【アビゲイル】 自己紹介 【漫才】
「どうも~、安部登志夫で~す!!」
「どうもぉ、後藤繁です」
安部登志夫は30歳のしょうゆ顔で、七三分けだ。ほっそりしているが背は低く紺色のスーツを着ている。
後藤繁はスキンヘッドでロイド眼鏡をかけた30歳だ。全体にふっくらとまるっこい体格でこちらも紺色のスーツを着ていた。登志夫のほうが繁より頭一つ低かった。
「二人素敵なアビゲイルゥゥゥゥゥ!! アビビビビビビビビ!!」
二人は両手を突き出して、先ほどのセリフを叫んだ。
「いやー、今日はうちらが結成した話をしま~す。まずアビゲイルの名前は俺が安部で、こいつが繁。二人そろってアビゲイルになるんですよ。だから誘ったんです」
「ちょいまてや!! 俺の名前が繁だから誘ったんかい!!」
繁が突っ込みを入れた。
「当然だよ。だってアビゲイルは俺にとって大事な名前ですからね。これは運命を感じましたよ。二人は小指と小指に赤い糸が繋がっていると確信しましたわ」
「なに気持ち悪いこと言ってんだよ。じゃあ何か? 俺たちは将来教会で結婚式をするってのか?」
「いいですねぇ。俺がタキシードで君がウェディングドレス。そして君がお姫様抱っこしてくれるんですね」
繁怒鳴る。
「なんで俺がウェディングドレスなんだよ、しかもお前を抱っこすんのか!! 逆だろう、お前が俺を抱っこしろよ!!」
「いや~、私はもう年なんですよ。ごほごほ……。今日は町内会のゲートボール大会に出るんじゃよ」
登志夫わざとらしく咳をする。
「年寄りの真似すんなよ!! しかも今時のおじいちゃんたちはゲートボールしないだろ!! つーか、話が脱線しとるわ!! うちらのコンビ名の話をしろよ!!」
「ちっ、これだから真面目ちゃんは頭が固いんだ。固くなるのは股間だけにしてくれよ」
登志夫舌打ちする。繁は登志夫の胸を叩く。
「何切れてるんだよ!! さっさと話を戻せ!!」
「そうですね。実はアビゲイルは昔読んだ漫画のキャラなんですよ。ほれエロなファンタジー漫画があっただろ。俺たちが生まれる前のやつ」
「おお、俺も読んだことあるわ。確かにアビゲイルってキャラはいたなぁ。確か最初は敵だったっけ」
繁懐かしそうにうなずく。
「作中にアビゲイルが私素敵なアビゲイルゥゥゥゥゥ、アビビビビ!! ってコマいっぱいに顔でかく出て笑いながら叫ぶシーンがあるんだよ。それが先ほどの前口上につながるわけさ」
すると繁は首を傾げた。
「ちょっとまてや。俺もその漫画読んだことあるけど、そんなシーンなかったぞ。お前の記憶違いじゃないのか?」
「その通り、今の話は捏造なんですね」
「捏造かい!!」
「実はスマホのゲームで、アビゲイルという女の子がいましてね。僕は無課金で遊んでましたが、その子を見た瞬間、私素敵なアビゲイルってせりふが思いついたんですよ。なんとなく漫画のほうのアビゲイルも言ってそうだと思いませんか」
「思わんわ!! お前の想像力すごすぎるわ!!」
「想像力は無限ですよ。妄想は金のかからない娯楽ですからねぇ。昔クラスメイトの女の子とデートする空想してましたよ」
「空想ですか。確かに思春期ならそういうこともありますね」
「で、最後にラブホテルに行って、バッコンバッコンするんですよ。そんでもって朝の登校時にその子を見て、朝日は何色に見えたと尋ねたら、虫を見るような目で見られましたねぇ」
登志夫は腰を振った後、嘆き悲しむしぐさをする。
「この馬鹿! 妄想を口にしたら嫌われるのは当然だろ!!」
「でも今ではその子、私の女房なんですよ。毎晩看護師やバニーさん着せてハッスルしておりますわ」
繁大きく口を開けて驚く。
「えーーー!! お前の奥さん、小学校の同級生って聞いてたけど、そんななれそめがあったのかよ!! つーかなんで結婚できたんだ!!」
「君だって奥さんいるだろ? 結婚してくれなきゃ死んでやるって言ったそうじゃないですか」
「違うわ!! 結婚しないと殺してやると包丁喉に突き付けられたんだよ!!」
「うーん、ほほえましいエピソードですねぇ。笑顔がこぼれますわ」
登志夫わっはっはと腹を抱えて笑う。
「笑うところじゃないだろ!! とはいえ今の妻とはうまくやっておりますね。というかまた話脱線してますよ。コンビ名の由来はわかったけど、なんで俺を誘ったのさ?」
「実は高校時代、定年間近の先生に俺はエノケンに似てると言われたんよ」
「エノケンて誰だよ?」
「榎本健一という昭和の喜劇王がいたらしいんですわ。先生はエノケンの映画をよく見ていたらしいですよ。動画サイトにはエノケンの歌がたくさんありますわ。しかも声も似てると言われたんですよ」
「そうだったんですか。それと俺と何の関係があるんだ?」
「君のまるっこい顔がロッパに似ていると思ったんだよ。ロッパってのはエノケンと並ぶ芸人なんですわ。スキンヘッドにロイド眼鏡をかけたおっさんですよ。なんとなく似てるでしょう?」
繁、登志夫の胸を叩く。
「観客の皆さん、わかるわけないだろ!! しかもお前が俺にスキンヘッドと眼鏡着用強要したのはそれが理由かよ!!」
「その通りでございまーす」
登志夫胸を張って高い声で言う。
「むかつくなぁ!! というかエノケンとロッパはコンビ組んでたのかよ!!」
「組んでないよ。二人はあくまでピンでしたからね。昭和の喜劇はこの二人が有名だったんですよ」
「というか昭和生まれでもエノケンとロッパ言われてもピンとこないだろ!! なんで二人のキャラに合わせたんだよ!!」
「担任の先生たちは文化祭でカラオケの審査しただろ? でも流行歌知らないから得点低くされたじゃないか。芸能界は老人が占めているから、昭和の芸人に似せたら受けると思ったんだよ」
「あほか!! 芸能界を学校の先生たちと同じにすんなや!! そんな古い人知っている人いないだろうが!!」
繁怒る。登志夫は平然としていた。
「繁くん、今はSNSの時代ですよ? 検索すれば昭和はおろか大正時代の動画も登録されているんです。昔はネットはなかったから知名度は低いけど、ネットのおかげでエノケン、ロッパを知っている若い人はいるんですよ。主に40代か50代くらいの人に」
「いやいやいや、若い人に受けなきゃだめだろ!! というか俺たちの自己紹介ぐだぐだじゃねぇか!! お客さん白けているぞ、どうするんだよ!!」
「はっはっは。繁くん、私が何の策もなくここにきていると思っているのかい? 私にはとっておきの秘策があるのだよ」
「本当か? じゃあ見せてみろよ」
すると登志夫はポケットからスマホを取り出す。
「えーっと今日のトレンドは石破ラブラブ天驚拳、セバスチャン、菊一文字……」
「そりゃSNSのトレンドを口にしとるだけだろうが!! しかも数分後には消えとるわ!!」
繁、登志夫の頭をたたく。
「「それでは失礼しましたー!!」」
アビゲイルのモデルは漫画バスタードです。
実際に私素敵なアビゲイルといったセリフはありません。たぶん初期の敵キャラの笑いとアビゲイルがごっちゃになっています。
幼少時の記憶がごっちゃになり、作中にないせりふを捏造することってあるよね。
アビゲイルのモデルは安部登志夫は榎本健一で、後藤繁は古川禄破です。
現代と昭和の喜劇王のミスマッチを狙ってみました。
実は2023年のテレビドラマ「ブギウギ」でタナケンというエノケンのモデルが出るそうです。生瀬勝久氏が演じるそうです。
笠置 シヅ子をモデルとしたドラマですが、エノケンとかかわりがあるとは思いませんでした。