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06:青春は性春にすり替わる


「うーん。モラトリアム」


 俺は職員室の階下に置かれている休憩所でコーヒーを飲んでいた。一応帝雅学園の教師をやっているので、それなりに仕事はあるが、状況というか厳島の政治力により微妙な立場に立たされている。タバコでも吸えば格好がつくのだろうが元が貧乏性なので趣味ではない。酒は飲むんだがな。


「今頃厳島は告白されているんだろうか」


 昨日の夕食。手作りスペアリブを食べていると高級マンションの最上階で厳島がラブレターをもらったと告白してきた。へーってな具合だ。「嫉妬しないの?」「してほしいのはわかるがお前の可愛さが俺にだけ通じるというのは錯覚だぞ」とやり合った。コーヒーを飲んで空を見る。オーガニックな雲の風景に何を思うでもなく吐息をつくと、ヒョコッと思考の先にいる人物が顔を出す。


「あ、先生」


 厳島だ。ブレザーにチェックのスカート。春らしい学園の制服。銀色の髪も健在。


「で、告られたのか?」


「うん。まぁ」


「お返事は?」


「気になる?」


「そりゃまぁ」


 気にならない方がどうかしている。これでも一応お前の恋人だ。


「えーと。先生がそう言ってくれるのが嬉しいんですけど。まぁ普通に振ったというか。ホッとしました?」


「そうだな。お前は誰にも渡したくない」


「じゃあ今日は一緒に帰りましょう。図書室で待ってますんで」


 そういうことに相成った。




    ***




「何でだよ!」


 で、今日の書類整理とデータ入力が終わって図書室に顔を出すと男子生徒の悲痛の声が聞こえてきた。音量高めだ。図書室には不適格な声だったが時間的にあまり人はいない。図書室の担当でもないので俺が注意するのも違うか。


「俺と付き合え! 絶対幸せにするから!」


 中々重いことを仰る。幸せにするって、その覚悟が高校生の恋愛にはちょっと。


「ああ。無理。恋人いるから」


 で返答のように聞こえてきたのは厳島の声だった。


 あれ? 口説かれてるのお前か?


 本棚の影から覗き見る。厳島と男子生徒が互いを睨んで相対している。もしかして修羅場か。あんまり関わり合いにはなりたくないが、厳島は俺の管轄だし……。


「ゴホン」


 わざとらしく咳払いをして事情に介入する。俺を見ると男子生徒は迷惑そうな顔をし、厳島はパッと表情が華やいだ。


「先生!」


 こっちに駆け寄ってニコニコと微笑む。俺はそんな厳島の頭を撫でて、一応教師らしく忠告する。


「恋愛に関して何を言うでもないが、もうちょっと人目を気にしてくれ」


「うるせぇロリコン野郎」


「たしかに自他ともに認めるロリコンだが、教師にその物言いはどうなんだ?」


「あー。気にしないで。彼まだ反抗期だから。じゃ。帰ろ。先生?」


 自然と俺の手を取って厳島は引っ張って歩く。そのそつなさに男子生徒が動向を開いた。


「厳島。ソイツ……」


 と俺を指さす。何か?


「なんで手ぇ握ってんだよ」


「言わせないでよ恥ずかしい」


 そんな思わせぶりなことを彼女は言う。恋する乙女の顔で恥じらうのは確かに趣深いが、俺との関係って在校生に暴露していいのか?


「付き合ってんのか?」


「どうだろうねー」


 あえて明言はしないが、俺と手を取ってるあたりに色々と想像が膨れる。


「そんなロリコン何がいいんだ!」


「顔」


 おい。


「ていうか何故俺がロリコンと知っている?」


「先生の性癖はもうちょっと広いけどね」


 厳島さん。すいませんが黙ってろ。


「小学生の厳島を誘惑してたじゃないか! 趣味の悪い!」


「あー。それな」


「ちなみにその時先生を議題に出したのが誰あろう目の前の合原さんだよ」


「合原。合原。ああ。厳島と同じクラスだった」


 ついでに俺が担当していたクラスの。


「テメェ今になっても厳島に関係迫ってんのか!」


「まぁ可愛いよな。こんな感じで」


 ポンポンと優しく厳島の銀色の頭をたたく。


「で、色々と邪推してこっちにグチグチ言ってくるのよ」


「教師が生徒と付き合うとか!」


 まぁ普通は非常識だよな。


「せーんせぃ」


 何か。俺の手を取って引っ張っていた引力が消えて、その手を持ち上げる厳島。


「えい」


「――――――――」


 一瞬、時が飛んだ。キングクリムゾン。厳島は俺の手を取って自分の胸に当ててきた。ムニュッと柔らかい感触が俺の手を襲う。すごく心地いいのに、こうまで俺を青ざめさせる。


「私のおっぱい気持ちいい?」


「からかうな」


 俺が手を払う。


「てめっ! 教師がやっていい事超えてるぞ!」


「俺の意図した事情じゃないだろ」


 厳島のいたずらだ。もちろん揉んでいいなら揉むが。


「先生にならいいよ?」


「そうか。後で生徒指導室に行くぞ」


「ヤるの?」


「説教をな」


「いいじゃん。おっぱいくらい。合原さんだって揉みたいって目が言ってる」


「言ってねぇよ!」


「目がエロいのよねー。発情した感じがもうダメ」


 合原が駄目で俺ならいいのか? そりゃエロい目では見ていないが。


「あ。先生ならエロい目で見てもらえると有難い」


「煽るな」


 デコピン。


 実際に今の厳島の胸は大きい。サイズ的にはかなりのモノだ。セクハラになるのでアルファベットでは表現しないが、まぁグラビアアイドルにも負けていない。いや、これもセクハラか。


「抗議文を提出するからな」


 合原くんはこっちを睨みつけて地獄の底のような声を出した。職員会議にする気満々だ。一応ここでクビにされるとまたヒモに戻るんだが。いや高級マンションの最上階に住まわせてもらっている時点でヒモも同然か。


「難しい年ごろだな」


「先生先生。おしっこしたい」


 ソレを俺に求めて厳島は何がしたいんだ?


 図書室での一幕がちょっと問題感。


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