お父様には追放され、お母様には追放され、お兄様には追放され、婚約者の殿下にも追放されてしまいました! ああ追放追放追放追放! それでは私は第四の壁を追放しますわ!
「メアリー! お前を我がクラーク公爵家から追放する!」
「メアリー! 貴女を追放します!」
「メアリー! クラーク公爵家嫡男として、お前を追放する!」
武を尊ぶ“猛き火の国”においてすら、最も猛き業火と謳われるクラーク公爵家の執務室で、愁嘆場が起こっていた
全員が美しい金髪碧眼の持ち主だ。当主のヘンリーは筋骨隆々な獅子、嫡男であるジュードはそれよりもしなやかな豹のようで、まさに武人といった佇まいだ。
そして公爵夫人であるエルシィは、猛き火の国で、その美貌の虜にならなかった者はいない程の美女である。
「お父様、お母様、お兄様。お世話になりましたわ」
そんな三人が顔を真っ赤にして睨みつけているのは、つい先ほどまで彼らの家族だっただけはあり、美しい令嬢だった。
名をメアリー。化粧をしていないのにその肌はシミ一つなく、大きな瞳はあどけない少女のようだが、顔立ちと服の下に隠されたラインは妖しい女そのものであり、その齟齬が見る者によって全く違う印象を与えていた。
そして、既に猛き火の国の王子との婚約も決まっていたため、メアリーの将来は光り輝いていた。筈だった。
「メアリー! 君との婚約は破棄させてもらう!」
「はいアーチボルト様」
突然部屋に乱入してきたメアリーの婚約者にして、猛き火の国の第一王子アーチボルトが、彼女を指さしながら婚約破棄も突きつける。それにメアリーは頷くしかない。
アーチボルトは、美しいメアリーと並び立っても見劣りしない凛々しい青年だが、彼女に対して恋愛感情はなかった。それどころか、他国の姫と相思相愛の仲であり、メアリーとの婚約は不要なものだった。
だがそれにしても、今まで交流があったメアリーに、いきなり婚約の破棄を宣言するのはあんまりである。
「国王陛下からの王命も伝える! メアリーを王宮から追放せよとのことだ!」
「王命、確かに受け賜わりましたわ」
アートボルトが王命を伝えるが、これまた悲惨である。メアリーは王がいる王宮には住んでいないのに、そこから追放されてしまったのだ。
「ではメアリーは、追放されます」
メアリーがスカートを摘まんで一礼する。ここにメアリーの追放が成立してしまった。
「ざまあ。ですわ」
その後のざまあも、メアリーがざまあと宣言したことで成立した。
「メアリーーーー! 寂しくなったらいつでも帰って来るんだぞおおおお!」
「敷地を出たらすぐ戻って来なさい」
「父上、母上。それでは意味がありません。だがメアリー、兄も心配していることを忘れないでくれよ」
「いつでも王宮に遊びに来てくれ」
父のヘンリーは顔を真っ赤にして号泣する。
母のエルシィはメアリーを抱きしめる。
兄のジュードはそんな両親を困ったように見ながら、メアリーを気遣う。
元婚約者アーチボルトは友人であるメアリーなら、王宮の門はいつでも開いていると伝える。
メアリー・クラークは生まれながら全ての栄光を約束されていた。
スキルや魔法、特殊なスキルが存在するこの世界において、メアリーは当たりの中の当たり、スキルの中のスキルを持って生を受けたのだ。
そのスキルの名は“追放”。
古代からの神話においてこのスキル追放は、ありとあらゆる成功の代名詞である。追放されたら魔王を討伐した。追放されたら世界を救った。追放されたら世界に平和を齎したなど、その逸話は数多い。
それ故に、神話で定められた年齢になったスキル所持者を追放することは、神話になぞらえる大変名誉な行いだった。現に猛き炎の国の王家も、メアリーとアーチボルトを一時的に婚約させ、そこから追放した関係を築いたほどだ。
しかし、追放された者は出来るだけ自分の力で生きていくことも定められており、これからのことを家族が心配するのも無理はない。
「それではお父様、お母様、お兄様。アーチボルト様。私は今度こそ追放されますわ」
「ああ……」
「スキル追放よ。どうかあの子をお願いします」
「達者でな」
「また会おうメアリー」
今度こそメアリーは執務室を去るが、残された者達は心配しても悲観はしていなかった。スキル追放の加護は、そもそも心配すら必要ない程強力で、世界が彼女を守っていると言えるような絶対的なものなのだ。
◆
「ここが冒険者ギルドですわね! 頼もうですわ!」
ただし、脳みその加護は保証の対象外の様だ。
一体どこの世界に、世に溢れるモンスターと呼ばれる怪物を討伐し、秘宝が隠されたタンジョンを探索する冒険者達の組合、冒険者ギルドに、追放された当日に乗り込む元公爵令嬢がいると言うのか。
バンと音をたてて扉を開けた、見るからに上流階級のお嬢様の登場に、中にいた冒険者もギルド職員もポカンとしてしまう。
本当に極偶にだが、家の都合で結婚するより剣を振り回すことが好きだと言って、変り者の貴族の娘がバレバレの変装をしてやってくることもある。そういった者は生まれの血筋と教育環境で、侮れない腕とスキルを持っているため油断できないのだが、ひらひらの婦人服を着ているメアリーは、どう見ても荒事とは無関係そうで場違い極まりない。
「おーーっほっほっほっ!」
実家にいた時のお淑やかさはどこへやら。本性を現わし高笑いをしながらギルドをずんずんと歩くメアリーに、冒険者達は厄ネタに関わりたくないと顔を背ける。
身分階級がまだ絶対の時代であるため、庶民は貴族に逆らえないのだから、態々関わるのは愚か者がすることであった。
「ご依頼でしょうか」
(絶対面倒ごとだ)
だが、人が来たら対応しなければならないのが受付というものである。荒くれ者が多い冒険者に負けず劣らず人相が悪い大男が、心底うんざりしながらマニュアル通り対応する。
「私の名はメアリー! ただのメアリーですわ! 冒険者登録をしに来ましたの! ああご心配なく! スキル追放を持っておりますので!」
どう見ても高貴な生まれの容姿をしておきながら、態々ただのメアリーと名乗った時点で、私は貴族の生まれですと宣言したようなものだ。そんな女が冒険者登録をすると言うのだから、厄ネタも厄ネタである。
しかし。
「スキル追放!?」
「本当かよ!?」
「まさか神話の!?」
「なんてこった!?」
「神スキルが!?」
伝説のスキル追放を持っているなら話は違う。隙を見て建物から抜け出そうとしていた冒険者達が、追放という単語に我慢できず、メアリーに視線を集中させてしまう。
「少々お待ちください。ギルドマスターと相談してきます」
それに惑わされないのが受付の職員、別名マニュアル人間である。マニュアル外のことは上にぶん投げると決まっていた。
「ギルドマスター。どこかのご令嬢がこられて、スキル追放を持っていると仰いました。冒険者登録を望んでます」
「冒険者ギルドは来る者を拒まない」
(クラーク家の娘だな。昔から噂されていたが本当だったか。さてどうしたものか。いかに神スキル追放とは言え、命を落とす可能性がある冒険者ギルドに所属しては、実家のクラーク家もいい顔はしないだろう。できるだけ政治的な介入を受けたくない以上、ここは慎重に判断する必要があるな)
「はい」
職員に相談されて悩むギルドマスターだが、神スキル追放所持者が来たと認識した時点で、脳だけは真面目に考えていたが、口は勝手に動いて許可していた。
「お待たせしました。問題ありませんので、用紙に記入をお願いします」
「分かりましたわ!」
受付に戻った職員から紙を手渡されたメアリーが手早く記入する。項目は名前や年齢。資格や魔法など特殊な技術についてでそれほど多くない。人類のためにモンスターと命のやり取りをする冒険者は常に人手不足なため、こういったところでも簡略化が行われていた。
「書けましたわ!」
「確認致します。はい、これで冒険者として登録されました」
登録も即座に行われ、これで冒険者メアリーが誕生したのであった。
「早速ですが、スキル鑑定は初回なら無料と聞いております! 皆様に証明するためお願いしますわ!」
「分かりました。ではこちらの水晶に手を置いてください」
冒険者ギルドは、スキルを鑑定するサービスも行っており、メアリーはそれを要求して、人間の頭ほどもある巨大な水晶に手を置いた。
「こちらが鑑定されたスキルになります」
職員が水晶に映った文字を紙に記載し、メアリーに手渡す。
「さあ皆様よくご覧になってください!」
メアリーは紙を受け取ると、冒険者達によく見えるよう掲げる。そこにははっきりと、追放の文字が記載されており、メアリーこそが神スキル追放の持ち主だと証明していた。
「本当だ!」
「追放スキルだ!」
「伝説の追放だ!」
「頼む! 俺のパーティーに入って追放させてほしい! 神話にあやかりたいんだ!」
「待て待て! まずは俺のパーティーだ!」
これには様子を窺っていた冒険者達も色めき立ち、中には神話にあやかろうと、メアリーをパーティーに入れて追放させてほしいと願う者もいる程だ。
「残念ですわね! 私そんな安い女ではございませんですことよ! 寧ろあなた方を追放する立場に駆け上がって見せますわ! こんな風に! “追放”発動!」
世界が止まった。冒険者達も。ギルド職員も。水も空気も音すらも。
メアリーだけが動いている。
どこかを見ている。
「こんな馬鹿な話あり得ない? なにを仰ってるのです。これ物語ですわよ? ああごめんあそばせ! 第四の壁を追放していますの! それにしても、あなたはあなたで、ご自分の人生はご自分の人生で、自らの意思は自らの意思だといいですわね。一度も、ほんの僅かでも考えたことない方が少ないでしょうけど! おっほっほっほっ!」
意外とスキルとしての追放がないのに気が付いたことと、追放なら第四の壁すら追放しても許されると思って追放しました。何故なら世界の理である追放だから。