「J」じつは気にしている
お題「放課後」「嫉妬・ジェラシー」
ゆいこ目線
私は、段々とグラデーションの濃くなる空を見ていた。ちらりとスマホの画面の隅を確認して、約束の時間からずいぶん過ぎていることに気づいてため息をつく。
「おっそいなぁー」
既読のつかないひろしへのメッセージをもう一度見て、またスマホを鞄にしまう。
今日は塾がなかったから、学校まで迎えに来てもらって本を貸してもらう予定だったのだ。少しなら待とうかな、と読み始めた小説は、とっくに読み終わってしまった。
ここまで待ってしまうと帰る踏ん切りもつかず、ついそわそわとしてしまう。あともう5分待って来なかったら、でもあと少し待てば終わるかも。
さっきまでちらほらといた待ち合わせらしい生徒もすっかりまばらになってしまって、なんだか心細くなってきた。
「……やっぱり帰ろうかな」
そう決めた途端、玄関の方でざわざわと声が聞こえてきた。
かすかに聞こえてくる、怒鳴り声。生活指導の先生だ。他にも何人か先生が出てきて、つかまってしまった生徒が早く帰れと説教を受けている。そして一人がこちらの方にも向かってきていた。
やばっ、見つかっちゃう!
ふいに、手を引かれて物陰に匿われる。思わず待ちわびた人の名前が口をついた。
「ひろしっ」
「悪かったな、ひろしじゃなくて」
「た、たくみ?」
頭上で不機嫌そうな声。それがあまりにも近かったせいで、心臓が暴れだす。熱くなった顔があげられない。
「あ、あの、先生、向こう行ったよ?」
壁に押し付けられたこの体勢はなかなか恥ずかしい。少し離れて欲しくて目の前にある胸の辺りを小突くけど、びくともしない。……なんだかたくみが怒ってるような気もする。
「ねぇ、たく……」
「俺のことも頼れよ」
「え?」
なんのこと? 聞き返そうとして顔をあげると、たくみのむすっとした顔が見えた。
拗ねたように口の端を曲げた顔は、子供みたいだ。思わずかわいいと思ってしまって、それはどうやら表情に出てしまったらしい。たくみの眉間のシワがまたひとつ増える。
「俺だって……この……」
「?」
ひとりごとのようなたくみの声。聞き取りにくくて少し背伸びをする。真剣な表情になった、たくみの手が私の頬に伸びてきて。
……むぎゅう、と掴むと容赦なく引っ張った。
「いっひゃ!」
痛がる私を見て、たくみがくしゃりと笑う。
「帰ろーぜ。送っていく」
「う、うん」
つねられた頬を押さえながら、スマホの入った鞄を見る。
どちらにしろ帰ろうと決めたところだったし、ひろしには後で謝っておこう。そう心に決めて、私は先に歩き始めたたくみを追いかけた。
たくみの後ろ姿からは、さっきの不機嫌さは薄れている。
だったら、さっきうっすら聞こえたあの言葉もからかわれてたんだろうか。
思い出しながら、一人で顔を赤くする。
「俺だって、ゆいこのこと見てるのに」
「放課後」用に書いて不採用だったため、「ジェラシー」にてリサイクルさせてもらいました。
とっさに名前を読み間違えるシチュが好きなのです。
追記~~
5/13放送第189回トライアグルレッスン「J」にて朗読していただきました!感無量です。
お二人の考察はごもっとも!
イメージ的にゆいこはふたりとも大事な幼馴染み、特別意識していない時期をイメージしてます。なので来ないひろしに対してもおっそいなーあいつめーで済む。
ひろしは多分携帯忘れるなりして急用やら呼び出し入って、たまたま通りかかったたくみにゆいこたのむ的なやりとりがあったのかな、とふわふわしてます。
多分次の日からゆいこはたくみ意識しちゃうでしょう。ひろしはそんな二人に不審がったり嫉妬なりなんなりするかもしれません。無限「J」。
素敵な朗読になっていますので、是非文字と声の両方でお楽しみいただけたら。拾っていただき感謝です。