桜花六連
逃げ切ったキョウコは、師匠の家まで来た。口は災いの元である。
門を叩いて、大声で叫ぶ。
「ばあや、いるー?」
呼びかけ、すぐにおばあさんが出てきた。
「おお、キョウコ。迷宮の調子はどうだい」
おばあさんは笑顔だ。キョウコが来てくれて嬉しいようだ。
「なんと、次で最後だよ。五層。魔王よ、魔王。それで、師匠に会いに来たの。起きてる?」
「今は起きてるよ。お入り」
門を抜け、木の廊下に足をつける。
廊下を歩き、師匠の部屋の前へ。
「私は、向こうに行ってるよ」
おばあさんは、キョウコを案内して、去っていった。
キョウコはおばあさんに手を振った。
そして、師匠の部屋のドアをノックした。
「キョウコです。いますか?」
「入れ」
中から声。キョウコはドアを開け、中に入った。
師匠が布団から身を起こしていた。
「生きていて何よりだ。迷宮の様子はどうだ?」
師匠は問いかけた。表情は厳しい。
「危険もたくさんありましたが、次で五層です。魔王との、戦いです。
それで、師匠にお願いがあって来ました」
「お願い?なんだ」
「奥義を教えてください」
「ダメだ」
拒絶。
「なんでダメなんですか!練気は教えてくれたじゃないですか。それより、もっと強い技なんですよね?
私じゃ、力不足ってことですか?」
「力不足云々の問題ではない。お前は、奥義の危険性を知らない。奥義は、自らの命を落とす、最後の技なのだ」
「命を、落とす?」
「奥義をお前に教えるわけにはいかないのだ。それが目的なら、もう帰れ」
「で、でも!今のままでは力不足なんです。ここぞという時に、散々しくじってきました。
仲間たちのおかげで、命を救われてきたんです。仲間を守る力が欲しいんです。
このまま魔王との戦いに挑めば、どうなるかわかりません。教えてください、奥義を」
キョウコは深く頭を下げた。
師匠はキョウコを見ている。そして、昔を思い出していた。
「そんな機会は、この平和な集落では、無いと思うけど、
もしもあの子が本当に奥義を必要とするならば、教えてあげて。お願いよ」
女の声を思い出す。師匠はため息をついた。
「仲間のために刀を振るうのだな?」
「はい、大切な人たちのために」
師匠は、しばらく考え込んでいた。
キョウコはじっと待つ。
「いいか、練気だけで倒せる相手なら、練気で倒すのだ。奥義は、本当に最後の技だ」
師匠がゆっくりと喋る。
キョウコは緊張した。教えてくれる。奥義を。
「練気は上手く使えるようになったな?」
「はい。練気を使うこと自体は、もう慣れました」
「練気で強く踏み込んだ後、普通に切り込んでいるな?」
「はい。切り込みは普通です」
「奥義はそこが違うのだ。踏み込んだ後、足元に溜め込んだ練気を、すぐに上半身に流し込む。
流れるようにな。すると、上半身に流し込んだ練気で、爆発的な力で切り込むことが出来る。
連続攻撃も可能だ。大体、六連撃が限界だが……。このため、『桜花六連』という名前がついた」
桜花六連。上半身に練気を流し込む。キョウコは真剣に聞いていた。
「何故、この奥義を使ってはいけないのか、わかるか?」
質問。キョウコは必死に考えた。
「上半身に送り込んだ練気で、体に大ダメージが来る、とかですか?」
「違う。上半身に負担はかかるが、死ぬほどではない。……脳だ。
上半身に送り込んだ練気は脳へと達し、凄まじい衝撃を与える。
奥義を放ったら、その場で即死するか、意識を失い、二度と目覚めないかのどちらかだ」
キョウコは息を飲んだ。即死。
「お前に教えたくなかったのは、そのためだ。本当に、必要な時にだけ、奥義を使うのだ。
勝手な使用は許さない」
師匠は警告した。優しさ故。
「この奥義を使うには、奥義の威力に耐え得る刀が必要だ」
師匠は立ち上がった。
壁際に歩いていき、壁に掛けられた一本の刀を握った。
「これは、お前の母の形見だ。持っていきなさい」
師匠は、キョウコの元へ寄り、刀をキョウコに預けた。
キョウコは刀をじっと見つめた。どこか、懐かしい気持ちがしていた。
「ありがとうございます、師匠」
「魔王は並の相手ではないだろう。だが、必ず生きて帰ってくれ。奥義も使わずにな」
「自分の命を無駄にはしません」
「……心配だな。少し、疲れた。休ませてもらう」
師匠はそう言うと、布団に横たわった。
「キョウコ、お前も休んでおきなさい。戦いには、休息が必要だ」
「わかりました。今日は、ありがとうございました。お大事に」
「また会おう。必ずな」




