第44話 ※殺人者達
私は窓からユリアンを乗せた荷馬車が城から森の方へ走り去っていく姿を見送っていた。
「さようなら…ユリアン…」
やがて馬車は完全に森の中へと溶け込んでいく。その様子を見届けると、再び私は荷造りの準備を再開した―。
コンコン
再び扉をノックする音が聞こえてくる。
「今度は誰かしら…?」
けれど、もうこの城に私の味方はいない。それなのにこの部屋を訪ねてくるということはろくな用件では無いはずだ。無視することにしよう。知らんふりをして荷造りを続けていると再び扉がノックされる。
コンコン
「全く…」
ため息をついて、扉へ向かった。
「誰?」
「申し訳ございません。ご主人様がお呼びです」
扉の奥から声が聞こえてきた。まただ、また叔父は自分のことを『ご主人様』と呼ばせている。この城の正当な後継者でもないくせに…。でも丁度良かった。私も叔父に用事があったからだ。
「分かったわ」
カチャリと扉を開けた時―。
ドスッ!!
突然胸に激しい痛みが走った。
「え…?」
見ると、私に胸にはロングソードが深々と突き刺さっている。しかも背中を貫通していた。
胸がカッと焼けるように熱くなり、喉元から生暖かい鉄臭いドロリとしたものがこみ上げてくる。私はたまらず、咳き込んだ。
「ゴフッ!!」
ビシャッ!!
すると口元から大量の血を吐き、思わず膝をついてしまった。
「アーハッハッハッ!やった!魔女を討ち取ったぞっ!旦那様っ!やりましたぞっ!」
狂ったように笑うフットマン。
旦那様…?まさか…。
激しい痛みに耐えながら顔を上げると、
狂ったように笑い続けるフットマンの背後から現れたのは叔父とジークハルトだった。
「よくやった。貴様には後で特別な報奨を与えよう」
叔父はフットマンに声を掛けると、次に冷たい笑みを浮かべて私を見た。
「フィーネ…知っているか?身体に深く刺さった刃物をいきなり引き抜くと何が起こるか?」
「な、何を…ゴフッ」
私は再び激しく血を吐いた。胸が焼け付くように熱く呼吸もままならない。
激しく吐血する私を見ていたジークハルトは吐き捨てるように言った。
「フン…魔女でも血は赤いのだな」
そしていきなり身を起こした私の上半身を足で思い切り踏みつけ、その勢いで私は壁にぶつかった。
「アウッ!!」
身体を貫通した剣が壁に突き刺さり、再び激しい激痛が私を襲う。気を失いそうになるのを必死で耐える。
ハアハアと息も絶え絶えに私はジークハルトを見た。
「やはり、魔女め…まだくたばらないとは…」
ジークハルトは私の胸を再び力強く踏みつけた。
「苦しいだろう?魔女…今、この剣を抜いてやる」
ジークハルトは冷たい笑みを浮かべると剣の柄を握りしめ、迷うこと無く思い切り引き抜いた。
ズッ…!!
激しい痛みに耐えながら私は血の流れを止めるように祈ると、身体に活力が満ちてきた。
「「な、何っ?!」」
ジークハルトと叔父が驚愕の表情を浮かべる。
「ハァ…ハァ…」
私は壁にもたれかかりながら身体の傷を塞ぐように自分に命ずる。すると自分の身体の傷がたちどころに治っていくのが分かった。
「そ、そんな馬鹿な…貫通した剣を思いきり引き抜けば大量出血して死ぬはずなのに…」
ジークハルトは呆然としながら私を見ている。
「…」
私はうつむいて気を失っているフリをした。何故ならまだ完全に傷が塞がっていなかったからだ。彼らを油断させておかなければ…。
「な、何故だっ?!やはり、魔女だっ!恐ろしい魔女なんだっ!」
半分発狂したフットマンにジークハルトが叫ぶ声が聞こえた。
「うるさいっ!!」
グサッ!!
「…」
顔を上げると、丁度心臓を一突きにされたフットマンがその場で物言わず絶命する場面だった。
ドサッ…
「全く…うるさい奴だった」
「ええ、でも始末したのでもう静かになりましたよ」
こちらに背中を向け、絶命したフットマンを見つめている叔父とジークハルト。彼らは死んだフットマンに気を取られ、私のことは気にもとめない。
そして…もう私の傷は完全に塞がっていた。
「剣を抜いて頂き、ありがとうございます」
私はゆっくり立ち上がると、背中を向けていた叔父とジークハルトに声を掛けた。
「な、何…?」
「何だと…?」
叔父とジークハルトはゆっくり私の方を振り返る。彼らは憎しみとも恐怖とも言えぬ表情を浮かべて私を見た。
この瞬間、私は決めた。
人を平気で殺める彼ら。
なら、こちらも遠慮はもういらないだろう。
尤も残虐とも思える手段で彼らを始末してあげようと―。