦朧としているのか男からの返事はありません。
「むぅ……こんな形での は不本意。でも相棒のためだから仕方ない。あとで慰謝料請求するから覚悟して」
女の子は覚悟を決めるとすぐに黄金の果実をムシャムシャ食べて口の中で咀嚼し、男に口付けをしました。
すると、口移しで渡された食塊を男が飲み込んだのか、男の喉がゴクンと鳴ります。
「ぷは♡ ん。ちゃんと飲み込んだみたい。きっともう大丈夫」
「ん……俺は……」
「目が覚めた相棒?」
「お前が助けてくれたのか?」
「うん。これ食べてって声掛けても相棒が起きなかったから口移しで食べさせて助けてあげた。感謝して欲しい」
「くくく、口移しだーあ!? マジかよ!?」
「うん、マジ」
「マジかぁ……」
「何? 助けてあげたのに文句あるの?」
「いや、ない。ないんだが……まあいいか。助けてくれてありがとな、相棒!」
男はニカッと笑顔を浮かべて女の子に感謝しました。
男は人相が悪いので笑顔を浮かべても、ちょっと怖いです。
ですが、女の子は男の人相が悪いのにはもう慣れっこなので気にしません。
心の底からの笑顔と感謝の言葉に女の子の心は満たされます。
「乙女の初キッスは貴重なの。だから責任取って欲しい」
「せ、責任って、お前は俺に何させたいんだよ?」
「相棒のお嫁さんにして欲しい」
「はあ!?」
「相棒のお嫁さんにして欲しい」
「マジで? 俺、おっさんだぞ?」
「私、見た目女の子。でも相棒より年上。だから問題ない」
「マジか……」
「うん。マジ。だからお嫁さんにして?」
「だ、だけどいきなりそんなこと言われてもだなあ?」
「いいじゃねえっすか、ボス! 幼妻とか最高じゃないですか!」
「『幼妻最高』じゃねえよ!? こいつはこの見た目なんだぞ!? こいつを俺の嫁にしたら俺のほうが年下なのに俺がロリコン扱いされちまうじゃねえか!?」
「いつも相棒のお願い聞いてあげてるのに、相棒は私のお願い聞いてくれないの?」
「うぐっ!? そ、それを言われると困るんだが」
「ご主人様、いいではありませんか? ご主人様から迫っているわけではないのですし、ご主人様より年上の森の妖精様がそれをお望みなのですから」
「そうですよ、ご主人様! 乙女の初キッスを奪ったのは重罪です! 大人しく罰を受け入れて森の妖精様をお嫁さんにしてあげてください! ぷふっ♪」
「おま、今笑っただろ!? それ絶対に楽しんでるだけだよな!?」
「わかった。お嫁さんを要求するのは一時撤回してあげる。代わりにこれ食べて?」
「なんだ、この果実?」
「いいから食べて。食べないなら私をお嫁さんにしなきゃ駄目。呪う」
「呪うとかやめてくれよ!? こえー女だな!? わーったよ! これを食べれば良いんだろ! これを食べれば!」
そう言って男は女の子から手渡された果実にやけくそ気味にガブリとかぶりつき、ムシャムシャと全部食べてしまいました。
「ん。これで準備オッケー」
「は?」
女の子の口から不穏な言葉が出たので男は硬直しました。
するとその直後、男の身体がみるみる縮み始めてしまいました。
「ご、ご主人様の身体がドンドン小さく!?」
「なるほど、そういうことでやんすか。森の妖精様、マジぱねえっす」
「きゃー♪ ショタ化来たー♪」
「な、なんじゃ、こりゃあああ!?」
男はショタになってました。
「ぷぷぷ♪ ご主人様、そのお姿なら森の妖精様をお嫁さんにしてもロリコン扱いされないで済みますよ! 良かったですね! ぷふっ♪」
「おま、お前なぁあああ!?」
「うん、これでお揃い♪ 問題は消えた。完璧♪」
「お前、さっきお嫁さんを要求するのは一時撤回してあげるって言ったじゃねえか!? あれは嘘だったのかよ、おい!?」
「嘘じゃない。ちゃんと一時撤回した。だから今改めて要求するね? 私を相棒のお嫁さんにして? そしたら、元の大きさに戻れる果実プレゼントしてあげる。ちなみに離婚は許さない」
「詰んでるじゃねえか!?」
「詰んでないよ? その姿のままなら、お嫁さんにしてくれなくても大丈夫」
「マジか!? なら、俺はこのままガキの姿で」
「でも、一生子どもの姿のまま。私と同じ♪」
「は?」
「ボス、もう諦めましょうや。森の妖精様にロックオンされちまったみたいですから逃げられやしないですって」
「そうそう、人間諦めが肝心ですよ、ご主人様! ぷふっ♪」
「あっ、ご主人様! ここでいつまでも、のんびりしていたら不味いのではないでしょうか!?」
「そう言えばそうだったな!? 貧民街の連中がやって来ちまうから逃げなきゃいけないんだが、さて、どこに逃げたら」
「私、いい場所知ってる。そこなら安全」
「さっすが森の妖精様! 私達どこに行けばいいんですか?」
「森の奥にある魔物の森」
「「「「「えっ!?」」」」」
「おま、そこのどこが安全なんだよ? まったく安全に思えないんだが?」
「大丈夫。あそこの魔物。みんな私のお友達」
「さ、流石、森の妖精様ですね! 森の妖精様だから魔物の森の魔物達もおと、お友達だなんて! あは、あはははは」
「ま、まあ、どこ行っても長くいれば、ここで起きた出来事を繰り返すはめになるだろうからな。それも有りか。よし! じゃあ、みんなで行くか! あっ、魔物が怖いから行きたくないって奴は無理してついて来ないでもいいぞ? 渡しておいたオリハルコン売れば、一財産になるはずだから──」
「ボス、ついてかない奴なんて誰もいないと思いやすぜ? なあ、みんな?」
男の部下がそう尋ねると、全員がうんうんと頷いた。
「よーし! じゃあ、魔物の森目指して出発するぞー!」
「「「「「おー!」」」」」
「すんげー魔物が出て来ても、しょんべんとか漏らすんじゃねえぞ!」
「相棒、下品。最低」
「ごめんなさい」
「ぷっ♪ あははははは♪ ほんと、ご主人様って最低ですよね♪」
「うん、最低。お嫁さんにしてって言ってるのにしてくれないし」
「だー!? もーその話やめてくれよ!? 向こうで落ち着いたら、ちゃんと考えるからさ!?」
「なら許す。行こ? ダーリン?」
「ダダダ、ダーリンぅううう!?」
「ん♪ ダーリンはダーリン。じゃ、みんな行くよー?」
「「「「「はい、森の妖精様!」」」」」
こうして男と女の子とその仲間達は森を抜け、その先にある魔物の森へと辿り着き、そこで一生平和に暮らすことになるのでしたとさ♪
おしまい♪
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(ちなみに、森の妖精様があちこちの井戸に黄金の果実をすりおろしたものを大量投入したので毒の犠牲者は元気になってます♪)