親友と恋人
「マルシェ、おい、マルシェ!」
マルシェを呼ぶ声。
マルシェの意識は、ぼんやりしている。
アーサーがマルシェの前で、呼び掛けている。
「アーサー……」
苦しそうなマルシェ。
「マルシェ、お前は今背中に傷を受けてる。急いで自分を治療するんだ」
アーサーは冷静に促した。
言われるがままに、回復魔法を自分にかけるマルシェ。傷が痛む。
「なんとかなったな……剣が刺さってる。痛むが、抜くぞ。抜いたらすぐにまた治療するんだ」
マルシェは頷いた。幸い、もう傷の痛みはほとんどない。
アーサーが剣を抜き、すぐにマルシェは自分を治療した。楽になった。
「次はティナを治療してくれ。俺たちは勝ったんだ」
ティナ。マルシェは飛び起きた。
すぐ隣に横たわっているティナ。急いで回復魔法をかけた。
「う、うう」
ティナが唸っているが、生きている証拠だ。間に合ったのだ。
「勝ったんだね。よかった……」
マルシェはティナを治療することが出来て、安堵した。
クラインとキョウコも、集まってきている。
「さて」
アーサーが口を開く。
「どういうことだ、クレア?」
マルシェはクレアの名が出て不思議だったが、すぐ傍にクレアが立っている。
マルシェは心底驚いた。
「来て、しまいました」
クレアは俯いている。
マルシェは驚きながら、クレアの姿を見た。鎧を着ていない。私服のままだ。
「クレアが、盾でティナとマルシェを守ったんだ。クレアがいなければ、
マルシェは殺されていただろう。しかし」
アーサーが溜息をつき、続ける。
「その恰好はなんだ」
「急いできたので、鎧を着る時間が無かったのです」
クレアの声は小さい。
「ば、ばかじゃないの!?魔物に襲われたらどうするつもりだったのよ!」
クレアは一人じゃ戦えないでしょ!」
キョウコが問い詰める。
「走って、逃げるつもりでした」
クレアは萎縮。
「馬鹿な、無計画すぎる」
クラインが額を抑える。頭痛のようなものだ。
「なんで、いきなり駆けつけた?何かあったのか?」
アーサーは原因を探ることにした。
「長老から、ティナとマルシェの手紙を受け取ったのです。
それを読んだら、私、失うのが怖くて、盾を持って夢中で飛び出しました。
ほとんど、何も考えていませんでした。ごめんなさい」
クレアは頭を下げた。
ティナがよろよろと立ち上がっている。そして、舌打ちしていた。
「あのバカ長老」
溜息が出た。簡単に約束が破られてしまった。
「長老もバカだけど、クレアはもっと馬鹿だよ!何考えてるんだよ!」
マルシェは納得がいかなかった。
「鎧も着ていないなんて、馬鹿だ!一人じゃ戦えないのに、何やってるんだよ!クレアの馬鹿!」
「あなただって馬鹿です!あんな手紙を残して。勝手に死んじゃってごめんね、なんて、あんまりです。
私よりあなたの方が馬鹿です!」
「クレアの方が馬鹿に決まってるだろ!」
「あなたの方が馬鹿です!」
二人が争っている。
ティナは、やれやれといった表情で、二人に声をかけた。
「二人とも、もっと他に言いたいことがあるんじゃないかしら」
言われた二人は黙ってしまった。
マルシェがクレアを見つめ、クレアがマルシェを見つめる。
クレアがマルシェに抱きついた。
「無事でよかった。よかったです」
クレアの瞳から、涙が零れていた。
「……ごめんね、心配かけて……手紙でしか、好きだって伝えられなかった……」
二人が至近距離で見つめ合う。
クレアが目を閉じ、顔を近づけた。
マルシェがそれに応えるように、キスをした。
キョウコが口笛を吹く。
皆、温かい目で見守っている。
そして、二人が離れた。
赤い顔をしたクレアは、ティナの方を見た。
「ティナ、私には、ティナを忘れることなんて、出来ません」
「あの長老、殴ってやろうかしら。恥ずかしくて、クレアの顔がまともに見れないわ」
視線を逸らすティナ。しかし、どこか嬉しそうだ。
「ティナが私をどう思ってくれているかはわかりませんが、あなたは、私の親友です。何があろうとも。
あなたを、忘れない」
クレアの言葉が、ティナの心に刺さる。
ティナは振り返り、クレアに背を向けてしまった。
泣いている顔なんて、見せられない。
「みなさんにお願いがあります」
クレアは今度は、皆を見回した。
「自分勝手なのはわかっています。しかし、私は失うことの怖さを知ってしまいました。
私も、この先に連れて行ってください。私も、共に戦いたいのです」
クレアは語る。五層に行く覚悟があるのだ。
「お前自身がそう言うのなら、止める理由はないな」
アーサーは認めた。
「歓迎ですね。正直、ここに来るときも、引きずってでも連れてきたいところでしたからね」
クラインが本音を語る。
「クレアが戻ってきてくれるのは嬉しいけど、今回みたいな無茶は、絶対ダメだよ。でも……頼りになるな」
キョウコは笑顔だった。
ティナは涙を流していて、言葉を発せない。
「一緒に、来てくれるんだね」
マルシェがクレアを見つめている。
「はい。共に行きます」
クレアの強い瞳。
「わかった、一緒に行こう。次で、最後の層だよ。魔王で、最後」
マルシェもクレアを受け入れた。
「そう……次は、五層だな。まあ、一度帰るか。鎧も着てない誰かさんもいることだしな」
アーサーが意地悪く言った。
クレアが、申し訳なさそうに謝った。




