な〜に〜?
最近は物騒だねぇ。
テストの答案用紙に書かれた答えを一問一問丁寧に採点しながら先生は言った。
そうですね?とおれが曖昧に返事をすると、先生は相変わらず何を考えているか分からない顔で手を動かしながらそうなんだよと答えた。
「最近は殺人や行方不明の件数が10年前の50倍くらいになっているそうだよ」
先生は一度忙しなく動かしていた手を止め大きく伸びをした、そしてまた何を考えているか分からない青白い顔をしながら、手を動かした。
挨拶が終わったら職員室に来なさい。
ホームルームが始まる前に言われた時、別に驚きはなかった。元々おれは勉強等には一切手を付けず、好き勝手に遅刻をしてくるような模範的問題児であり、逆に今まで一度もこのように呼び出しを受けた経験が無い事に気づいて驚いたくらいだ。
呼び出された職員室へとおれはきた、日が傾くのがとても早くなったのを感じる。もの寂しげな濃い影が伸びる廊下は冷えていたとは違い暖房が効いていてとても暖かかい、何かのプリントや教科書ゴチャゴチャ顧問をもっている他の先生達は部活で出払っているようで、職員室にはおれと先生しか居ない。
右を向けば大きなガラスの窓から運動場がよく見える、グラウンドでは3年生が引退して最上級生となった2年生が取り仕切る野球部やサッカー部の声が乾いた空気の中寂しい程によく響いている、よく見ると既に引退してOBになった3年生もチラホラ混じって居るのが分かる。
おれがアソコで北風に震えながらボールを蹴っていたのが丁度一年前だと言うのだから時間の流れは速いものだなと思う。ゴールキーパーが、
「いくぞー!」
と声を出し、ボンっと鈍い大きな音を上げてボールを高く蹴り上げた、今日は練習を早めに切り上げて、後は楽しく試合をしているみたいだ、おれはぼーっとしながらボールを目で追いかけていた。
「このあと時間はあるかな?」
スイッチが完全に切れていたおれは先生に言葉をかけられたことによりまどろみから現実に引き戻された、先生はいつの間にかテストの採点を全て終わらせ帰りの支度をしていた。
「あぁ、はい今日はバイトないんで時間ならいくらでも」
「少し僕に付き合ってくれないか?」
というので、別に少しじゃ無くてもいくらでも付き合えますよと、おれは言った。
おれと先生は下駄箱で靴を履き替え、校門をあとにして、駅に向かった。外はかなり冷え込んでいる。登校してきた時の心許ない格好では、アイスマンのようにカチンコチンに凍ってしまうかもしれない、見つかるのは遥か未来だ。
おれの帰りが遅くて心配する人間の最後の一人だった母親が一年前に死んでからは、それこそ下校してからのままで登校できる程おれの時間は有り余っている。
保護者がいなくなったのだから、おれは色々と未来について断念しなければならない事ばかりだった。そんな事もあったが結局一番困ったのは変におれに同情した奴らがおれの前では大学への進学だとか部活動だとか、そういうおれが諦めざるをえなかった話題について話す事は無神経だという空気を作り出した事だ。
そのおかげでおれは腫れ物を扱うように接され、元々特別仲の良い人間も居なかったおれの周りからは段々と人が消えていき学校では孤立してしまった。
未だに彼女ができないのもバイト先の後輩に尋常じゃない程嫌われているのもその全ての原因がこのせいな事は明白である。
もし彼等の無駄な同情が無ければ今頃はこんな干からびたミイラのような教師とは違って学校中の人間から羨望の眼差しを向けられるようなガールフレンドを連れて、一緒に制服デートをするようなバラ色の高校生活を謳歌しバイト先の後輩からは先輩…カッコいい…みたいに好意をもって接されていたことは言うまでもないだろう。
「君は魔法使いを知っているかい?」
「知ってますし、好きですよ。寝る前に想像する自分の姿って大体魔法使いですから」
信号についた押しボタンを先生が押した。
「実はね、僕魔法がつかえるんだ」
「はい?」
つい声を上げてしまった。
「まぁ、正確には魔法少女みたいな格好をしたトロピカル中年だけどね」
「はぁ…」
おれはこのごぼうの皮を向いたみたいな青白くそしてひょろ長いオヤジの言っていることが分からない、先生が魔法少女だと?不意におれの頭の中でこの青白い中年と純情可憐な彼女達がリンクしようとしたが、やはり拒絶反応を起こされたようでどうにも酷い出来にしかならない、具体的に言えばトロピカルなコスプレをした青白い普通のオッサンだ。
「獣がいて、それを狩る狩人がいて、それを処刑する魔法使いがいる。」
信号が赤から青に変わりカッコー、カッコーという音が鳴る。
「どゆことすか?」
「百聞は一見にしかず今から見せてあげるよ、見たくなくても」
ビュオォォォオ!
「うおっ…」
突然強い風が吹き、目を閉じた。
「来るよ」
少し緊張した声で先生は言った。
目を開けると街の灯りは全て消え辺りを不気味な暗闇が街を照らすだけになっている。
ッ──ドンッ─ドンッ─ドンッ。
太鼓のような音が遠くでなり始めた。おれは怖くってぎゅっと目を瞑った。
ドンッ、ドンッ、ドン、ドン!ドン!ドン!。
音は段々と近付いてくる。冷や汗が吹き出してくる。とにかく強く目を瞑る。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
音が耳元まで来た。
「しっかり見ておきなさい。これから君の仕事になるんだから」
バンっ!とおれの背中を叩いて先生が言った。落ち着いた先生の声を聞いて少し安心し、ま…マジすか…?とおれは震えるようなか細い声で返事した。
「目開けて確かめてみ」
ふざけたような口調で先生は言った。
おれは恐る恐る目を開いた、直視するのは怖いので下を向いてだ。
目が慣れてないのと暗闇で何も見えねぇ。
「どうだ?」
「まだ目が慣れてません」
何も見えなかったのに安心して俺は顔を上げた。
少しずつ目が慣れきて、ボンヤリと何かが見えてきた。
「どうだ見えるか」
「微妙に見えてきました」
すごく大きい視界全体を埋めるほど大きいなにかだ、恐怖心が和らいできたのでもう少し目を凝らしてみた。
ん…?これは……目の前にあるな…人の顔。
「うわぁあっ!ぁぁぁ〜…」
情けない声と大きな声が同時にでた、先生はぷっと笑った。おれは腰を抜かしてしまった。
「怖ーだろ?」
暗闇に照らされた先生は何だか楽しそうにしている、よく見ると先生は何か大きな塊を押さえていた。
「そろそろ目が慣れてきたか」
オレはコクリとうなずいた。
見てしまった物は仕方ないこれ以上は目を瞑っていていなくてもも呪われそうなのでおれは目をあけた、勿論謎の怪物を直視はしない先生の方だけみている。
「なら最後までちゃんと見といてね」
といい謎の塊を蹴り飛ばし、
「宵闇」
ボワァンと少しずつ辺りが明るくなった。たそがれ時くらいの明るさだ。
明るくなって来ると横断歩道の真ん中に何かがいるのが分かった、しっかり見ると大したことが無いなんてことはない。何人もの人間を押し潰して貼り付けたような歪な形の塊。
「あっ……えっ?」
今まで見たことのない物に俺の脳みそは戸惑っていた、おぞましい、そして臭い、これは現実なのか?疑っているわけではない。これはヤバい。
「こっから先生カッコいいぞ」
おれの方をポンと叩いてそう言うと、先生は変身と叫んだ。
鮮やかな赤い光が先生の中から大量に出てきて先生の体を纏わりつくように少しずつ覆い、最後に弾けるように光が散っていった。
光が散った先生は、魔法少女のような服装に青色のちゃちぃ銃を持っていた。
「チェンジ」
先生が短く言うと、服装はジャージとウインドブレーカーに変わった、唯一銃だけはちゃちゃいままだ。
ちゃちい銃を構え
「さぁコレが最後の仕事だ」
あらすじが好きだったから捨てきれなかった。