届かぬ指輪
「ところで」
ティナは切り出した。囮の話だろうか。
「体中が痛むわ。マルシェ、回復魔法をお願い」
「あ、魔弾を受けていたんだよね、ごめん」
マルシェは急いで回復魔法をかけた。
「ありがとう。威力自体は、それほどでもないわ。衝撃は強いけど。
強く撃とうとすれば、威力を上げられるのかもしれないけど……」
「威力の調整はおそらく、出来るのでしょうね。溜め込む時間が長かったら、要注意でしょう」
魔法に詳しいクラインが言った。
「魔法は本当に厄介だね。アーサー、次はいつ魔王に挑むの?」
キョウコが先の話をした。
「一日経つ間に、新しい魔物が沸くかもしれないが、今日は休もう。
時間を置けば、またなにか発見があるかもしれない。これで、最後なんだ。慎重にいこう」
アーサーが話す。
最後。もう、転移石はない。次で、本当に最後の戦いなのだ。
「そうですね。新たな発見があるかもしれません。クレア、明日は軽い鎧で来てください。
走ることになりますから」
クラインは装備の話をした。一周するための布石。
「わかりました。私の役目は、遠距離攻撃を防ぐことですよね。軽い鎧で行きます。
盾は持っていきます」
クレアが頷いた。
「また、翌朝出発しよう。全員で、飯でも食べるか?」
アーサーが提案した。これで最後かもしれないから。
「私は、ちょっと一人になりたい」
キョウコは意外にも断った。
「僕も、少し一人になります。役に立てなくて、申し訳なかった」
クラインは悔やんでいるようだ。
「これから、大活躍でしょう。落ち込むなんて、クラインらしくないわ」
ティナは励ました。
「わかった。一人の時間も必要だしな。また、明日だな。明日で、本当に最後だ。今日は解散にしよう」
アーサーは解散することにした。
皆頷いて、それぞれ、目的地に向かって歩き出した。
キョウコは集落の市場で、品物を見ていた。
店が並んでいる。その中の、一軒。
安い指輪を手に取り、眺めていた。
しばらく眺めた後、それを購入した。
そして、アーサーの家へと歩き出した。
キョウコは考えていた。もし、クラインの陣で、練気が使えるようになるなら。
自分は、奥義を使うことになるだろう、と思った。
あの魔王には、普通に戦っていては、勝てない。
普通の練気で切り込んでも、刀で一発止められたら、それで終わってしまう。
奥義を使うことに、恐怖を感じた。しかし……。
指輪を眺める。
仲間たちの顔が、頭に浮かぶ。
短い間だったが、とても長い時間を、一緒に過ごした気がする、仲間たち。
誰も死なせはしない。
キョウコはアーサーの家に辿り着いた。
ドアをノック。しばらくキョウコが待つと、アーサーが中から姿を現した。
「どうした?キョウコ」
アーサーは意外そうな顔をしていた。
「ねえ、アーサー」
キョウコの声は小さい。
「なんだ?」
「私が死んじゃったら、悲しい?」
「どうしたんだ、急に」
「悲しい?」
キョウコか、真剣な目で、見つめる。
アーサーは普通ではない雰囲気を感じ取った。
魔王との戦いで、キョウコは不安になっているのかもしれない。
「悲しいよ。お前には、生きていてほしい」
アーサーは不安を取り除いてあげたかった。
「左手、出して。左手」
キョウコが突然、要求した。
アーサーはよくわからないまま、左手をキョウコの前に出した。
キョウコが、その薬指に指輪をはめ込んだ。ピッタリだった。
「生きて帰れたら、結婚してくれる?私、ドレス着るの、夢なんだ。似合わないって、笑われるかもしれないけど」
キョウコは泣きそうである。
アーサーは思った。キョウコは本当に不安なのだ。
「生きて帰れたら、結婚でもなんでもしてやる。指輪も買ってやる」
アーサーはキョウコの手を取った。
キョウコが微笑する。
「ありがとう。指輪、楽しみにしてるからね。恥ずかしいから、これで帰る。
唐突で、ごめん。あと、その指輪、安物だから」
キョウコはアーサーに背を向けて、早足に去った。
アーサーは指輪を買ってくれると言った。
キョウコは嬉しかった。
その指輪は永遠に自分の元には届かないと、悟りながら。




