「J」地面に突っ伏したい2人目
お題「ジェラシー・嫉妬」
たくみ視点
「先に帰った? ゆいこが?」
思ったより大きな声が出て、回りを見渡す。
放課後の賑やかな時間ということもあって、こちらに注目されるようなことはなかった。
改めて向き合ったひろしは小さく頷く。その横顔はどこか遠くを見るようにぼんやりとしていた。
「珍しいな」
ゆいこも友達はそれなりにいるので、別に一緒に帰らないこともないわけではない。ただ、いつもは一言声をかけるのが定石だ。それは直接だったり、メールだったり。今回はひろしだけにメールをしていたらしい。
「ひろし?」
心もち、うつむき加減の相棒に声をかける。ひろしはおもむろに立ち止まると、ぼそりと呟いた。
「ゆいこにも、大事なヤツがいるんだ」
「……、は?」
言葉がうまく処理できず、間の抜けた声しか出なかった。ゆいこに、大事な、ヤツ?
「なに、言って」
「"ゆうくん"に、会いに行ってくるって」
知らない名前に、喉の奥がきゅっと詰まる。冗談だろと笑い飛ばしたいが、ひろしの表情がそうさせない。
何かをこらえるような、沈痛な面持ち。
「メールに、そうあったのか」
ひろしは答えない。きゅっと口を結んで、うつむき加減のままだ。煮え切らない態度にむっとして、思わず突っかかってしまう。
「……ひろしは、それでいいのかよ」
「ゆいこが、選んだなら」
「っ!」
俺は、知っている。ひろしがどれくらいゆいこのことを想っているかを。
一番近くで見てきたのは、俺だ。
俺もお前も、そんなに簡単に区切りをつけられるわけがないんだ。
「いつ聞いた?」
「……昨日」
「そいつには? 会ったのか?」
ふるふると、黒髪が横に揺れる。その腕をがしりと掴む。
「その面、拝みに行こうぜ」
「たくみ?」
「だいたいあいつトロいとこあんだから、もしかしたら騙されたりしてるかもしれないだろ」
そうだ、と、言いながら自分にも納得させる。これは自分の為じゃない。ひろしと、ゆいこのためだ。
でないと、このムカムカは、暴走してしまう。
「あれ? たくみ、ひろし!」
塾からゆいこの家までの道。案外すんなりゆいこは見つかった。
「……何してんだよ」
黒い犬とじゃれあっているゆいこに、思わずぶっきらぼうになる。視線だけはちらりと周りを見渡すが、"ゆうくん"らしき人物は見当たらない。
ひとしきり犬と遊ぶと、飼い主とその犬は去っていった。満足そうに手を振るゆいこにも、今はイライラしてしまう。
「何って、お散歩してたの」
「誰と」
「誰って、ゆうくんと、だけど」
きょとん、と丸くした目をこちらに向けるゆいこ。
聞いてはいたのに、改めてゆいこの口から聞くと、がつんと殴られたような衝撃があった。
「どいつだよ」
「え、さっきいたじゃん」
そう言われても、犬と飼い主しか見ていない。飼い主はおばさんだったし、どういうことだ?と頭が若干回らなくなってきて、
くっ、と。
吹き出すような声が、後ろから聞こえた。
「ひ、ろし?」
「……え? あっ!? ねぇひろし、話しとくって言ったよね!?」
顔を真っ赤にしたゆいこが、ひろしに向かって声を荒げている。当のひろしは、ぷるぷると肩を震わせて手のひらで顔を覆ってしまっている。隠しきれない笑いが、不気味に口の端から漏れてしまっているが。
「えっとね、たくみ、"ゆうくん"この子!」
呆気にとられているうちに、鼻先にゆいこのスマホが突きつけられる。
それは、軽やかに走って黒い毛を靡かせている、
黒い犬。
「ひーろーしーくーんー?」
全てを理解した俺がひろしに殴りかかるのを、ゆいこがここばかりはと全力で応援し、ひろしは止まらなくなった笑いを隠さず謝る。
賑かな帰り道は、まだしばらく続くようだった。
この関係が崩れない限り、だけれど。
その先のことを考えようとした思考を振りきり、今はとりあえず、笑い続けるひろしをゆいこと一緒に追いかけた。