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死は救済って本当ですか?  作者: 宇佐見レー
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第零話『転生』

死が救済ではない、の答えってきっと今この場で生きて、何かをしている人にしか分からないんだと思います。

 命題、死は救済でない。

 反命題、死は救済である。

 総合、生きている者にしかわからない。


 まだ風が冷えていて冬の残り香が漂ってる頃合い、私はとある十階建てのビルの屋上で手の油分を奪う紙に幾度も指の腹を当てて、ひらりと桜花が舞うような力でページを捲っては架空の世界へ入り浸っていた。

 けれどどんな物語にも終わりがあるのが常である。

 最後のページを読み終わり、現実に戻ると空を仰ぎ、太陽の位置を確認しながら物語の余韻に肩まで浸かり、手にしている読み始めて二冊目の小説を小さな溜息を吐いてぱたと閉じる。

 読み終えた小さな絶望感は現実へと戻って来た証拠、だがそれ以上に鬱屈として閉じ塞がった世界観が売りのこの作品からの解放感というのが強く勝り、これから去ろうという現実がどこか希望に満ち溢れているようにも思えてしまう。

……きっと何十年経とうが私にはできない芸当で、誰かに影響を与えるほどの物は書けないし描けない。

 才能というのは生まれ持った能力なのだ。

 凡才を代表とする私が一から三であれば、天才は生まれ持って八から十の能力を持っているとする、そこで長い年月をかけて努力を重ねた凡才が得れるのは、八から十の能力でしかない。

 一見、追いついてるように見えるが天才が努力をしない訳がなくて、そんなことすらわかっていない馬鹿ほど、努力をすれば報われる、と凡才に言う。

 だから凡才は更に努力をするが、天才だって努力をするのだ、とっくに二十、三十以上の能力を手にして、遥か頭上にいる。

 私は――――私は、疲れてしまった。自身の才覚の無さに、社会に溶け込めない無能さに。

 二十年以上は頑張って生きれた。それ以上に何を求めればいい? その二十年以上、漫画を描き続けれた。デビューという夢を追いかけて、精一杯自分勝手なことができた。

 だから、もういいはず……

「三冊もいらなかったな」

 改めてスマホを見れば時間もいい頃合いで、体育座りで固くなった体の節々を気にかけつつ、無意識に手にしていた三冊目をコンクリートの床へ、私がいない間に雨に降られないことを祈っては、そっと置く。

 そして、転落防止用の柵が置かれた屋上の縁へ近づく。

 コートを脱ぎ、靴を脱ぎ、長い髪を縛っていた髪留めを振り払い、柵を跨いだところで風が吹いた。興奮状態だから感じないのか、まるで私の全てを肯定してくれているかのような、温かく心地の良い風だ。

 目を細め、束になっていた髪をぱらぱらと解すその風が吹き終わると、柵の向こう側に立った私は下を覗く。

 狙い通り、人通りが増えていた。

……きっと他人からすれば迷惑だろう。私が誰かを巻き込むつもりでこの場所に立ち、時間帯を選んだのだから。

 だけどそんなことはもう心底どうでもいい。

 他人と接し、他人のことを考え、他人の為に仕事をしてきたんだ、今、この瞬間程度どうでもいいんだ――――

――――絵を書くのが好きでした。

 文字を読むのが好きでした。

 英雄が英雄たる物語が好きでした。

 青春の心を突き刺すような痛みを甘さや酸っぱさに例えるのが好きでした。

 悪に堕ちながらも自身の正義だけは曲げない悪党が好きでした。

 正義とは何か、何が正しいのか問う物語が好きでした。

 命を賭して誰かを守り、犠牲になる物語が好きでした。

 自身の人生に懊悩し、足掻く物語が好きでした。

 無償という気球で愛を囁き、ただ何も怒らない物語が好きでした。

 これから死に救済を求め、自死を選ぶ私の物語を誰か好きになってくれますか。

 いないでしょうね。


 誰かが飛んだ私に気づき、叫ぶ。

 誰もが私を見て、恐怖した。だが、私にとって不幸ながら、私の体は誰にも当たることはなかった。

 神などという曖昧な存在の思惑通りか、群衆の合間を縫った。

 痛みなどという低俗な次元を超え、一番星のように白く瞬く生暖かな奥底、背中を天に向けながらも空を仰ぎ見た私は、天の川がうなり、うねるのを三度のまばたきと共に願っては歌った。

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