懺悔
その翌日。
早朝、六人が結界の広場の前に集合した。
準備、万全。
そして、レイン大神官の姿もあった。
「みんなおはよう……なんだけど、なんでここに大神官が?」
キョウコは首を傾げている。あまり面識はない。
「見送りに来たのです。みなさんを。ティナ、少しいいですか」
レインはティナに近寄った。
「なんでしょうか?」
ティナは不思議そうだ。
「これを、あなた達に」
レインがそう言いながら、六つのペンダントと、ティアルの涙を取り出した。
「これは、転移石と、ティアルの涙ではありませんか」
「大聖堂から盗み出してきました。どうか、お持ちください」
「しかし、こんなことをすれば、あなたの立場が」
「私は、罪人になるでしょう。しかし、いいのです。もう、いいのです」
レインは、どこか寂しそうだった。
「そんな、受け取れません」
「昔話をしましょう。私は二年前、愛する夫を失いました。
夫は、不治の病に苦しんでいました。私は懸命に看病をしましたが、病状は良くならず、
夫は日に日に弱っていきました。私は思いました。この病気を治すには、ティアルの涙しかないと。
私は、議会で必死に頭を下げました。どうか、夫の病を治すために、ティアルの涙を使わせてください、と。
私は罵倒されました。病気で苦しんでいるのは、お前の夫だけではない。
大神官としての自覚は無いのかと。
そして、ティアルの涙を手に入れることは、出来ませんでした。
しかし、私は大神官でした。
大神官の鍵を使えば、ティアルの涙を盗み出し、夫を救う事が出来たのです。
しかし、当時の私には、その勇気が無かった。愛する者を失う悲しさの重みも知らなかった。
夫が弱っていき、夫が死ぬ運命であることを知りながら、ティアルの涙を盗むことが出来なかった。
私は苦しみました。
そして、ある晩……深夜のことでした。夫が私を呼びました。
夫は言いました。
『私はもう死ぬ。わかるんだ、自分の事が。
お前には、私に代わって、違う相手を見つけて、幸せになってほしいと言ってやりたいが、
私にはその勇気がない。お前に私の妻であり続けてほしい。
私はお前の夫でいられたことを誇りに思うよ。
情けない夫ですまない。レイン、どうか幸せに』と。
私はその瞬間、家を飛び出しました。ティアルの涙を大聖堂から盗み出し、
必死に家まで走りました。
しかし、家にたどりついた時、夫は既に息絶えていました。
夫は最後の瞬間、一人で死の恐怖と戦い、一人で死んだのです。
私は傍にいてあげることも出来なかった。手を握ってあげることも、出来なかった。
それからの二年間、大聖堂での祈りの時間は、私にとって、懺悔の時間でした。
皆が真剣に祈りを捧げている間、私は懺悔し続けていたのです。
許しを乞い続けてきました。
こんな人間の、何が大神官でしょうか。私は大神官の器などではない。
しかし、私は、大神官を続けてきました。それもきっと、すべてこの時のためだったのでしょう。
ティアル様のお導きだったのでしょう。
あなた達に、この転移石とティアルの涙を託すこと。
この瞬間のために、私は大神官であり続けたのでしょう。
もう、後悔はしたくない。さあ、昔話は終わりです。
どうか、お持ちになってください、この転移石とティアルの涙を」
レインは転移石とティアルの涙を、ティナに渡そうとした。
ティナは何も言えなかった。レイン大神官の苦しみを理解しようとした。
右手を差し出し、転移石とティアルの涙を受け取った。
レインは微笑んだ。
「受け取ってくださって、ありがとうございます。あなた達の無事を、祈っていますよ。
絶対に、帰ってきてください。ティアル様のご加護を」
レインは一礼すると、皆に背を向けた。
背を向けてから、レインはは見えない所で、涙を流した。
「レイン様!必ず、必ず生きて帰ります!」
ティナが叫ぶ。レインの背中に向かって。
レインは涙を拭き、一瞬振り返り微笑むと、また前を向き、去っていった。




