『もう一人の俺』
『もう一人の俺』
○登場人物
叶多・・・漫画原作志望の大学生
もう一人の俺・・・もう一人の叶多
?さん・・・もう一人の叶多の妻
喫茶店の女性店員
○プロローグ
*叶多のナレーション 以後叶多のNと表記
叶多のN「この話は、今居るこの世界とは別の世界で私が体験したものです」
○叶多の部屋(夜)
布団を敷き始める叶多(21)。そしてスマートフォンを開き、画面に映る就活サイトを険しい表情で見つめる。
叶多のN「私は漫画の原作者という夢を目指していて、その夢を叶えるために、何度も漫画のシナリオコンテストに作品を応募しました。ですが、なかなか結果は出ず、この日はその夢をこのまま追いかけるかで悩んでいました。私には過去にこれといった受賞歴が無く、この時期には周りの友人は就職活動に専念していました。中には既に内定をもらっている人も多く、かなり焦っていました。正直、この職業でまともに食べていける人は、ほんの一握りです。それもあり、両親にはこの夢を猛反対されていました」
イラつき、頭を掻く叶多。そして敷いた布団に潜り込む。
*叶多のモノローグ 以後叶多のMと表記
叶多のM「やっぱり、無理なんかな・・・」
ため息を吐きながら部屋の電気を消す叶多。
叶多「就活するか・・・」
『数時間後・・・』
叶多「全然寝付けない・・・」
枕元に置いてあったスマートフォンを開く叶多。
叶多のM「深夜三時?俺どんだけ気にしてんだよ。明日も大学だし、六時には起きないと・・・」
布団を被り、眼を閉じる叶多。すると、右耳から強い高温の耳鳴りが聴こえてくる。あまりの音に右耳を押さえる。
叶多のM「なんだよ!この音は!」
音はどんどん強くなり、天上が夜空のように見える。
叶多「宇宙?」
次の瞬間、目の前が真っ白に発光し、気を失う叶多。
○別世界・ドアの前
うっすら目を開ける叶多。目の前に赤いドアがある。辺りを見回すと、白い円形の部屋に同じようなドアが自分を囲むように六つ並んでいる。
叶多「何処だよ。ここ・・・」
『ギギィィィー・・・』
ドアが開く音が聞こえ、音の方を見る叶多。すると、そこには叶多そっくりの男が立っている。
男「よう!待ってたぞ!俺」
叶多「え?」
驚き、その場に立ち尽くす叶多。
もう一人の俺「さあ、行くぞ。ついて来い」
一瞬躊躇うが、もう一人の俺の方に歩く叶多。ドアを抜けると、その先は長い廊下が続いている。
もう一人の俺「いきなり呼び出されて戸惑ってると思うけど、どうしても伝えなきゃいけないことがあるんだ」
叶多「伝えなきゃいけないこと?」
もう一人の俺「ああ。まぁ詳しい話は後で話す。まずは移動しよう」
そういうと歩き出すもう一人の俺。その後ろを恐る恐るついて行く叶多。廊下を抜けると、一人の黒髪の女性が立っている。その女性を見た瞬間に足が止まる叶多。そして、鼓動が速くなる。
叶多のM「なんだ?この感覚・・・」
その姿を見て、微笑みながら叶多の肩に手を置くもう一人の俺。
もう一人の俺「あ、紹介する。この人は俺の妻。いずれお前が出会って結婚する人さ」
叶多「え・・・」
?「はじめまして。叶多」
女性を見つめて立ち尽くす叶多。
もう一人の俺「この先に喫茶店があるから、そこで詳しい話をしよう」
叶多「ああ・・・」
再び歩き出す一同。
○古びた喫茶店
建物内を少し歩くと古びた茶色い木目の外装をした喫茶店が見える。喫茶店のドアを開けるもう一人の叶多。
『カランカラン』
ドアベルの音が鳴り、エプロンをつけた女性の店員がこちらに来る。
店員「三名様ですね。お席に案内します」
店員の口を見る叶多。声は聞こえているが口は動いていない。しかも、声は耳からでは無く頭に直接入ってくる。店員について行く三人。そして、角の広い席に案内される。
店員「こちらの席へどうぞ」
もう一人の俺「どうも」
店員に受け答えするもう一人の叶多も口が動いていない。席に座る三人。
店員「ご注文がお決まりになりましたら、教えてください」
そう言うと立ち去る店員。すかさず質問をしようとする叶多。
叶多「あの・・・」
もう一人の俺「ああ。そっちの世界でいうテレパシーかな。あんまりこっちだと口を使って会話はしないんだよね」
叶多「へー・・・」
?「まぁ、初めて見たらそりゃ驚くよね」
叶多「そういえば名前は?」
?「言ってもいいけど、多分聞き取れないと思うよ」
叶多「お願いします」
?「〇△□」
?が発した声がノイズのようになって聴こえる叶多。
?「ね、聞こえなかったでしょ。そっちの世界でまだ私に出会ってないからね」
叶多「はぁ・・・」
理解できずに唖然とする叶多。もう一人の俺と彼女はメニューを見始める。
もう一人の俺「何注文する?俺ホットコーヒー」
?「私もコーヒー」
もう一人の俺「俺はどうする?」
叶多「じゃあ、同じので・・・」
もう一人の俺「了解。早速なんだけど、俺を呼び出した理由は、俺の役割を教えるためなんだ」
叶多「役割?」
?「多分、今見ているこの世界の記憶は戻ったら消えてっちゃうから、そっちに戻ったら直ぐにメモを取った方が良いよ」
もう一人の俺「そう!絶対メモを取れよ!」
叶多「わ、分かりました」
?「叶多に敬語を使われるなんて何だか変な感じ!」
そう言うと微笑んでいる彼女。
もう一人の俺「じゃあ説明するぞ。どちらの世界も俺自身。趣味や思考もそっくりだ。ただし、成し遂げることはちがうけどな」
叶多「成し遂げること?」
もう一人の俺「ああ。これを伝える為にお前を呼んだ」
叶多「何?」
もう一人の俺「今考えている漫画、絶対に作れ!話を書き続ければ絵描きは見つかる!絶対成功する!だから諦めないでくれ!」
叶多「・・・」
俯く叶多。そこに先ほどの店員がコーヒーを三つ持って来る。
店員「お待たせしました。ホットコーヒーです」
テーブルにコーヒーを置き始める店員。その光景に驚きを隠せない叶多。
店員「ごゆっくりどうぞ」
その場を後にする店員。
叶多「一体、いつ注文したんだ?」
もう一人の俺「さっき、注文が決まった時に店員に」
叶多「でも、声は聞こえなかったぞ」
もう一人の俺「それは店員にだけ聴こえるように言ったから」
叶多「そんなことも出来るのか・・・」
もう一人の俺「まあな。てか、今はそんなことどうでもいいんだよ。話に戻るぞ」
叶多「お、おう」
一口コーヒーを飲むもう一人の俺。
もう一人の俺「今はいろんな壁にぶつかっているかもしれない。だけど続けていれば必ずその道でやっていけるから、安心して創作活動を続けろ。俺の職業何だと思う?」
叶多「なんだよ・・・」
もう一人の俺「俺と彼女でバンドを作って、そこでボーカルをやってる。お前が中学生の時になりたかった夢の」
そういうと、バッグからCDのアルバムを出すもう一人の俺。また、スマートフォンでバンドについての概要サイトを見せてくる。
叶多「本当に!」
もう一人の俺「ああ。ツアーもやってるし、この世界だとそこそこには名が知れてるんだぞ。まだまだ目標には遠いけどな」
嬉しそうに微笑む叶多。
叶多「成れたんだ・・・俺が」
もう一人の俺「あと、もうひとつ良い知らせがあるんだ。お前が一番描きたい作品、漫画化されるぞ」
叶多「え・・・」
もう一人の俺「これ言わないとお前、今年就活に使ってただろ」
叶多「まぁ・・・」
もう一人の俺「お前の本当にやりたいことは何だ!」
叶多「それは、漫画の原作者になってみんなを勇気づける作品を作りたい・・・」
自分の手を見つめる叶多。
もう一人の俺「その夢、絶対に投げんなよ」
もう一人の叶多の言葉を聞いて決意を固める叶多。
叶多「ああ。分かった」
叶多の表情を見て安堵するもう一人の俺。
もう一人の俺「あと一つだけ。近いうちに音楽家を目指す友人が出来る。そいつは本当に良いやつだから大切にしろ」
叶多「音楽家?」
もう一人の俺「ああ。こっちの世界だと小説家だけどな。そいつはお前が落ち込むと助けてくれる。そして、色々なインスピレーションを与えてくれるだろう」
叶多「分かった」
ため息をつくもう一人の俺。
もう一人の俺「よし。伝えるべきことは伝えたぞ!せっかくだし、めったにこっちの世界には来られないだろうから、色々質問聞くぞ」
叶多「じゃあまず!」
食い気味に質問をする叶多。
叶多のN「三時間ほど喋っていたでしょうか。もう一人の自分がどんな人生を過ごしていたのかを聞くのが楽しくて、時間はあっという間に過ぎていきました」
もう一人の俺「じゃあ、そろそろお別れの時間だ」
再び右耳から強い耳鳴りが聞こえる叶多。咄嗟に耳を押さえる。
もう一人の俺「あと、最後にもう一つだけ言っておく事がある」
叶多「何!」
もう一人の俺「最終目標だけは絶対に言うなよ!邪魔が入る」
その言葉を聞き微笑む叶多。
叶多「分かった!」
もう一人の俺「また、いつか会おう!」
叶多「おう!」
?「またね!」
手を振る彼女に照れながら手を振りかえす叶多。すると目の前が発光し再び気を失う。
○叶多の部屋(朝)
布団から急いで起き上がる叶多。時計を見ると、朝の六時になっている。
叶多「マジかよ・・・どんどん消されてる」
あちらの世界で見てきた記憶が脳内から消されていっているのに気付く叶多。まず、最初に消されたのはあっちの世界で会った彼女の顔の記憶だった。急いでスマートフォンのメモを開き、もう一人の叶多に言われた通り、覚えている範囲の事をメモし始める。
叶多のN「今では、あの時の記憶をほとんど忘れてしまい、この体験はメモを頼りにして書きました。誰かに『それって、ただの夢じゃない?』と言われても正直反論は出来ません。ですが、あの体験から私の迷いは晴れました。あと、もう一人の俺が言った通り、自分の作品を応援してくれる音楽家を目指す友人と出会いました。その友人とはお互いの夢を何時間も語り合えるような仲です。この体験から、私は自分の夢を叶えるための話を書き続けています」
End