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第61話 魔女の最期 <完>

 ユリアンの話を私は呆然と聞いていた。


ああ…でもそうなのかもしれない。


ユリアンの母親が『聖女』と呼ばれた存在なら、彼が神聖魔法を使えるのは当然だ。だから彼は浄化の魔法を使えたのだ。


「ユリアン…だとしたら、尚更貴方は私といては駄目よ…」


何故なら私とユリアンでは両極端な存在なのだから。


「フィーネ?何故、そんな事を言うんだい?私には王位継承権は無いから城に戻る必要だって無いんだよ?それに彼らは私がここにいる事すら知らないのだから」


「違うわ。私は大罪を犯した罪人なのよ?それだけじゃないわ。私は…この地に眠る死者達を土の中から蘇らせ、あの城に入れたのよ!城の者が誰一人として逃げ出せないように見張りをさせ、そして城中の宝を…集めさせたのよ…」


私は声を震わせながらユリアンに語った。


「フィーネ。何故、城の宝を死者達に集めさせたんだい?」


ユリアンが静かな声で尋ねて来た。


「元々…あの城は私の復讐が終った後は…燃やそうと思っていたのよ…。私もあの城と一緒に…命を終わらせようと決めていたわ。だけど、城の宝まで駄目にしてしまうのは勿体無いでしょう?だから死者達に集めさせて領民達に配って来るように命じたのよ…。領主が突然いなくなってしまえば、領民達を困らせてしまう事になるでしょう?彼等には何の罪も無いのだから…」


するとユリアンが笑みを浮かべて私を見た。


「やっぱり…フィーネ。貴女は…優しい方だ…」


「優しい?私の何所が優しいと言うの?狼たちを操って、アドラー城に住む人々を彼らの餌食にしたのよ?しかも…叔父家族とジークハルトは…生きたまま狼の餌になったわ。私が命じたから…」


「狼たちは、自分の本能で行動したんだ。彼等にはただ目の前の人々をたんなる餌としてしか見ていなかった。…ただ、それだけの事だよ」


「ユ、ユリアン…」


するとユリアンの手が伸びて来て、気付けば私は彼に抱きしめられていた。


「フィーネ。私はこの城に来て、貴女を初めて見た時からその儚げな美しさに惹かれていた。けれど、貴女には婚約者がいた…だから自分の気持を封じ込めて、あのまま城に仕えようと決めたんだ。母を亡くした後のノイヴァンシュタイン家では私の居場所は無いに等しかったから…」


そしてユリアンはさらに強く抱きしめて来た。


「フィーネ、私と一緒に行安息の地を求めて旅に出よう。2人が一緒なら何所へだって行けるし…生きていけるよ」


ユリアンは優し気な声で私に語り掛けて来る。そんな夢のような話をされたら私はその手を取ってしまいそうになる。


だけど…私は闇を知ってしまった。もう…二度と引き返す事は出来ない。


「駄目…よ…」


私はユリアンの腕の中で言う。


「フィーネ?」


「離してよっ!」


私は思い切りユリアン突き飛ばした。


「フィ、フィーネ?一体何を…?」


ユリアンは目を見開いて私を見た。


「分らないの?貴方とは一緒に行けないと言っているのよ。どうしても邪魔すると言うなら…貴方を今ここで殺すわっ!」


懐に隠し持っていた短剣を取り出すと鞘を掴んで放り投げた。そして両手で短剣を握りしめ、ユリアンめがけて振りかざした。


「ユリアン…死んで頂戴っ!」


「フィーネッ!やめるんだっ!」


ユリアンが声を上げる。


次の瞬間―。


ドスッ!


鈍い音が辺りに響く。


「え…?」


私の目の前には驚愕で目を見開いているユリアンがいる。


「う…ゴホッ!」


私は咳き込み、口から血を吐いた。私の胸には短剣が深々と突き刺さっている。


「フィーネッ!!な、何故…!」


「う…」


そのまま力任せに短剣を引き抜くと私はドサリと地面に倒れ込んだ


「フィーネッ!」


ユリアンが私を助け起こす。私の胸からは血があふれ出ていた。


「ユ、ユリアン…」


「フィーネ…大丈夫だ。これ位の傷なら…私が治せる!」


ユリアンは私を助け起こすと、私の傷口に手をあてた。するとそこから金色の光が溢れ出し、傷口に流れ込んでいき…。


「えっ?!そ、そんな…!何故…っ!!」


ユリアンの顔が驚愕に染まる。ユリアンの神聖魔法が流れ込んだ場所から、徐々に私の身体が塵になり始めたのだ。


「ど、どうしてなんだっ?!この神聖魔法は…傷を治す魔法なのにっ!!どうして…フィーネの身体が塵になっていくんだっ?!」


ユリアンが悲痛な叫びをあげる。


「ユリアン…それはね…私はもう人間では無い…からよ…」


ユリアンに抱きかかえられながら私は静かに答えた。


そう、私には自分の事が分っていた。今の私は完全に闇落ちした魔女。恐らく私は自分を殺す事も…もう出来ないだろう。炎で巻かれて死のうと思っていたが、恐らく無意識に防衛反応が起こって、死ぬことは出来なかったと思う。そして…そんな私を完全にこの世から消す事が出来るのは、唯一神聖魔法を使える者…つまりユリアンだけなのだ。


「フィーネ…一体何故…?」


ユリアンは私を抱きかかえたまま泣いていた。


「ごめんなさい…ユリアン…。私は…自分の命を絶つ為に…貴方を利用してしまったわ…」


「どうして…こんな真似を…?私はフィーネと一緒にこの先もずっと2人で生きていくつもりだったのに…」


ユリアンは目に涙を浮かべながら私を見つめている。


「それは…無理な話よ…。私と貴方では…もう住む世界が違うのよ…」


私の身体からはサラサラと徐々に塵になって崩れていく音が聞こえている。


「そ、そんな事言われても…私は…」


「ねぇ…聞いてくれる…ユリアン…。貴方には…見えていないかもしれないけれど…ここには…私が殺した人たちが…集まっているのよ…?」


そう、私の目にはずっと視えていた。無残にも身体を喰いちぎられた姿で私をじっと見つめている叔父…叔母…ヘルマに、そしてジークハルトが…。

彼らは無残な姿で私を恨めしそうにじっと見つめている。まるでお前も早くこちら側に来いと言っている様に…。


「えっ?!そ、そんな馬鹿な…!誰も…誰もここにはいない。私とフィーネの2人だけだ!」


ユリアンは辺りを見渡しながら私に訴えて来る。

けれど私の目には、はっきり彼等の姿が映っていた。身体を喰いちぎられている彼らは青白い顔で私をじっと恨めしそうに見つめている。


それだけでは無い、彼等の苦し気なうめき声も私には聞こえているのだ。


「ユリアン…私には…もう貴方と一緒にいられる資格なんか無いのよ…。有難う…助けてくれて…」


今の私には『死』こそが救いなのだ。

幾ら復讐の為とは言え、私は余りにも多くの命を残虐な方法で奪ってしまった。こんな私は生きていてはいけないのだ。


「そ、そんな…お礼なんて…」


ユリアンはボロボロと涙をこぼしながら片時も私から目を離さない。


「城が見えるわ…」


私はポツリと呟いた。今もなお、遠くに天を焦がすような勢いで燃えている城がシルエットのように浮かび上がっている。

空には明けの明星がひときわ大きく輝いていた。


「もうすぐ…夜明けね…」


「フィーネ…」


私の身体はもう下半身は塵と化し、消えている。このまま塵になって消えるのはそう悪いことでも無いのかもしれない。醜い私の身体を大地に残さなくて済むのだから。


それに…私の最期を見届けてくれる人が側にいる。


「ユリアン…こんな魔女になってしまった私に寄り添ってくれようとして…ありがとう。人生の最期に…幸せな気持ちにさせてくれて…貴方には感謝しかないわ…」


「そ、そんな事言わないでくれ…フィーネ…君の事を愛しているんだ…」


ユリアンの目は真っ赤に泣きはらしていた。


「ありがとう…ユリアン…だったら…最期に一つだけ…お願いしてもいい…?」


「聞く…フィーネの言う事は何でも聞くよ…!」


「なら…キス…してくれる…?」


するとすぐにユリアンの顔が近付き、彼の唇が重ねられた。


「…」


「フィーネ…愛している…」


ユリアンの悲し気な…それでいて、優しい声が遠くに聞こえる。


どうかユリアン…貴方は幸せになって…。


今、まさに自分の身体が完全に塵になって消えていくのが感じ取れる。


さよなら、ユリアン…。


そして愛する人に見守られながら…私はこの世に別れを告げた―。



< Fine >

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