第43話 告白
「そうですか…本来なら…復讐なんておやめくださいと言うべきなのでしょうが…私は貴女がこの城でどれ程酷い目に遭わされて来たかを知っております。なのでそう考えると私も貴女の復讐対象にされるべき人間ではありませんか?」
ユリアンは驚くべきことを言って来た。
「何を言うの?貴方は私には何一つ嫌な事はしていないじゃないの。むしろ貴方だけだったわ。この城で親切にしてくれたのは。だからこそ、ユリアンの事は巻き込みたくないのよ。私は今夜、この城に住む者全員を抹殺するつもりなのだから」
「抹殺…?!フィーネ様…一体何をなさるおつもりですか?!」
「それはね…」
私の言葉にユリアンは青ざめた―。
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私は魔力が最も宿るその時が来るまでじっと待つ事にした。幸い、恐らく叔父家族とジークハルトは私を完全に恐れているはずだ。そして再び命を狙ってくる可能性がある。けれど今の私を傷つけられるのは私しかいない。もはや彼らは私にとって脅威では無い。ただその間、静かに時を待っていたいだけなのだ。
そこで私は荷造りを始めた―。
コンコン
扉をノックする音と共に、ユリアンの声が聞こえた。
「フィーネ様。宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
トランクケースに自分の大切な荷物をしまいながら私は返事をした。
「失礼致します」
扉を開けて入ってきたのはユリアンだった。彼は旅装束に身を包み、トランクケースを手にしていた。
「ユリアン、すっかり旅の支度が出来たのね?」
「はい…フィーネ様」
「それでは太陽が沈むまでにこの城を出て森を抜けるのよ。貴方の事は巻き添えにしたくないから。この城の別館には私専用の馬がいるの。あの馬なら使っても誰も文句を言わないわ。荷馬車もあるからあれも持って行っていいわよ。あ、そうだ。貴方に渡しておきたい物があるの」
テーブルの上に置いた両手に乗るほどの持ち手付きの小箱をユリアンに差し出した。
「どうぞ、ユリアン。私からの餞別よ。受け取って頂戴」
「え…?一体何ですか?」
「私の今貴方に渡せる全財産よ」
「えっ?!」
ユリアンは箱の蓋を開けると目を見開いた。そこには私のアクセサリーや貴金属類が全て収められている。
「この城を出ても、すぐに働き口が見つかるとは限らないでしょう?だからお金が必要になったらその宝石を売って頂戴。必ず役に立つと思うから」
「ですが…」
「いいのよ。私にはもう必要ない物だから」
すると、ユリアンの顔が一瞬悲し気に歪み…。
「!」
腕を引かれ、次の瞬間私はユリアンに抱きしめられていた。
「ユ、ユリアン?」
一体何を…?
魔女になって私は初めて動揺した。
「いきなりこのような事をして…ご無礼をどうぞお許し下さい…。やはり、貴女はととてもお優しい方です…。フィーネ様。私を貴女の御側に置いてください!」
ユリアンは驚くような事を言って来た。
「いきなり何を言い出すの?貴方…自分の言ってる言葉を理解出来ているの?」
「ええ、勿論です。私は…貴女の事をお慕いしておりますっ!」
そしてますます強く抱きしめて来る。
「正気で言ってるの?今や誰もが私の事を魔女と言って恐れて近付いても来ないのよ?それなのにそんな事を言うなんて…」
「何故ですか?何故貴女を恐れなくてはならないのですか?私は貴女のように美しいい方は今まで見たことがありません」
ユリアンは耳を疑うような事を言って来た。
けれど…。
「駄目よ、ユリアン」
私はユリアンの身体を押しのけた。
「私の身体はこれから罪でもっと汚れるわ。こんな私の傍にいては駄目よ。早くこの城を出るのよ」
「フィーネ様、ですが…」
「出て行ってって言ってるでしょうっ!」
私が声を上げると身体から火花が飛び散った。
「っ!」
ユリアンは驚いた様に目を見開いて、後ずさった。
そう、それでいいのよ…。
「いい?貴方がこの城にいると私は復讐を果たせないのよ。つまり邪魔なの」
そしてクルリと背を向け、窓の外を見ると言った。
「この森を抜けると、町があるわ。そこに行って宝石を売ってお金にするといいわ」
「フィーネ様…」
背後でユリアンの悲し気な声が聞こえる。
「早く行きなさいってばっ!誰かに私の部屋にいる事が見られたらどうするのっ?!
私の足を引っ張るような真似はやめてっ!」
わざと突き放すような言い方をした。
「…分りました…。フィーネ様…。短い間でしたが…私は貴女の事をお慕いしておりました…」
その言葉に肩がピクリと動いてしまった。
「さようなら、フィーネ様」
その言葉を残し、ユリアンの足が遠ざかっていく音が聞こえ…。
パタン…
扉が閉まる音が部屋に響いた―。