『勝つ必要』
レインの姿は見えなくなった。
「ねえ、ティアルの涙はわかるけど、転移石って何?」
キョウコが説明を求めた。初めて聞く名前だった。
レインの話のせいか、神妙な面持ちだった。
「石に色がついているでしょう?赤い石を持った人間が念じれば、石を持った人間が、
瞬時に大聖堂まで戻ってこれる魔法の品、と言っていたわ」
ティナが説明しながら、六つのペンダントを見せた。
一つには赤い石。残りの五つには、青い石がついていた。
「アイテムを利用したテレポートですか。それは、とても貴重ですね……。
よく、僕たちに授けてくれましたね。今度、お礼を言わねばなりません」
クラインは興味深そうだ。
「無駄にはしない」
ティナが言い切った。
「赤い石を持ってる人以外が念じても、意味が無いんだよね?」
マルシェが重要な部分を尋ねた。
「そうでしょうね。この赤い石を誰が持つか……重要ね」
「俺は、マルシェが持つのがいいと思う」
アーサーはすぐに提案した。
「なんで僕なの?」
「お前なら、仲間が傷を負ったとき、その傷が致命傷なのか、回復できるかどうかを、
判断できるはずだ。そして、後衛。一番安全な位置にいる。四層での頭の回転も、鋭かった」
「賛成です。異論ありません」
クラインが頷いた。マルシェの力強さは、どんどんと上がっていっている。
「マルシェ、よろしくね。頼りにしてるから」
キョウコはうんうんと頷いている。
「わかった。ちゃんと状況を判断して使うよ」
マルシェは期待に添えるべく、強く頷いた。
「マルシェが起動の石を持つのね。わかったわ。では、ティアルの涙は?」
ティナが赤いペンダントをマルシェに渡し、他の皆には青いペンダントを配っている。
皆、ペンダントを身に着けた。
「前回に引き続き、僕が持ちましょう」
「お願いするわ、クライン」
ティアルの涙をクラインに渡す。
「これで、かなり状況が変わったな」
アーサーは考えている。
「魔王といきなり五層で鉢合わせ、なんてことになる前に、作戦会議をしておきたい。
魔王と戦う時に、絶対に心がけないといけない事が出来た」
「それは、何?」
キョウコが尋ねた。答えがわからない。
「絶対に死なない事、そして、勝とうと思わないことだ」
「……一つ目はわかります。でも、二つ目はよくわかりません。勝とうと思わなければ、
到底勝てる相手ではないのでは?」
クレアは考えている。
「俺たちは、転移石という貴重な物を貰った。
これさえあれば、生きてさえいれば、一瞬で撤退することが出来るんだ。
多分、この石は一回くらいしか使えないんだろうが、勝とうとして、捨て身の攻撃を仕掛ける必要がなくなった。
慎重に戦って、魔王の戦術、武器、魔法、特性を知ることが出来れば、
撤退して二度目の戦いで、有利に戦える」
アーサーは持論を展開した。
「なるほど。一回目は、情報収集を主に行う、ということですね」
納得したクレア。
「ああ。もちろん、勝てるようなら、勝てるに越したことはないけどな。
クレアは起動石を持ったマルシェを守る。俺とティナ、キョウコが接近する役目だ。
クラインは遠距離から、状況に応じて魔法を使ってほしい。
勿論、これは現段階での作戦だ。五層を見て、変える可能性がある。
何か、変なところはあるか?」
アーサーは皆に尋ねた。持論の確認。
「ないと思う。それでいこうよ」
キョウコは少し考えていたが、納得している。
「転移石を温存しなければなりませんね。マルシェ、判断は慎重に。
作戦に異論はありません」
クラインにも異論はなかった。少し、五層という場所が心配だったが。
「タイミングよく使うよ」
マルシェは頼もしく答えた。
他の皆にも、異論はなさそうだ。
「よし。じゃあ、出発しよう。皆、死ぬなよ」
アーサーが出発の合図を出した。
皆は頷き、歩き出した。
平和のため、ここまで戦ってきた。
最後の戦いが始まるのだ。
負ければ、集落は魔物に襲われる。
まだ見ぬ魔王、その存在を意識しながら、歩く。
六人の中で、キョウコだけが、逃れられない死の気配を、無意識に感じていた。




