第57話 目にした惨劇
冷たい風が頬を撫で、私は呻き声をあげながらゆっくり目を開けた。
「う…」
「目が覚めましたかっ?!」
すると私の瞳にこちらをじっと見下ろすユリアンの姿が目に写った。
「ユ、ユリアン…ここは…?」
視線だけを動かし、私は自分が草むらの上に横たわっていたことに気がついた。周囲は木々に囲まれている。
「ここは…城から少し離れた場所にある湖の近くの林の中です…」
「え…?」
身体をゆっくり起こそうとすると、ユリアンが手を差し伸べてきた。
「手をお貸しします」
「ありがとう…」
ユリアンの手を借り、ゆっくり起き上がった私は城を振り返った。視線のずっと先には夜空の中、真っ赤に燃え盛る城の姿が遠くに見え、湖面にもその姿が映し出されている。
城から吹き上がる炎は天高く伸び、黒い煙を上げていた。余程火の勢いが強いのだろう。風にのってここまで焦げた匂いが漂ってくる。
「…よく燃えているわね…この分だと全て燃え尽くすまでに時間はそうかからないかもしれないわね…」
ポツリと小さく呟いた。
「フィーネ様…」
ユリアンは私をじっと見つめている。
「…ユリアン」
「はい、フィーネ様」
「何故…私を助けに来たの?どうしてあのまま…あの城で死なせてくれなかったの…?」
つい、ユリアンを責めるような言い方をしてしまう。
だって大量虐殺と言う大罪を犯した私はこの世に生きていてはならないのに…。思い出の沢山つまったあの城と共に朽ち果てようと思っていたのに…。
「どうしても…フィーネ様に死んでほしくは無かったからです…」
「何故なの…?ユリアン。私を助けに城に戻ったのなら…目にしたはずでしょう?あの城の惨劇を…。血に塗れたあの城を、無数に転がる骸骨の山を…私が何をしたのか貴方に教えてあげましょうか?」
するとユリアンは言った。
「狼達が…あの城を襲い、人々を食べ尽くした…違いますか?」
「え…?な、何故それを…?ま、まさか…何処かで見ていたのっ?!」
心優しいユリアンには…私が狼を使って残虐な殺人を犯している光景を見られたくは無かったのに…!
「いいえ、見てはおりません。ただ…フィーネ様から頂いた馬車で城へ戻る途中、狼の大群に遭遇したのです。彼等の毛は血に染まっていました」
「…」
私は俯いたまま、黙ってユリアンの話を聞いていた。
「あの大群を目にした時…命の危機を感じました。ひょっとすると襲われるのではないかと思っていたのですが、彼等は馬車を気にすることも無く通り過ぎていったのです。その様子から、多分彼等はお腹が満たされているのだろうと感じ取りました。そして城に行ってみると、あちこちから火の手が上がっており…城の中は血に染まり…骸骨が沢山転がっていました…。それで分かったのです。あの狼の大群は城中の人達を…食べたのだと…」
「ええ…そうよ。私が…そう命じたから…」
そして私は目を閉じ…頷いた―。




