中編
「……。アシェル、なんであなたも来たの?」
「姉上が心配で。あの辺りあんまり人も住んでなくて物騒だそうですし」
レイラはアシェルと二人、馬車でサルサウ村への魔法使いのもとへと向かう。もう夜も更けているので、男性であるアシェルが居てくれるほうが安心と言えば安心、とレイラは思った。
「……姉上はさ、アイザック殿のことどこを好きになったか分からないけど好きなんでしょう」
「……そうよ。いつから好きかは分からないけど、多分出会った時から……一目惚れというやつなのかしら」
アシェルが先刻の話を掘り返してくる。
レイラはアイザックのことを思い出すと泣きそうになるからやめてほしいと感じたが、それもあと少し、サルサウ村に行けば解決できる。
「……。それはすこしおかしいと思うんだ。姉上が婚約したばかりのころ、姉上はアイザック殿のことを嫌がっていた。婚約を破棄したい、と何度も俺に言っていました」
「え……?」
アシェルが奇妙なことを言いだした。
(私がアイザック様との婚約を嫌がっていた……?)
そんなこと、レイラは全く記憶にない。
「でも、ある日なぜかいきなり、アイザック殿のことを好きになったみたいで、その変わりように俺はびっくりしました。何か好きになるような切っ掛けがあったのか聞いたけど姉上は教えてくれなかった」
「……そうだったかしら……」
そんな会話をしている内に、サルサウ村に着いた。森の前で馬車を止めると、アシェルにエスコートされながら森の中に入る。しばらく歩くと、噂通りの場所に魔法使いジョアンナのものらしき家がポツンと建っていた。
扉を叩きながら「すみません」と声をかける。
しばらく経つと、ギイイと軋んだ音を立てて、扉が開かれた。
「はいはい、どちら様……」
出てきたのは、黒髪を後ろに束ねた妙齢の美しい女性であった。女性はレイラの顔を見ると、少し眉を顰めた。
「夜分遅くすみません、魔法使いのジョアンナ殿にお願いがあり、訪問させていただきました。失礼ですが、ジョアンナ殿でお間違いないですか」
アシェルがそう聞くと、その女性は肯定した。家の中に通され、部屋の中央にあるテーブルの脇の椅子に座るよう促された。ジョアンナはレイラ達の向かいの椅子に座ると、煙草に火をつけ一服した後、口を開いた。
「どんな魔法が欲しいの? どうやら貴族様っぽいけど……。結構うちはいい値段とるよ」
「いくらでも構いません。……人の心を操る魔法は作れるでしょうか?」
レイラは緊張しながらジョアンナに問う。
「ああ、惚れ薬とか? 最近そういう依頼多いんだよね」
「いえ、違います……。逆に恋心をなくす薬、というものは作れますか?」
「恋心をなくす……?」
ジョアンナは意外だったのか目をぱちくりとさせた。
「難しいでしょうか?」
「いや……、確か数年前にも似たような依頼を受けた記憶がある。できるよ」
「本当ですか!」
レイラは喜びを隠せない。これで、レイラのアイザックへの叶わぬ恋に焦がれ苦しむ日々も終わる。
「私の魔法はね、物に込めるんだよ。アクセサリーとか、普段身に着けているものが一番効果があるんだ。何かある?」
「アクセサリー……。これはどうでしょうか?」
レイラは首に着けていたネックレスを外して、ジョアンナに見せた。
このネックレスはレイラが幼い頃、王都の露店で偶然見つけて買ったもので、高価なものではない。侯爵令嬢が身に着けるには少し安っぽいかもしれないがとてもお気に入りで、以来ずっと身に着けている。
「……どれどれ……」
ジョアンナはレイラからネックレスを受け取ると、まじまじと観察した。次の瞬間、レイラの顔を勢いよく見る。
「えっ……なんですか」
「ああ思い出した。何か見たことある顔だって思ってたんだよね。……貴女、前にも私に依頼にきたことあるよね。その時にもこのネックレスに魔法を込めた」
「ええ……!?」
レイラも隣に座っているアシェルも、ジョアンナの発言にびっくりする。
(……何を言っているのかしら? ……過去に私がジョアンナさんに魔法の依頼にきた?)
「……姉上、そうなのですか?」
「い、いえ……私は知らないわ。ここを訪れるのも初めてだし……。ジョアンナさん、何か思い違いではないでしょうか?」
ジョアンナはレイラの質問には答えず本棚にあったファイルをいくつか取り出し、机に置いた。年度ごとにまとめられたそれは、どうやら過去に受けた依頼の記録のようだった。
「えーと……確か……四年前くらい? ……あった、これだ」
ジョアンナはパラパラとファイルを捲ると、目当てのページを見つけたようだ。
「ふむふむ。……ああ、貴女が覚えてないのはしょうがないね。それもこのネックレスに込めた魔法の一つだから」
「魔法の一つ……? 姉上は以前、ジョアンナ殿を訪ね、何の依頼をしたのですか?」
アシェルがジョアンナのほうに身を乗り出して聞くと、ジョアンナはアシェルの顔をまじまじ見て言った。
「あなたは、彼女……レイラ・クラークさんの義理の弟アシェルくん?」
「? ……はいそうですが」
レイラは、自分達がジョアンナに名乗っていなかったのを思い出した。しかし、今名前を呼んだということはその過去の記録にレイラとアシェルの名前が記されていたということになる。ということは、レイラが過去にジョアンナに依頼をした、という信憑性が深まってきた。
「うーん……。一応私にも守秘義務があるからなあ。勝手にレイラさんの依頼内容を、弟くんとはいえ教えるわけには……」
ジョアンナはレイラの顔を窺うようにちらりと見た。そしてレイラを手招きし、横に座らせると、アシェルの位置から見えない角度でファイルを開いて見せた。
(えーと……『かけた魔法は三つ。まず一つ目の魔法は……』)
ジョアンナに見せられたファイルの内容を読み進めると、レイラの顔から汗が噴き出した。
「え、なんですか姉上。どんな依頼内容だったのですか」
アシェルがファイルを見ようとレイラの側に寄ってくるので、レイラは慌ててファイルを閉じ、ガードするように胸に抱えた。
「い、いやいやいや……ちょっと待って……」
(――何、何なのこの内容は!!)
レイラは赤くなるやら青くなるやらで、もう顔色はほぼ紫だ。冷や汗がだらだらと流れてくるのを感じながら、アシェルがファイルを取り上げようとするのを必死に逃げ回った。
しかし、(他人の家にいうことではないが)ここは狭い室内。もみ合っている内に机に置かれていたレイラのネックレスが床に落ち、あろうことかレイラはそれを踏んづけてしまった。
「あ……ネックレスが……」
慌てて足をどけるとネックレスの安物のルビーが無残に割れてしまっている。
「あ、姉上……申し訳ありません」
自分がファイルを取り上げようとしたせいで、レイラのお気に入りのネックレスを壊してしまう結果になったと思ったのであろう、アシェルが謝りながらレイラの肩に手を置いた。
瞬間的に、レイラはその手をバシッと振り払う。
「……姉上?」
手を振り払われたことにびっくりしながらも、アシェルは俯いているレイラの様子を窺ってくる。
「ちょ、待って。見ないで、今私の顔、おかしいから……」
アシェルが心配そうにしながらも、少し強引にレイラの顔を上げさせた。
「……姉上、熱でもあるのですか?」
真っ赤になっているレイラの顔をみて、アシェルは訝しみながら問いかける。
「あー、ネックレスが壊れたから魔法が解けちゃったんだねえ」
ジョアンナが煙草を吹かしながらのほほんと言った。
「…………。姉上、貸してください」
「あ、ちょっと!」
アシェルはレイラからファイルを取り上げると、ぺらぺらと捲り先程のページを探し当てる。
レイラはもうどうしたらいいか分からなく、俯くしかなかった。
次で完結予定です。
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